模糊の旅人
mokotabi.exblog.jp
  Top ;Log-in
カテゴリ:奈良( 95 )
|
2018年 10月 15日 |

トラベルジェイピーの旅行ガイドで、私の「日本の夜明けだ!邪馬台国のロマンを求めて奈良・オオヤマト古墳群を歩こう」という記事が公開されました。
いわゆる三輪王朝といわれる日本最初の統一政権が出現した古墳群を歩く記事です。ここを、邪馬台国の中心地とする説が有力になりつつあり、まさに日本の夜明けを告げる地域ですので、ぜひお読みください。





本ブログでもタイアップしてオオヤマト古墳群の記事を書いていきます。
ただ、上のトラベルジェイピーの記事は、旅行ガイド記事ですので、歩く順番に紹介していますが、本ブログでは造営順(時代順)にたどり、私の邪馬台国から大和朝廷への被葬者比定説を述べます。


なお、間に旅行記事を挟みますので、断続的な記事展開となりますので、ご承知おきください。


まずは、邪馬台国の女王:卑弥呼の墓ではないかと考えられる箸墓古墳です。

f0140054_08425201.jpg

奈良盆地の東南部、現在の桜井市から天理市にまたがる一帯は、「大和は国のまほろば たたなづく青垣山ごもれる 大和し美し」と歌われた古代日本の夜明けを告げる場所です。

このヤマトの中のヤマトとされる一帯は、古来よりヤマトと呼ばれており、大和=オオヤマト古墳群地域とされます。
古墳群の定義は学者により異なりますが、邪馬台国から初期大和朝廷への発展を一体と考え、奈良盆地東南部の古墳全体をまとめてオオヤマト古墳群として捉える白石太一郎近つ飛鳥博物館名誉館長の学説を私は支持します。


このオオヤマト古墳群で巨大前方後円墳が誕生しました。すなわち、日本で最も古い巨大前方後円墳は箸墓古墳であり、卑弥呼の墓の可能性が最も高いのです。


箸墓古墳の航空写真は、こちら の記事の最初の写真をご覧ください。とても美しい形をした前方後円墳であることが分かります。


↓箸墓古墳(倭迹迹日百襲姫命大市墓)の拝所 西側にあります。

f0140054_08414937.jpg
もしかすると卑弥呼が葬られているわけですから、箸墓古墳の前に立つと胸が高まります。ここはまさに古代史ファンの聖地です。


東側に回って、箸墓古墳を一周します。北側以外は濠はなく、地面から直接古墳が立ち上がっています。

ただし、奈良県立橿原考古学研究所や桜井市教育委員会の調査では、幅10メートルの周壕とさらにその外側に幅15メートル以上の外堤が存在していた可能性が高いとされています。

f0140054_08422110.jpg
北側には「卑弥呼の庭」というカフェもできていました。
北側の池は、「箸中大池」として日本ため池百選にも選ばれています。

f0140054_08433941.jpg
f0140054_08434911.jpg
箸墓古墳は、墳丘長278mの出現期古墳中の最古の巨大墓で、三世紀後半の築造と考えられます。魏志倭人伝に書かれた卑弥呼の墓とする有力な学説があります。宮内庁の正式名は、倭迹迹日百襲姫命大市墓。日本書紀には「墓は昼は人が作り、夜は神が作った。」と書かれています。このヤマトトトモモソソヒメは、孝霊天皇の皇女で、三輪山の神と婚姻した伝説的な巫女とされ、祟神天皇は巫女であるヤマトトトモモソソヒメの神託を聞いて政治を行なったとあります。


この古墳は、邪馬台国の女王:卑弥呼の墓である可能性が非常に高いと考えます。
根拠については、以前書いた記事を、下の More に再々掲してみましたので、ご興味のある方は More をクリックしてお読みください。

なお、私は白石太一郎近つ飛鳥博物館名誉館長の講義や講演を何度も聞きに行っています。館長の主張は一貫していますので、箸墓古墳の被葬者に関して述べられている部分を以下に引用しておきます。

倭国王墓として最初の箸墓古墳は、大型前方後円墳としては最古のもので、3世紀中葉に遡る。その被葬者の候補として卑弥呼以外の人物を考えるのは難しい」(白石太一郎講演レジメ「邪馬台国連合から初期ヤマト王権へ」より抜粋)



箸墓古墳から北へ巻向駅の方へ歩くと、邪馬台国の宮殿跡ではないかとされる纏向遺跡があります。弥生時代末期から古墳時代前期の大集落遺跡で、一帯は前方後円墳発祥の地として、現在も発掘調査が進められています。

この遺跡を邪馬台国の首都に比定する説が有力になりつつあります。王宮的な建物跡が発掘され、話題となりました。

最近は、桃のタネ約2000個以上が見つかり話題になりました。神託などに使われた古代祭祀の供物のようで、炭素年代測定法の計測により西暦135~230年のものであるという研究発表があり、邪馬台国の時代に整合します。

f0140054_08444373.jpg

↑航空写真をご覧ください。奥にある山が聖地:三輪山、右端の大きな古墳が箸墓古墳、左端の団地の右上にある空地が纏向遺跡の中心です。この位置関係が重要で、この辺りが、大和朝廷の黎明期に日本最古の都邑があった場所であることは間違いありません。







さて、中国東北地方いわゆる旧・満州の地へ旅に出ることになりました。
関空の台風被害で一度中止した旅ですが、関空が復旧しましたので再チャレンジすることにしました。


10月上旬は非常に多忙でしたので、10月中旬の出発となりました。目的のひとつであるレッドビーチの取材は、一ケ月遅れましたので、もう枯れてしまっているかも知れません。


ただ、どうしても今年に行きたいという思いがあり、挙行することにしたものです。


もうひとつの目的である、私自身の祖父が満鉄社員として赴任し家族(私の父や祖母・伯父・叔母など)とともに住んだ地を見るということは、果たせそうです。


無理したせいか、風邪気味で体調が思わしくないのですが、もうこれ以上順延はできませんので、頑張って行ってきます。


それに伴い、ブログの更新も二週間ほど休ませていただきます。


次のブログ更新は、10月の月末頃になります。
それでは、皆さん、しばらくのあいだ、ごきげんよう!





にほんブログ村 写真ブログ 旅行・海外写真へ
にほんブログ村 ←応援ポチいただければ嬉しいです。御覧いただきありがとうございます。




More  箸墓古墳は卑弥呼の墓である
2018年 09月 24日 |

台風で被災した関西空港の修復が進んでおり、タンカーがぶつかり大きく破損した連絡橋以外は、ほぼ元にもどったようです。関係者の皆様の努力に感謝します。
そこで、いったん中止した、中国東北地方への旅に、再チャレンジしようと思います。


ただ、仕事などの調整が難しく、来月中旬から末くらいの期間しかありません。
レッドビーチが時期的にぎりぎりで、枯れていないか心配です。そこで、先にレッドビーチに行って、その後、父の育った満州をめぐるという計画を練ってみます。スケジュールがタイトになりそうですが、あまり欲張らず余裕を持った旅にするつもりです。


さて、今日は、ホテイアオイに住んでいるカルガモさんの写真です。


前回お見せした本薬師寺付近のホテイアオイの咲くポイントでは、カルガモさんの一家が見られました。
もう親と見分けがつきにくくなった雛鳥ですが、ここの居心地が良いようで、家族で仲良くホテイアオイの群落の中で、姿を隠しながら過ごしていました。


↓ホテイアオイの群落の中に動くものが!

f0140054_11244635.jpg
↓カルガモさんですね。

f0140054_11250799.jpg

f0140054_11252662.jpg
f0140054_11254971.jpg
↓家族もいるようです。

f0140054_11263120.jpg
f0140054_11265931.jpg
f0140054_11273179.jpg
f0140054_11284418.jpg

↓ホテイアオイの花の中に見え隠れするので撮影しにくいですが、なんとか一羽を全身アップで

f0140054_11292121.jpg
↓最後はホテイアオイの花で吸蜜するミツバチを撮影

f0140054_11300105.jpg





↓LINEトラベルJPの記事もよろしく!




にほんブログ村 写真ブログ 旅行・海外写真へ
にほんブログ村 ←応援ポチいただければ嬉しいです。御覧いただきありがとうございます。



2018年 09月 17日 |

奈良の古墳調査のついでに、本薬師寺跡周辺のホテイアオイを撮影しました。


まだ夏の暑さが残る季節に、これだけの花の大群落が見れる場所というのは他にありませんね。

以前来た時より、ホテイアオイの花の量が増えており、地元の方々の保護努力が感じられました。

それでは、ホテイアオイの美しい世界を、一挙11枚の写真でお楽しみください。

f0140054_08492188.jpg
f0140054_08514754.jpg
f0140054_08521809.jpg
f0140054_08525222.jpg
f0140054_08530585.jpg
f0140054_08531906.jpg
f0140054_08534546.jpg
f0140054_08535961.jpg
f0140054_08541996.jpg
f0140054_08543238.jpg
f0140054_08554491.jpg
↑最後の写真の真ん中・・・分かりますか? 可愛いですね・・・つづく





↓LINEトラベルJPの記事もよろしく!




にほんブログ村 写真ブログ 旅行・海外写真へ
にほんブログ村 ←応援ポチいただければ嬉しいです。御覧いただきありがとうございます。



2015年 04月 15日 |
大野寺の小糸垂れ桜と又兵衛桜(本郷の瀧桜)を紹介しましたので、その他のいろいろの桜を紹介して、大和路桜めぐりの最終回とします。

↓北向地蔵の桜
f0140054_755388.jpg

↓室生口大野駅の桜
f0140054_719553.jpg

↓内牧川の無名の桜
f0140054_7124186.jpg

↓子供のもり公園の紅垂れ桜
f0140054_7125888.jpg

↓天益寺(てんやくじ)の垂れ桜
f0140054_718393.jpg

↓鹿華苑の桜
f0140054_7145246.jpg

↓水分(みくまり)桜
f0140054_715615.jpg

↓カエデの郷「ひらら」の桜
f0140054_7153454.jpg

カエデの郷「ひらら」は、昭和初期に建造された旧宇太小学校の木造校舎を利用したもので、レトロな雰囲気があります。
またいずれ詳しく紹介したいと思いますが、木造校舎の温かみは良いものですね。NHKの連続テレビ小説「あすか」のロケ地にもなったそうです。

なお、この旧宇太小学校は、拙ブログによくコメントいただく写友の趣味人さんの母校でもあります。
土産販売コーナーには、趣味人さん撮影の素敵な写真額とポストカードも販売されていました。

↓展示販売されている趣味人さんの写真額とポストカード
f0140054_7155616.jpg

↓大和路の無名のソメイヨシノ
f0140054_7161486.jpg

にほんブログ村 写真ブログ 旅行・海外写真へ ←応援ポチいただければ嬉しいです。御覧いただきありがとうございます。
2015年 04月 13日 |
大和路の宇陀地方には多くの名桜があります。佛隆寺の千年桜牛繋ぎの桜 は、以前紹介しましたが、又兵衛桜はまだブログでは紹介していませんでした。
又兵衛桜は、宇陀で最も有名で、「本郷の瀧桜」ともいい、シーズンになると観光客でごったがえします。

大河ドラマ『葵 徳川三代』のオープニング映像で使われたことから有名になり、いまや一大観光地になってしまいました。日本人は桜が大好きなので、これは仕方がないですね。
晴れた日や休日は非常に混むので、雨上がりの大和路めぐりの際に行ってみたのですが、多くの観光バスが駐車場に並び、そこそこ混んでいました。

それでは又兵衛桜をゆっくり御覧下さい。
f0140054_7444229.jpg

後藤又兵衛(基次)は、黒田官兵衛の家臣で黒田二十四騎の一人として有名です。黒田官兵衛の死後、黒田長政との確執があり、黒田家を出奔し浪人となります。その後、大坂の役が勃発すると大坂城に入り、歴戦の将として大坂城五人衆の一人に数えられ、大坂冬の陣と大坂夏の陣を戦います。

夏の陣で戦死したとされますが、名望家なので数々の伝説があります。堺の南宗寺には又兵衛が徳川家康を槍で殺したとされる家康墓があり、大分県中津には又兵衛が大坂城落城の際に豊臣秀頼を護衛して落ちのびたとされる又兵衛墓があります。
そうした又兵衛伝説のひとつが、この宇陀の又兵衛桜で、大坂夏の陣を生き延びた又兵衛は、この桜の地で隠遁生活を送り僧侶として生涯を終えたとされます。
f0140054_7452466.jpg

又兵衛桜という通称から古武士の風格があると言われますが、むしろ妖艶な雰囲気が漂います・・・・雨上がりのせいか、特にそう感じました。
f0140054_748124.jpg

大野寺の小糸垂れ桜よりも少しピンクの落ち着いた発色の垂れ桜です。

↓左奥の花桃の強いピンクと手前のソメイヨシノの白色と比較して、又兵衛桜の上品でしっとりとした色が映えます。
f0140054_7461410.jpg

↓全景が分かるように引いて撮影しました。周辺にはソメイヨシノ、花桃、菜の花などが植えられています。
f0140054_7464163.jpg

幹の周りが約3m、高さ約13m、樹齢三百年の巨木です。
f0140054_7471430.jpg

以下、さまざまな又兵衛桜の姿をお楽しみください。
f0140054_7474568.jpg

f0140054_7454943.jpg

f0140054_7481745.jpg

f0140054_7483840.jpg

f0140054_7552788.jpg

↓又兵衛桜をバックに花桃を撮影
f0140054_7492064.jpg


にほんブログ村 写真ブログ 旅行・海外写真へ ←応援ポチいただければ嬉しいです。御覧いただきありがとうございます。
2015年 04月 11日 |
次の旅が接近してきており諸般の事情もありますので、季節物である桜の写真を優先的にアップします。
岸和田・堺・大阪の街角スナップや、野鳥の写真、旅写真も多くの在庫があるのですが、それはまたの機会に掲載することとします。

今年は桜の時期に天候が悪く、花冷えが強烈で、なんと関東では雪が降ったそうです。
こちら大阪では、岸和田城の桜を見に行った時は晴天でしたが、その後、雨が多かったです。

その雨の合間をぬって、大和路の桜めぐりをしてみました。
雨上がりの桜の風情も良いものです。

今日は有名どころである大野寺の桜を御覧下さい。大野寺は小さな寺ですが、この季節は花が咲き乱れ見所が多いです。
f0140054_8564373.jpg

この大野寺の小糸垂れ桜の巨木は樹齢三百余年だそうです。昔から大切に守られてきた樹木なのですね。
f0140054_8571026.jpg

↓下からワイドに撮影
f0140054_8574868.jpg

↓一部を切り取り撮影
f0140054_9141812.jpg

↓花びらはほとんど白でほんのりピンク色です。
f0140054_923651.jpg

↓垂れた枝を
f0140054_934589.jpg

↓もうひとつの大野寺名物である磨崖仏を右に配して・・・
f0140054_935851.jpg

↓大野寺から宇陀川をはさんで対岸にある巨大な磨崖仏のアップ
f0140054_941292.jpg

f0140054_9234075.jpg

↓磨崖仏を背景にボカシて、小糸垂れ桜を裏側から撮影
f0140054_9151371.jpg

↓小糸垂れ桜以外にも大野寺には多くの名花があります。
f0140054_95574.jpg

f0140054_9161315.jpg

f0140054_954789.jpg

f0140054_96493.jpg


にほんブログ村 写真ブログ 旅行・海外写真へ ←応援ポチいただければ嬉しいです。御覧いただきありがとうございます。
2014年 11月 08日 |
大台ヶ原は、立ち枯れで有名ですが、その立ち枯れもいつかは倒木となります。多雨地帯のここでは、風水害でいきなり倒木となってしまう木も多いようです。

今回、久しぶりに大台ヶ原を訪れ、昔より倒木が増えている印象でした。なるほど、これはこれで大自然の造形と生命のあり様だなあと、いたく心に響きました。落ち葉の美学の巨大版と言えるかもしれません。
そこで、倒木の美学というテーマで写真を撮ってみました。

倒木はその木にとっては死ですが、生命の輪廻としては死ではありません。
倒木には、菌類、地衣類、バクテリア、昆虫類など多種多様な生命が群がり、分解されていきます。
それらはやがて枯葉などと入り混じり、栄養豊富な土壌へと還元され、次世代の生命の基盤となるのです。この世に、こうして形成される豊かな「土」が供給されるからこそ、植物が育ち動物が生きることが出来るのです。


ということで、以下、大台ヶ原の倒木の美学をご覧下さい。

なお、今日の写真は全て、クリックすると横1000ピクセルに拡大されますので、ぜひ大きくしてお楽しみください。
f0140054_10321638.jpg

f0140054_10323687.jpg

f0140054_1046152.jpg

f0140054_10462329.jpg

f0140054_10402287.jpg

f0140054_10404827.jpg

f0140054_10411635.jpg

f0140054_10413936.jpg

f0140054_10464563.jpg

↓これは倒木というより、枯れ巨木の空中ブランコ!
f0140054_10421329.jpg

倒木ばかり撮っていると、なんだか現代抽象芸術の彫刻のオブジェのように見えてきました。

↓そこで、モノクロでコントラストを下げたり上げたりしながら、大自然のオブジェ作品も撮ってました・・・
f0140054_10423660.jpg

f0140054_10425262.jpg

f0140054_10431544.jpg

にほんブログ村 写真ブログ 旅行・海外写真へ ←応援ポチしていただければ幸いです。御覧いただき、ありがとうございます。
2014年 11月 04日 |
大台ヶ原は、山全体が特別天然記念物に指定されています。
これは、日本有数の多雨地域であり貴重な原生林が残っていることが大きな要因ですが、立ち枯れが大量に見られる特異な景観も重要です。

大台ヶ原の立ち枯れは、正木ヶ原~牛石ヶ原にかけて多く見られ、その樹種は大台ケ原を南限とする(エゾマツの変種である)トウヒの枯木がほとんどです。

この立ち枯れは、昭和34年の伊勢湾台風により森林が破壊され、原生林に日光が差し込みコケ類が衰退してミヤコザサが繁茂したことで、特異な景観が形作られたそうです。

これは他所ではあまり見られないもので、怪奇な風景でありながら印象的で、いわば立ち枯れの美学とでもいうべき姿を見せてくれています。
破壊と再生が繰り返される大自然の造形の不思議に、ここに来るたび心打たれるものがあります。

それでは、正木ヶ原周辺で見られた、大台ケ原らしい立ち枯れの美学をご覧下さい。


なお、今日の写真は全て、クリックすると横1000ピクセルに拡大されますので、ぜひ大きくしてお楽しみください。
f0140054_7361179.jpg

f0140054_73649100.jpg

f0140054_7371328.jpg

f0140054_7373920.jpg

f0140054_7513977.jpg

f0140054_7544074.jpg

f0140054_738489.jpg

f0140054_739648.jpg

↓一番大台ヶ原らしい場所でした。
f0140054_7392614.jpg

強烈な風景で、晴天下でもあり、普通に撮ると、どうしてもコントラストが強い写真になります。それはそれで大台ヶ原らしくて良いのですが、やわらかな表現もありかなと感じました。
そこで、軟調系でいろいろ試した写真も載せてみます。

↓すぐ上の写真とほぼ同じところで、より薄味に撮影してみました。
f0140054_7395764.jpg

↓1枚目の写真について、現像時にアートフィルターのライトトーンを適用してみました。
f0140054_21315964.jpg

↓撮影時に彩度を下げててみました
f0140054_7401518.jpg

↓望遠レンズで大峰山をバックにコントラストを下げて撮影してみました。
f0140054_7403722.jpg


にほんブログ村 写真ブログ 旅行・海外写真へ ←応援ポチしていただければ幸いです。御覧いただき、ありがとうございます。
2014年 11月 02日 |
大台ケ原の山頂:日出ケ岳付近にしばらくいると、朝霧が晴れ、青空が広がり、霧氷がどんどん溶けてきました。

そこで、尾根道周遊コースの正木嶺から牛石ヶ原方面へ、歩みを進めることにしました。


なお、今日の写真は全て、クリックすると横1000ピクセルに拡大されますので、ぜひ大きくしてお楽しみください。

↓溶けはじめた霧氷の華
f0140054_8342456.jpg

↓立ち枯れ古木も霧氷が霧散しはじめて、名残り惜しそうに輝いています・・・
f0140054_8352156.jpg

↓稜線は霧氷ですが、眼下の山の中腹は、だんだら紅葉が真っ盛りでした。
f0140054_8362167.jpg

↓大峰山の釈迦ヶ岳をバックに。
f0140054_8364578.jpg

↓こちらは後方に、大峰山の八剣山~弥山がくっきりと見えます。
f0140054_8371518.jpg

↓日出ケ岳山頂からの逆光の尾鷲の海
f0140054_8373419.jpg

↓正木嶺へ登る途中からの尾鷲の海
f0140054_838760.jpg

↓正木嶺へ登っていくと立ち枯れが目立ちはじめます・・・
f0140054_8383020.jpg

↓正木嶺を登りきり、振り返って日出ケ岳山頂を望む・・・もう霧氷が溶けてしまっています。
f0140054_839476.jpg


にほんブログ村 写真ブログ 旅行・海外写真へ ←応援ポチしていただければ幸いです。御覧いただき、ありがとうございます。
2014年 10月 31日 |
大台ケ原の原生林を抜けていく、湿った林間の道を辿っていると、珍しい生き物に遭遇しました。
それが、オオダイガハラサンショウウオです。

最初は、落ち葉の美学の写真を撮りたくて、下を見ながら歩いていました。

↓こんな小川があり、ブナなどの落葉が流れに舞って良い感じだなあと一枚撮った次の瞬間・・・
f0140054_74921100.jpg

↓足元に生き物の動く気配が・・・蛇か蜥蜴か、はたまたツチノコか?・・・いや、それにしては動きがのろいぞ・・・
f0140054_7515487.jpg

↓体長20cm弱で、どう見ても両生類の山椒魚の雰囲気ですが、普通の小型サンショウウオよりは色が青黒く大きい感じです・・・
f0140054_7522337.jpg

↓のそのそと、四肢を交互に動かし身体を縮めたり伸ばしたりして、ゆっくり地面を歩いて来ます。、
f0140054_7534772.jpg

↓これは、ひょっとして絶滅危惧種のオオダイガハラサンショウウオではないか!
f0140054_814744.jpg

↓最後は、横1000ピクセルの写真をアップしますので、ぜひクリックして大きくしてご覧下さい。
f0140054_9205617.jpg

登山後、大台ケ原ビジターセンターで上の写真を専門家に見せたところ、オオダイガハラサンショウウオに間違いないとのお墨付きをいただきました。

オオダイガハラサンショウウオは、奈良県と三重県の天然記念物に指定されており、採集禁止です。

主に紀伊半島の標高の高い深山の渓流・林床に分布する希少種で、近年は、開発による生息地破壊、水質汚染などにより生息数は減少しているそうです。もちろん、環境省レッドリストの絶滅危惧種です。

私にとっては、オオダイガハラサンショウウオは初見でしたので、撮影できて、とても嬉しかったです。


<オマケ>
↓前回アップした逆光の「霧氷の華の森」の写真を大きくして見せてほしいという要望が寄せられましたので、横1000ピクセルのものをアップします。ぜひ写真をクリックして大きくしてご覧下さい。
f0140054_7551562.jpg



<追記> (2014-11-01 18:37)

山椒魚の生態について、ご質問がありましたので、追記します。

日本の山椒魚の仲間は、オオサンショウウオ以外は全て20cm以下の小型山椒魚類です。
厳密には、オオサンショウウオはオオサンショウウオ科に属し、小型山椒魚類はサンショウウオ科で別の仲間です。
その日本のサンショウウオ科の中で、最も大きいのがオオダイガハラサンショウウオです。
海外では、この仲間で一時人気になったウーパールーパー(=メキシコサラマンダー)が有名ですね。

食性は動物食で、ミミズや小型の昆虫類を食べるそうです。

なお、オオダイガハラサンショウウオは、幼生(オタマジャクシのような形)は水中生活ですが、変態して成体になると、陸上で生活し、繁殖期だけ水中に戻ります。
とはいえ、あくまで両生類ですので、森の水辺や渓流近くの林間に棲息するようです。

↓上記写真を拡大して切り出してみました。
f0140054_17175570.jpg

↑こうして見ると、約4億年前に肺魚類から進化して、はじめて陸上にあがった脊椎動物である原始的両生類の姿を留めているように感じます。
まだ水際から離れられないとはいえ小さな肺を持っています。ここから、爬虫類や哺乳類が進化していったのですね・・・

にほんブログ村 写真ブログ 旅行・海外写真へ ←応援ポチしていただければ幸いです。御覧いただき、ありがとうございます。
PageTop
XML | ATOM

個人情報保護
情報取得について
免責事項
Starwort Skin by Sun&Moon