模糊の旅人
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2014年 02月 27日 |
鹿寄せ撮影会の後は、春日山に登ろうと思ったのですが、前日の雪で春日山は入山禁止になっていました。
そこで、趣味人さんのクルマで大和路をドライブすることになり、談山神社付近にやってきました。

談山神社は桜と紅葉の名所ですが、前日の雪で冠雪しており、人が少なくて、この時期の穴場でした。

談山(たんざん)という名の由来は、中臣鎌足と中大兄皇子が、645年に大化の改新の談合をこの近くの多武峰(とうのみね)にて行ったことから来ています。したがって、談山神社の祭神は中臣鎌足(談山大明神)です。

談山神社は元は寺院で多武峯妙楽寺といいましたが、明治の廃仏毀釈の際に寺を廃し神社のみとなりました。そのため、建物は寺院建築が色濃く残っており、不思議な雰囲気の神社になっています。
特に十三重塔は寺院の塔そのもので、世界で唯一現存する木造の十三重塔だそうで、とても印象的です。

趣味人さんの御好意で、運転のみならずいろいろ案内していただく形になりました。趣味人さんには心より感謝いたします。

それでは、談山神社付近の景色や、雪の上の動物の足跡などを御覧ください。
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2014年 02月 26日 |
過日、奈良で撮影会を実施しました。
まずは、朝の奈良公園での鹿寄せです。

考えてみれば、ここ四年ほど連続して鹿寄せに来ています。亡くなられた写友との思い出もある行事なので、毎年の冬の風物詩として、続けて観察し撮影していきたいものです。

奈良の鹿愛護会の方がホルンを吹いて、鹿を呼び、ドングリの実を撒きます。
森の奥から沢山の鹿が走って集まってきます。

そうした鹿寄せの風景を、楽しく御覧ください。
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2014年 02月 23日 |
ワルシャワ歴史地区は、第二次世界大戦によって灰燼に帰し、そこから全部を新たに再建したものですが、それでも1980年ユネスコ世界遺産に登録されました。これは首都再建を願って努力したポーランド国民の情熱がユネスコによって高く評価されたからだそうです。

中でもワルシャワ王宮は、戦後しばらくは共産主義政権下で再建を許されず、1971年になってから修復再建されてきた極めて新しいものですが、外装から内装まで全て昔のままに再現されました。

絢爛豪華ですが派手過ぎず、品位のある室内装飾や貴重な美術品には目を奪われます。まさに、ポーランド人のクラフトマンシップの高さを感じました。

それでは、ワルシャワ王宮の内部の写真の後半をゆっくりお楽しみください。
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2014年 02月 21日 |
ワルシャワ王宮は、1526年にポーランド国王ジグムント1世が創建して以来、幾度となく拡張と破壊と再建を繰り返してきたバロック様式の宮殿です。大国に囲まれたポーランドという国の歴史を体現しています。

ジグムント3世の居城だった頃は、ヨーロッパで最も美しい宮殿と言われ、ワルシャワは北のパリと讃えられました。

第二次世界大戦ではドイツ軍に徹底的に破壊し尽されました。
↓その破壊された当時の写真が、ワルシャワ王宮に入場した最初の部屋正面に掲げられていました。
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現在の宮殿建物は戦後、忠実に復元されたもので、飾られている絵画や調度品類は、大戦中、国外に避難していたものを戻した本物だそうです。

撮影も自由でしたので、ワルシャワ王宮の内部を存分に御覧ください。
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2014年 02月 20日 |
ワルシャワ旧市街の中心はワルシャワ王宮です。
現在は旧王宮博物館として公開されており、また国際会議場として迎賓館的に利用されています。私が見学した少し前にも日本の安倍首相がポーランドを訪問しこのワルシャワ王宮でポーランド首脳と会談をしたそうです。

その王宮への道はワルシャワの歴史地区で、第二次世界大戦のドイツ軍のポーランド侵攻で徹底的に破壊されましたが、現在は市街は見事に復興され観光スポットとなっています。

↓現在のポーランドの首都ワルシャワの夏は明るく平和です。
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↓王宮への道は、花の溢れる道です。
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↓観光客が楽しそうに土産物屋を覗きながら歩いています。
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↓道の突き当りに茶色の煉瓦造りの王宮の建物が見えてきました。
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↓王宮前の広場では、多くの人々が並んでいました・・・
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↓王宮のシンボル時計塔です。
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↓王宮へ入場する東側の建物です。
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2014年 02月 18日 |
イルミ関係もそろそろシーズンの終わりですので、あわててアップします。

↓夜のイルミはそのままではあまり面白くないので、ソフト効果処理というのがやはり似合います。
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↓もうひとつはイルミの光源ボケを生かした写真です。思い切って全ボケ写真も、同じ被写体で撮ってみました。
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2014年 02月 16日 |
正月の大阪寺社探訪の最終回です。

難波神社は、御堂筋に面して大阪の中心地にある由緒ある神社です。
いわばビルの谷間にある神社ですが、ロケーションが良いので、参る人は多く、様々なイベントなども行われているようです。

仁徳天皇を祀るために、その子である反正天皇が創建したと伝えられます。
この神社は、反正天皇が現大阪府松原市に柴籬宮を造営した時にその都につくられ、その後、平安時代に上町台地に遷り、さらに豊臣秀吉が大阪城を築城した際、現在地に遷座したとのことです。摂津国総社とされていました。

第二次世界大戦の空襲により全焼したため、長く仮宮でしたが、1974年に再建されました。

まずは、拝殿をいろいろな角度から撮ってみました。
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↓ここにも、楠の御神木がありました。樹齢400年以上で大阪市指定保存樹第一号だそうです。
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↓摂社の博労稲荷神社です。
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博労稲荷神社は、江戸時代に船場の商家の信仰を集めて栄え、古い記録には、難波神社のことを「稲荷社」「稲荷宮」とするものもあります。今でも商売関係の方の神社幟が沢山立っていました。
また、この稲荷社の境内で、人形浄瑠璃小屋が開かれたところから、文楽発祥の地と言われています。


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2014年 02月 14日 |
今日は大雪の日でした。
私の住む大阪中南部は日本でも有数の雪が降らない場所なのですが、今日は朝起きると一面の銀世界で、びっくりしました。
多分、この時 以来の、三年ぶりの大雪だと思います。

雪国の皆さんには珍しくもない風景でしょうが、大阪人には驚きの景色で、慣れておらず歩いたりクルマを運転するのは大変ですが、とても美しく感じました。

仕事もあり雪で苦労しましたが、せっかくなので、最強の防塵防滴コンビである E-5 + ZD12-60mm を持ち出し、行き帰りに近所を撮影してみました。
なじみの場所も、雪が降ると全く違った印象になりましたので、楽しかったです。

↓私のクルマも綺麗な雪の衣をまとっていました。
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↓木々も雪化粧です。
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↓駅への道はまさにデイドリーム。
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↓いつも野鳥を観察する公園も雪の中です
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↓駅前も一面の雪でした。
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↓クルマの並ぶ道も雪でフォトジェニック!
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↓道端の植物達も雪をかぶって素敵です。
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↓エリカも。
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↓サザンカも。
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↓雪ダルマもありました。
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2014年 02月 12日 |
正月の寺社探訪シリーズも、そろそろ急がないと3月になってしまいそうです。
てなことで、寺社探訪の優先的連続掲載です。

御堂筋の本町に近いところに、松尾芭蕉終焉の地の碑があります。
ここは大阪のド真ん中にもかかわらず、あまり有名ではなく、知らずに近くを通り過ぎる人が多いです。

↓こんな道路の中の緑地帯にあるとは・・・
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↓アップで撮影
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俳聖:松尾芭蕉は、1694年に旅先である大阪・南御堂前の花屋仁右衛門の裏座敷で51歳で客死しました。
まさに旅に生き旅に死んだ人ですね。

その南御堂は、史跡 芭蕉翁句碑があるとのことです。
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そこで南御堂・真宗大谷派(東本願寺派)難波別院にお参りし、芭蕉の句碑を見学することにしました。

↓難波別院の非常にすきりした作りは、ある意味シュールで美しいです。
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↓芭蕉句碑の解説看板です。
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↓芭蕉句碑自体はよく読めませんでした。
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もちろん芭蕉辞世の句 「旅に病で 夢は枯野を かけ廻る」 が刻まれているわけですが、’旅こそわが人生’と考える時がある私には感慨深いものでした・・・
芭蕉はあまりにも有名で日本史上最高の俳諧師ですが、日本人の美意識を形づくった一人だと思います。
「荒海や 佐渡に横たう 天の河」
「野ざらしを 心に風の しむ身哉」
「初しぐれ 猿も小蓑を ほしげ也」
「宿りせん 藜(アカザ)の杖に なる日まで」
「雲の峰 いくつ崩れて 月の山」
「かくれけり 師走の海の かいつぶり」
「月影や 四門四宗も ただ一つ」
etc、、、印象的な芭蕉の句は、いくつでもありますね。


↓すぐ横には山口誓子の「金色の御堂に芭蕉忌を修す」の新しい句碑がありました。
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難波別院南御堂では毎年ホトトギスのメンバーを中心に芭蕉翁忌の法要と句会が行われており、高濱虚子の弟子である山口誓子も参加していました。
山口誓子も私の好きな俳人なので興味深かったです。
忘れられない誓子の句をふたつ
「海に出て 木枯帰る ところなし」
「学問の さびしさに堪へ 炭を継ぐ」


難波別院を御堂筋に出ると、そこに意味ありげなヘンリー・ムーアの彫刻がありました。
↓ヘンリー・ムーア「二つに分割された人体」
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2014年 02月 10日 |
松の内の大阪寺社探訪は生國魂(いくくにたま)神社までやってきました。
生國魂神社は、難波大社(なにわのおおやしろ)ともいい、地元では「生玉(いくたま)さん」の通称で親しまれています。

生國魂神社の伝承によれば、神武天皇が難波碕(上町台地)の先端に日本列島そのものの神を祀り、国家安泰を祈願したことに始まるといいいますから凄いものですね・・・

縄文海進の時代、海面は今日より3m位高く、大阪湾は深く浸入し、八尾~生駒山の麗までが海岸線でした、
大阪中心部は、上町台地が細長い半島のように南から北へ突出し、その突端(現在の大阪城天守閣付近)が海に面した神聖なる場所として遥かなる昔より祀られていました。それこそが、生國魂神社の発祥なのです。

織田信長の石山合戦により焼失し、豊臣秀吉の大坂城築城に際して現在地へ移転されました。
その後、何度か戦火や風水害を浴びますが、その度に再建され、大阪人の心の拠り所として、維持されてきました。
こうした大阪の原風景の面影を感じる場所が生國魂神社です。


大阪日本橋から千日前通を東へ歩いていくと、松屋町筋との交差点から上町台地への上り坂がはじまります。
↓そこに生國魂神社へ登って行く坂道の参道があります。
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↓その参道を上町台地へと登る坂の上に生國魂神社の石垣と塀が見えます。生國魂神社が上町台地の崖の上に建っていることが分かります。
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↓生國魂神社には沢山の境内社や見所があります。カラフルな案内板が面白いです。
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↓鴫野神社は、境内社のひとつで、淀殿が篤く崇敬したことから「女性守護の神」として信仰を集めます。
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↓井原西鶴座像
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↓生國魂造( いくたまづくり) の本殿屋根
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↓拝殿
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↓東側参道
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↓小説「夫婦善哉」などで知られる作家:織田作之助の像
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