模糊の旅人
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2014年 07月 31日 |
昼過ぎ橋杭岩を後にして先に進みました。朝から海岸線ばかり通ってきたので、紀州の山や川も見たいなあと感じてきたところ、古座川の河口に達しましたので、よし!この古座川を少し遡ってみようと決めました。行方さだめぬドライブ旅の面白さです。

古座川は「日本百景」や「日本の秘境100選」・「平成の名水百選」に選ばれている美しい川です。実際、まさに清流という雰囲気で、本当に水がとても綺麗でした。

しばらく上流へクルマを走らせると有名な一枚岩が見えてきました。

一枚岩は、高さ約100~150m・幅約500~800mの一枚の巨岩で、国指定の天然記念物です。
流紋岩質凝灰岩で均質・強固に形成されているため、風化・浸食せず残ったそうです。

一枚岩は、兵庫県の 玄武洞 、奈良県の 屏風岩 とともに、近畿を代表する巨岩壁の景観名所です。

ただ、大きすぎて写真撮影はなかなか難しいです。全体を超広角で写すと景観が寝てしまい迫力が減衰しますし、アップで撮ると岩壁の切り取りになってしまい全体の巨大さが伝わりません・・・
ということで、試行錯誤して、いろいろ撮影してみました。

以下の写真は、全てクリックすると拡大表示されますので、ぜひ大きくしてお楽しみください。
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EOS 6D with CANON EF24-70mm F4L USM

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2014年 07月 29日 |
橋杭岩(はしぐいいわ)は、写真マニアには朝日の名所として有名な場所ですが、今回は真昼の引き潮時に立ち寄りました。

ここは海岸から紀伊大島方面へ約40の岩が850mもの長さで直線上に立っています。

橋杭岩は、柔らかい泥岩部が侵食され、硬い石英斑岩が杭状に残されたものだそうですが、確かに不思議な景観で、神の御業の奇岩列柱のように見えますね。ひとつひとつの岩の表情も面白いです。

以下の写真は、全てクリックすると拡大表示されますので、ぜひ大きくしてお楽しみください。
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↓右奥遠くに、さっき渡って来た「くしもと大橋」が見えます。
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↓橋杭の立岩伝説の説明がありました。なかなか面白い伝説なので、横1300ピクセルの写真を載せてみました。ぜひ大きくして御読みください。
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↓人の顔のように見える岩の造形が多いです。モノクロにしてみました。
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EOS 6D with CANON EF24-70mm F4L USM


↓広角系では普通の橋杭岩写真しか撮れないので、BORGも取り出し、超望遠の風景写真も撮ってみました。
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OLYMPUS OM-D E-M1 with BORG 71FL BU-1

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2014年 07月 27日 |
今回は、死海周辺でよく見られた野鳥カバイロハッカを紹介します。

カバイロハッカは通称英名マイナ・バードといい世界中の熱帯~亜熱帯に生息域を広げている中型の野鳥です。
もともとはインド原産ですが、現在はアフリカ・アラビア半島から東南アジア・太平洋の島々やオーストラリアにまで分布しています。私も以前、ハワイで見かけました。

この鳥は、街や村の人間の生活に適応し、人をさほど怖がらず、人家から出るゴミをあさることもある雑食性のたくましい野鳥です。
日本で言えば、ヒヨドリやムクドリにあたる生態的地位を占めていると思われます。

死海リゾートでもホテルや浮遊体験海水浴場でよくみかけ、観光客からも餌をもらいます。
繁殖力の強い鳥なので在来種に害を与えるという指摘があり、実際、死海では本来ここにいる トリストラム という野鳥を駆逐しつつあるように見えました。

ただ、よく見ると可愛い鳥なので、私は宿泊したホテルの部屋から、毎朝飛んでくるこのカバイロハッカを観察し、手のひらカメラLUMIX GM で楽しく写真に収めました。(LUMIX GM は超小型で威圧感がないので野鳥も逃げないような気がします)

以下、カバイロハッカの写真は全てクリックすると拡大表示されますので、ぜひ大きくして御覧ください。
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LUMIX GM with Lumix G Vario 45-150mm F4.0-5.6 MEGA O.I.S

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2014年 07月 25日 |
紀伊大島(串本大島)樫野埼の南部に鷹ノ巣岬があり、その断崖下の巨岩が連なる海岸線を「海金剛」といい、「21世紀に残したい日本の自然百選」に選ばれています。

荒々しい巨岩が連なる様は。まさに「海金剛」の名前にふさわしいものです。

以下の写真は、クリックすると拡大表示されますので、ぜひ大きくしてお楽しみください。
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海金剛の景観を楽しんだ後、道路脇に無人販売のコーナーがあったので、覗いたところ珍しいジューシー柑(美生柑)と思われる中型柑橘類があったので購入し、紀伊大島を出る「くしもと大橋」手前の展望公園で休憩し、昼食にしました。
昼食といっても、朝、ホームベーカリーの予約タイマーで作ったレーズンパンと、無人販売で買ったジューシー柑です。

↓くしもと大橋の景観を眺めながらの昼食タイムでした。
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↓その公園には、串本節の歌碑がありました。
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EOS 6D with CANON EF24-70mm F4L USM


↓ついでに、BORGも取り出し、超望遠の風景写真を2枚撮影してから、紀伊大島を後にしました。
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OLYMPUS OM-D E-M1 with BORG 71FL BU-1

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2014年 07月 22日 |
今回の南紀旅はクルマでしたので、BORGやジンバル雲台付きの三脚も持って行き、野鳥も撮ってみました。
ただドライブ的な流れの旅だったので、本格的に腰を据えた野鳥撮影は出来ませんでした。

まあなんとかBORGらしく大きく撮れた三点の写真を掲載してみます。
以下の写真は、全てクリックすると長辺1000ピクセルに拡大されます。ぜひ大きくしてお楽しみください。

↓ヤマガラ
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↓カケス
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↓ハシボソカラス
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OLYMPUS OM-D E-M1 with BORG 71FL BU-1 / Jobu Jr.3 Gimbal Head


なお、エキサイトブログが開設10周年ということですので、拙ブログの現時点での状況の整理記録も掲げておきます。
以下の More に書きましたので、御興味のある方は御覧ください。

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More 現在のブログの状況の整理
2014年 07月 20日 |
今回はマサダ要塞遺跡の細部を紹介します。

以下、マサダの写真は全てクリックすると長辺1000ピクセルに拡大されます。ぜひ大きくして御覧ください。
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↓下に、はるか死海が広がり、そのむこうにヨルダン側の山々が見えます。
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「マサダ」はヘブライ語で「要塞」の意味です。BC120年頃に、死海をのぞむ孤立した岩峰頂上に難攻不落の要塞として建設され、後にヘロデ大王が離宮兼要塞として改修したものです。

AD70年、ユダヤ戦争でのエルサレム陥落後、ユダヤ人の熱心党の集団約1000名が立て籠もり、ローマ軍に3年半にわたり抵抗しました。
1万5千人のローマ軍は、マサダを取囲み、3年がかりで急峻な斜面に土を盛り、なんとか攻撃用の斜路を造成し、マサダへと侵入しました。しかし、その時、マサダには960人の自決遺体があったのです。

フラウィウス・ヨセフス著『ユダヤ戦記』によれば、マサダの指導者エルアザル・ベン・ヤイルは、最後に
「われわれは、決してローマ人の召使いにも、また唯一の真にして義である神ご自身以外の何人の召使いにもならないと決心したのである。それ故に、今こそ、この決意を実行に移して真なるものとすべき時がきた。糧食の他は何も残さずおこう。何故なら、われわれが必需品の欠乏で敗れたのでなく、最初からの決意によって、奴隷よりも死を選んだことを証してくれるのだから」と呼びかけ960名が集団自決しました。生き残ったのは、たまたま地下に水汲みに行っていた2人の女性と5人の子供だけだったそうです。

マサダの悲劇は、イスラエルの国家的ヒロイズムとユダヤ人のアイデンティティーの象徴です。ユダヤ人にとって、まさにここは聖地なのです。
「マサダは二度と落とさせない」というユダヤ人の決意と強迫観念・被害者意識は、マサダ・コンプレックスと呼ばれています。
男女徴兵制のイスラエル国防軍の入隊宣誓式がここで行なわれるとともに、成人式でも、学校の卒業旅行でもここに来るのです。

↓私がマサダに行った時、出会ったイスラエルのハイスクールの卒業旅行の生徒たちのスナップ
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前回の記事で、マサダは飲料水をどうしていたのかという御質問がありました。
このような砂漠荒野で孤立した岩峰の頂上で、しかも近くの死海は強烈な塩湖なのですから、当然の御質問です。

死海付近は海面下428mにあるのですが、西のエルサレム高地(標高1000m前後・ただしエルサレム市街は標高835m)からは高低差が1500m近くあり、地中海からの湿気はそこでさえぎられ雨が降らず、死海周辺のユダ荒野=砂漠地帯が生まれます。
ただし、雨期にエルサレム高地に降った雨は、地下伏流水となり、非常に低いユダ荒野の砂漠地帯で一挙に地上に出て、鉄砲水となり死海に注ぎます。これがワジ=枯れ川です。

実はマサダは、この一時的な(ただし必ず発生する)鉄砲水を、上手く設計された水路で導き、要塞内部の巨大な貯水施設に注ぎ込むのです。なんとこのマサダ内部に、12の巨大貯水槽があり、4トンもの水を貯めることができたそうです。
そして、要塞の地下階段に降りて、内部から水を汲みに行くことが出来るようになっています。(上記の集団自決の際、生き残ったのは、この地下貯水施設に水汲みに行っていた2人の女性と5人の子供でした)

↓貯水施設への穴跡
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↓上記穴跡の近くにマサダの小型模型があり、鉄砲水の際に貯水する仕組みを実験できます。(右側台地から左マサダ砦中腹へと二本の道のように見える横筋状の切れ込みが、鉄砲水を貯水施設に導く水路です)
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↓右側の金属製コップから水を流すと、水路を伝って、確かに模型の貯水施設入り口穴に水が流れ込みました。なるほどと感心しました。
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実に緻密に計算された貯水施設であることが分かります。これが2000年前のマサダ要塞に造られていたのです!


↓サウナのような蒸し風呂跡です。
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この風呂の燃料は何だと思われますか?(周辺には草木なく動物の糞もありません)












それは、死海で産出される可燃性アスファルトでした。

↓アスファルトを投入した燃料口跡
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↓菊の紋章跡(菊花紋はユダヤの王家の紋です)
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↓住居跡に残るフレスコ画片
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↓シナゴーグ跡
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↓マサダには、世界的に珍しい野鳥トリストラムが多く生息しています。(この野鳥について詳しくは、こちら
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↓絶壁に穿たれた導水路(よく見ると水路中央に一匹の猫がいます・・・こんなところでどうやって生きているのでしょう)
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↓さらば、マサダ! ということでロープウェイに乗って下りました。
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↓下のマサダ案内所の中央に置かれたマサダの立体模型
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↓(参考)このマサダの悲劇は、ピーター・オトゥール主演で、1981年に映画化(TVドラマ)されました。マサダ案内所でダイジェスト版を見せてもらいました、
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2014年 07月 18日 |
マサダ要塞は、紀元70年、ユダヤ戦争でエルサレムが陥落した後、1000人のユダヤ人集団が3年半にわたり籠城し、集団自決で幕をおろした有名な古戦場です。

現在は、死海周辺では、浮遊体験とクムラン遺跡に並ぶ、必見の観光スポットで、2001年にユネスコの世界遺産に登録されました。本当にスケールの大きい荒涼とした絶景で、とても日本では見られない類の景色です。

マサダは死海に面した孤立峰の頂上にあり四方を絶壁に囲まれた難攻不落の要塞でした。ローマ軍はここを攻略するために、1万5千人人の軍勢で3年がかりで急峻な斜面に土を盛り、なんとか攻撃用の斜路を造成したのでした。

今日はマサダ紹介の前編として、その壮大な景観の写真を掲載します。


以下、マサダの写真は全て、クリックすると長辺1000ピクセルに拡大されます。ぜひ大きくして御覧ください。

↓マサダ周辺の荒涼とした景観
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↓マサダへはロープウェイを利用して行きます。(クリック拡大すると地上の急斜路=蛇の道を歩いて下ってくる人の姿も見えます)
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↓ロープウェイに搭乗して撮影
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↓岩壁に貼りつくロープウェイ頂上駅に到着。凄い高度感があります。
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↓遺跡を見学します。書庫跡・倉庫跡・住居跡などが並んでいます。
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↓これぞ本物の天空の城ではないでしょうか・・・
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↓北側の「ヘロデの北宮殿」の手すりから身を乗り出すと、スケールの大きい恐ろしい景色です。
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↓突き出した「ヘロデの北宮殿」の壮絶な風景
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↓西側(死海側と反対の山側)の景観も素晴らしいです。
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↓西側台地に残されたローマ軍の野営地跡(左上の四角く囲まれた土塁遺跡)
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↓ローマ軍が造成した攻撃用の斜路が残っています。(ここからローマ軍が侵入した時、マサダには960人の自決遺骸がありました)
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↓南側の景観(下に死海があり、さらに死海対岸のヨルダンの山が見えます)
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↓東側の景観(死海へユダの荒野が広がり草木はほとんどありません)
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↓崖を見下ろす(鉄砲水の跡の涸れ川=ワジが見えます)
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↓マサダ要塞の空撮写真
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2014年 07月 16日 |
トルコ軍艦遭難慰霊碑の先にある樫野埼灯台は、灯台外側を自由に登れるようになっていました。
そこで、上に登ると強い風が吹いていましたが、絶景を楽しむことができました。

樫野埼灯台はは無人灯台ですが、日本最初の石造灯台かつ日本最初の回転式閃光灯台で、その初期の建物が現存している貴重なものです。
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EOS 6D with CANON EF24-70mm F4L USM

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2014年 07月 14日 |
紀伊大島(串本大島)をめぐり樫野埼付近にやってくると、有名なトルコ軍艦遭難慰霊碑が建っていました。
このあたりには、遭難碑をはじめトルコとの友好を記念するモニュメントが沢山ありました。

↓トルコ軍艦遭難慰霊碑
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↓トルコ絨毯やトルコ御土産を売っている店
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↓ケマル・アタチュルク像
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↓日本赤十字社「平時国際活動発祥の地」記念碑(トルコ軍艦遭難時に救助・看護にあたった人々の博愛精神を記念したもの)
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↓トルコ記念館の窓
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EOS 6D with CANON EF24-70mm F4L USM

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2014年 07月 11日 |
死海観光の目玉と言われるのが、浮遊体験です。
たしかに自然に湖で誰でもふわっと浮くのは珍しく、強烈な浮力を感じるとても面白い経験でした。

死海 (The Dead Sea) はアフリカからアジアを縦断する大地溝帯断層のほぼ北端に位置し、なんと海面下428m(実際にはさらに年々低くなっています)の地の底にあります。

ヨルダン川から流れ込んだ水が行き場をなくし、干上がりながら濃縮されていきます。
普通の海水は3%の塩分濃度ですが、死海の湖水は約30%の濃度=海水の10倍の濃度で、高い浮力を生みます。


↓宿泊した死海のホテルの部屋から、浮遊体験の出来るビーチを撮影。
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↓各ホテルからは水着姿でビーチに行き浮遊体験が出来ます。なるべく人の少ない早朝がオススメです。
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↓浮遊体験を楽しむ観光客のスナップ
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私も当然、浮遊体験をしましたが、ゆっくり水中に進んで行き、顔を沈めないように、そっと足を上向きにして水に身をまかせると、ふわっと自然に身体が浮きました、こりゃ面白い(笑)
確かに不思議な浮遊感覚を味わえる貴重な体験でした。

ただし、泳ごうとすると問題があります。
それは鼻や目の粘膜に湖水が沁みると、ものすごい痛さになるからです。海水の10倍の塩分濃度は、強烈なものです。
決して手足をバタバタさせてはなりません。顔に湖水がかかると大変です。(身体に沁みる傷がある方や痔疾の方は浮遊体験はやめたほうがよいです)

死海は泳ぐところではなく、浮くのを楽しむところでした・・・


↓浮遊体験ビーチの全景
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↓逆に陸側を見ると、死海周辺の荒野に湖に沿ってホテルやリゾート施設が並んでいます。(エン・ボケック)
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↓浮遊体験ビーチに沿った商店街に御土産物屋やスーパーがあり、名物の死海コスメ化粧品などを売っています。
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死海コスメが有名なように、死海のミネラル成分は適切に使うと身体に良いようです。
さらに、ここは海水面下428mなので、気圧が高く、酸素濃度も高くて過ごしやすく、メンタルケア面でも非常に優れた場所だそうです。
そういえば、ここ死海リゾートのホテルでは、幸せ気分でぐっすりと熟睡できましたね・・・


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