模糊の旅人
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2007年 07月 10日 |
9年前に発したカンボジアへの思いは、沖縄への思いにつながりました。
ともに大国の周辺にあり、大国の強い影響を受けながらも、独自の優れた文化を育て上げました。また戦争の惨禍を経験して、今もその傷あとは消えていません。
ともに、そういう複雑な歴史を背負いながらも、心の温かい人たちが多いというのが何よりも素敵です。

アンコールワットの簡単な説明をしておきます。
アンコール文明は、5世紀頃より東南アジアに南下してきたクメール民族が興隆し、9世紀~15世紀に栄えた独特の文明です。
したがってアンコール地方の遺跡群の中には、1000年以上経ったものが沢山あります。

アンコールワットは文明絶頂期の11~12世紀に30余年かけて作られたといわれており、ヒンズー教の寺院です。日本では平安時代の後半頃のことです。インドの影響で石造りなのです。

その後、15世紀に、興隆してきたシャム(タイ)民族に滅ぼされ、密林に眠っていたところを、1860年フランス人アンリ・ムオがアンコール遺跡を再発見し世界に広く知られるようになりました。

アンコール文明が栄えた当時、東南アジアではヒンズー教が栄えていたようですが、不思議なことにその後ヒンズー教はインドネシアのバリ島以外は廃れ、東南アジアの大陸部はほぼ仏教化し、マレー半島及び島嶼部はイスラム教化しました。


カンボジア【アンコールワット8】
アンコールワットの古い石の舗装が気になり、地面ばかり撮っていました。
非常につまらない写真ですが、せっかくなのでアップします。
こんな馬鹿なことをしているのは私だけでした(笑)。まあデジタルだから後で消すこともできるし・・・・と思って撮ったのですが、結局今まだ残しております。
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2007年 07月 09日 |
写真をいろいろ貼ってみたりしているのですが、大きなものは自動リサイズされて、小さなものは本来の大きさで表示される、このエキサイトのデフォルトは非常に気に入っています。

夕刻、アンコールワットで階段に座り、ゆっくり沈み行く太陽を見たり、壁に刻まれた女神像を鑑賞したりするのは至福の時間でした。
完成されたワットの女神像は、洗練された様式美を見せています。
銀塩で撮ったプリントをスキャナーで読み込んだので、あまり良い写真ではないのですが、なんとか女神像の柔らかさが出ているように思えます。

ところでアンコール文明の女神像は、初期と後期では変化します。
古い遺跡の女神像は、ふっくらしており全体に太目なんですが、アンコールワットになると細身でひきしまっった身体つきになり乳房だけが大きいのです。面白い現象ですが、私には理由はよくわかりません(笑)

カンボジア【アンコールワット7】
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