模糊の旅人
mokotabi.exblog.jp
  Top ;Log-in
カテゴリ:大阪( 496 )
|
2019年 07月 12日 |
LINEトラベルJPの旅行ガイドで、私の「仁徳天皇陵の目の前!堺市博物館で歴史ロマンを体験しよう!」という記事が公開されました。
百舌鳥・古市古墳群の世界遺産登録に関連した記事の集大成でもありますので、ぜひ↓お読みください。





9月23日までは「百舌鳥古墳群ー巨大墓の時代ー」という特別展を実施中です。世界遺産登録により仁徳天皇陵に来られる方は多いでしょう。せっかくの機会ですので、ぜひ博物館も訪問してください。


ブログでは上記のLINEトラベルJP記事に載せられなかった博物館の写真を紹介することにします。

↓堺市博物館
f0140054_08192095.jpg
f0140054_08192427.jpg
↓博物館の展示コース案内図
f0140054_08311297.jpg
↓博物館の観覧券
f0140054_08213941.jpg
この地図は「オルテリウスの日本地図」と言われるもので、16世紀ヨーロッパ人の日本に対する知識を表しています。

↓博物館に展示されている地図中央部 Sacay=堺 は中央に書かれていますが、大阪はありません。
f0140054_08272519.jpg
 
↓百舌鳥古墳群の航空写真大パネル クリックすると拡大します
f0140054_08290966.jpg
↓おなじみの百舌鳥・古市古墳群の編年図
f0140054_08330174.jpg
↓中世堺のコーナー 鉄砲展示など
f0140054_08344086.jpg
↓近代堺 堺県の図
f0140054_08365948.jpg
↓堺県の話
f0140054_08380455.jpg
つまり、天領だった堺は慶応年間に堺県となり、地域を広げて現在の奈良県を含む大きな県となったわけです。やがて地域が小さく財政力がなかった大阪府を補強するため、堺は県治14年で廃県となり、大阪府へ編入されてしまいます。

大和川水系というのは、古代より繋がっており、一体感がありましたので、堺県という発想は、あながち不自然ではありません。竹内街道の世界ですね・・・
堺県時代に、堺で幼少期を過ごした偉人に、河口慧海や与謝野晶子がいます。偉大な人々を生む素地のある文化的地域だったと思います。


さて、堺県の話のついでに、古墳関連の余談をひとつ

堺県令(知事)を約10年間も務めたのは、維新の功労者である税所篤(さいしょあつし)で、能吏として評判も高く、文化財への造詣も深かったのです。堺燈台や浜寺公園、奈良公園、県師範学校・医学校・病院・女紅場(女学校のことで与謝野晶子が通った)などをつくり、伝統文化の保護育成行政に携わり、西郷隆盛、大久保利通と共に薩南の三傑と評され、子爵を授けられています。

税所篤個人は、文化的な素養が高く、古美術骨董品のコレクターでもありました。ただ、それゆえ、堺県令時代に仁徳陵を無断で発掘したのではないかとの疑惑があります。確かに、明治5年、仁徳陵の清掃を政府から命じられた際、陵内に小屋を設け一年に渡り作業しています。

ボストン美術館に仁徳陵発掘とされる装飾品がありますが、この国外流出は税所篤が横流ししたものという噂もあります。ただし、この説は、藩閥政治に対し批判的な尾佐竹猛の発言をもとにしており、明確な証拠があるわけではありません。
最近の調査では、ボストン美術館中国・日本美術部に迎えられた岡倉天心が、明治39年の関西出張の際に一括購入したもののようです。ただ、その本来の出所は分かりません・・・

堺県令:税所篤は、石棺の記録を残し文化財の保護と歴史探求に貴重な足跡を残した人物だったのか? 、それとも無断で仁徳陵を発掘し盗掘まがいのことを行った人物だったのか?・・・見方は分かれており、真相はまだ分かりません・・・皆さんは、どう考えられるでしょうか?


上記の税所篤による仁徳陵の清掃は、大雨で御陵前方部の南端斜面の埋蔵物が露土したため、清掃し大きさを測り埋め戻したということです。

↓その際のスケッチ

f0140054_15255201.jpg
↓スケッチをもとに制作したレプリカが現在、堺市博物館内に展示されています。迫力がありました。

f0140054_15120004.jpg
後円部には、さらに大きな石棺があったとの江戸時代の記録があります。前方後円墳では後円部にメインの被葬者が葬られていることが一般的なのでうなずける話です。
ただ、私が不思議に思うのは、前方部の南斜面という古墳の端部に上記の大きな石棺があったことです。いわば南の端っこにあったわけで、そうなると前方部中央などにもさらに大きな石棺がありそうです。ひょっとしてこの巨大古墳には、たくさんの人が葬られているのかも知れません・・・・。

いったい誰が葬られているのでしょうか? 今後の発掘調査が待たれるところですね。


↓中庭に展示されている石棺・・・これも本来の出所は不明です。どの古墳から出たものだろうか?

f0140054_08403329.jpg
↓博物館の休憩コーナーと館前の池
f0140054_08392304.jpg



さて、また旅に出ることになりました。
お隣の国ですが、激安海外旅行ツアーの体験取材です。
そのため、しばらくブログ更新ができませんが、ご了承ください。
来週末頃には、また更新を開始する予定です。

それでは、皆さん、ごきげんよう!




にほんブログ村 写真ブログ 旅行・海外写真へ
にほんブログ村 ←応援ポチいただければ嬉しいです。御覧いただきありがとうございます。


2019年 07月 06日 |

百舌鳥・古市古墳群のユネスコの世界文化遺産への登録が正式に決まりました。
古墳群の価値が傑出していると高く評価され、大阪初の世界遺産となりました。


アゼルバイジャンの首都バクーで開催中の国連教育科学文化機関(ユネスコ)世界遺産委員会は、7月5日、諮問機関イコモスが推薦した候補地の登録審査を開始しました。今回は35件の審査で、「百舌鳥・古市古墳群」は当初15番目の審査予定が13番目に繰り上がりましたが、結局時間切れで審査は翌7月6日に持ち越されることになりました。

少し心配しましたが、7月6日に再開された審査で、「百舌鳥・古市古墳群」は、満場一致で審査を通過し、世界遺産に登録されました。
その経過を以下にご覧ください。

↓パブリックビューイングの行われた堺市のフェニーチェ堺(堺市民芸術文化ホール)

f0140054_22470196.jpg
フェニーチェは、イタリア語で「不死鳥」という意味。フェニックス通りに面した堺市民芸術文化ホールにふさわしい名前ですね。2019年10月にグランドオープンするのですが、今回のパブリックビューイングは、プレオープンとなり、皆さんはじめての訪問になります。


堺市でのパブリックビューイングも二日間にわたったわけで、私も両日、取材のためフェニーチェ堺に通いました(汗)。
5日は500人くらいの市民が来ていましたが、6日は土曜の夕方ということもあり1000人も来られてほぼ満員でした。

↓フェニーチェ堺でのパブリックビューイングの様子(6日) 現地の実況中継を見ながら講演や映像資料も見ます・・・

f0140054_22473034.jpg

↓まず広告塔のハニワ課長を表敬訪問し記念撮影させてもらいました。緊張のご様子でした。

f0140054_22494530.jpg

昨日5日には、バーレーンの「ディルムンの遺跡群」とイラクの「バビロン」が諸事情で今日最後の審査に回されることになり、「百舌鳥・古市古墳群」は全体で13番目に繰り上がり、今日6日では5番目の審査対象。
ただ、審査が長引く候補地があり、17時を過ぎてもなかなか順番が回ってきません・・・

↓やっとひとつ前のインドネシア「オンビリン炭鉱遺跡」が登録決定。歓喜のインドネシアの関係者

f0140054_22515668.jpg

つぎは、いよいよ「百舌鳥・古市古墳群」

↓イコモスの「百舌鳥・古市古墳群」担当者が説明をはじめます。

f0140054_22523669.jpg
官民挙げての努力で保存管理された素晴らしい歴史遺産という点を強調。

↓要領の良い説明が終わりました・・・TVカメラが画面に集中

f0140054_22530416.jpg

次に委員の意見陳述です。「都市の中なのに非常に保存状態が良い」という趣旨の意見が多かったです。代表的な二人の意見を以下に。

↓スペインの委員「こんな人口の密集地で、1600年の間、こんな見事に残されているなんて信じられない!」

f0140054_22535511.jpg

↓ジンバブエの委員「1950年代、いたすけ古墳が破壊されかけたが、市民のイニシアティブで保護されたことは、評価に値する」  同時通訳されると、こちらの会場から拍手!

f0140054_22542286.jpg
↓ひとわたり意見が出た後、司会のチェアパーソンが「非常に良い評価の意見ばかりですが、反対や問題点を指摘する意見はありますか?」

f0140054_22545496.jpg
↓問題点を指摘する意見は全くなく「それでは、満場一致で採択!」と小槌が振り下ろされた瞬間!
f0140054_07041722.jpg
↓「やったー!」
f0140054_22560469.jpg

↓大喜びの市民

f0140054_22565944.jpg
↓アゼルバイジャン現地会場の大阪府知事(まん中)も握手で嬉しそう
f0140054_22582303.jpg

堺市出身の観光大使などがお祝いのメッセージを中継で。

↓片岡愛之助さん

f0140054_22593488.jpg

↓黒谷友香さん

f0140054_23000883.jpg

↓桂文枝さん

f0140054_23002912.jpg

↓登壇したハニワ課長は「サカイの宝が、セカイの宝になったぞー!」

f0140054_23011167.jpg

↓アゼルバイジャン現地から堺市長(左)も喜びの中継

f0140054_23013136.jpg

↓現地からの堺市長の発声に合わせてフェニーチェ堺で万歳三唱

f0140054_23033963.jpg

↓くす玉が割れ、フェニーチェ堺の天井からキンキラキンが舞い降りてきました。

f0140054_23040061.jpg

↓会場を後にしようとすると号外が配られていました・・・

f0140054_23042914.jpg

↓フェニーチェ堺に近い堺東の商店街・・・・お祝いムードですが、これが堺の活性化につながれば良いと思います。

f0140054_23050991.jpg

パブリックビューイングに参加して世界の識者の意見を聞いて思ったのは「意外に世界的な評価が高い」ということです。
大規模で幾何学的な日本の古墳は、傑出した価値があると認識されており、大都市の中にありながら非常によく保存されていると誉められました。
これは、とてもありがたいことで、保存と調査を訴えてきた古墳好きとしては大いに力を得ました。


日本国内では、評価が低く、古墳群なんか観光地じゃないという意見が多かったのです。世界遺産に関しても国内の推薦のほうが難関でした。四度目に挑戦でしたが、いったん世界に出てみるとイコモスの諮問決定も、本番の審査も一発でした。富士山が世界遺産になった際とは逆の現象です。

審議を見ると他の遺産では時間がかかったのに、「百舌鳥・古市古墳群」の審査は非常にスムースで満場一致でした。もちろん、古墳群の歴史的価値にプラスして関係者のプレゼンなどの尽力があってのことですが、さらに市民が保存に努力してきた経緯も大きく評価されたようです。
今は、素直に喜ぶべきだと思います。


私自身も長く百舌鳥・古市古墳群を研究し取材してきましたので、嬉しい限りです。その取材の集大成として、私にとってはおなじみの場所である堺市博物館の記事を書いてみました。

↓ということで、LINEトラベルJPに堺市博物館記事がアップされましたので、ぜひご覧ください。





にほんブログ村 写真ブログ 旅行・海外写真へ
にほんブログ村 ←応援ポチいただければ嬉しいです。御覧いただきありがとうございます。


2019年 05月 23日 |
LINEトラベルジェイピーの旅行ガイドで、私の「いよいよ世界遺産へ!堺市の仁徳天皇陵古墳を一周しよう!」という記事が公開されました。
世界遺産の指定がほぼ決定し注目を集めている百舌鳥古墳群の盟主墓:仁徳天皇陵古墳を一周するコースの紹介記事ですので、ぜひ↓お読みください。




この記事は、百舌鳥・古市古墳群についてユネスコ諮問機関(イコモス)の世界遺産への登録勧告が出て、2019年7月に世界遺産になることがほぼ確定したので、各方面からご指導を受け、緊急に作成したものです。

仁徳天皇陵については、多くの記事が出ていますが、今は注目度が高いので、タイムリーな記事として読んでいただければ幸いです。



私は次の海外への長旅を計画しており、この記事が正式にアップされてから、行くことにしていました。
次記事で旅内容について書きますが、これで心置きなく日本脱出できますので、ほっとしているところです。


旅前に、最近撮影の、近所で見られる身近な野鳥写真もアップしておきます。

晩春から初夏にかけて、野鳥は子育てのシーズンです。

↓まずは、美しい声で鳴くイソヒヨドリ。
f0140054_17233563.jpg
↑この鳥は、本来は海岸の岩壁地帯に生息していたのですが、人間の都市化に適応し、どんどん生息域を広げています。
多分、人間のつくる家屋・ビル・マンションといった建造物が、岩壁的な環境に似ており、鷹などの天敵が少ないこともあり、都会が大好きなようです。


↓次に今の季節に飛び回るツバメ
f0140054_17240599.jpg
↑おなじみツバメさんで、春になると南国から飛んできて、軒下などに巣をつくって子育てをする典型的な渡り鳥です。
日本の街や村の5月の風物詩ですね。


↓田んぼの野鳥:ケリです。
f0140054_17303561.jpg
f0140054_17303833.jpg
f0140054_17370929.jpg
↑田んぼの畝が耕されると、縄張りを主張し夫婦で子育てをする気の強い野鳥です。
これも田植えシーズンの風物詩ですね。



イソヒヨドリ、ツバメ、ケリ・・・これらの野鳥は、人家を怖がらず、イソヒヨドリは毛虫類を、ケリは田んぼの虫類を、ツバメは蚊などを食べてくれます。
カラスのようにゴミ箱をあさったり、スズメのように穀物を食べるわけではありません。いわば直接害を及ぼすわけではないので、人間にもさほど嫌がられず、春から夏にかけての風物詩として親しまれています。少しばかり人と共生しており、親しまれている野鳥です。これからも長く人間世界とつきあって姿を見せ続けてほしいものです。




<5月25日追記>
本日、午後7時30分よりNHKテレビでブラタモリという番組があり、「古墳の町・堺~巨大古墳は日本の歴史を動かした!?~」・・・大阪堺 巨大古墳は世界遺産へ▽自由都市誕生の秘密▽千利休の茶室を体験▽タモリ火縄銃に挑戦?・・・という内容が放映されます。記事と関連があるようなので、ぜひご覧ください。



<5月27日追記>
上記ブラタモリの「古墳の町・堺~巨大古墳は日本の歴史を動かした!?~」を見ました。古墳にはじまる堺の魅力を要領よく紹介した番組でした。タモリさんが「古墳好き」だったのは嬉しい驚きで、そのタモリさんの「大阪や京都が栄える前は、まず堺だった」という大胆な発言は、非常に優れた認識で、まさに慧眼といえるでしょう。
奈良盆地南部の大和から、大阪湾に面した堺へ、ほぼ東西のルートとして、古墳時代から丹比道(たじひみち 後の竹内街道)があり、大和政権の海への玄関口であったのです・・・だからこそ巨大古墳が造営されることになり 、その濠掘削用鉄器がつくられ、鉄の加工技術が磨かれ、鉄砲・包丁・自転車へ!・・・かくして堺が誕生し、摂津国と和泉国(とさらに河内国と)の境目になったことから自由な自治都市が発展していったのです。
f0140054_13262218.jpg








にほんブログ村 写真ブログ 旅行・海外写真へ
にほんブログ村 ←応援ポチいただければ嬉しいです。御覧いただきありがとうございます。


2019年 05月 17日 |

LINEトラベルジェイピーの旅行ガイドで、私の「チュニジア中部・歴史とリゾートの街“サヘルの真珠”スースを歩く!」という記事が公開されました。
チュニジア中部にあり、古い旧市街と地中海リゾートを楽しめる街スースの紹介ですので、ぜひ↓お読みください。








さて、百舌鳥・古市古墳群 について、ユネスコ諮問機関(イコモス)の世界遺産への登録勧告が出ました。(5/14)
これで、7月の世界遺産への登録がほぼ決まりました。


発掘調査が進まず陵墓名と遺跡名が混在しているといった問題点があるものの、古墳群の価値が傑出していると大きく評価されたようです。


私も、ライターとして百舌鳥・古市古墳群の世界遺産登録への、民間からの応援・協賛活動をやってきました。旅行業の一端を担う者として嬉しい限りです。これで、大阪府ではじめての世界遺産が誕生します。


一古代史ファンとしても、大阪の古墳群の歴史的価値が評価されたことを喜んでいます。


↓仁徳天皇陵古墳(大山古墳・大仙陵古墳)の一周コースより

f0140054_08002180.jpg
↓仁徳天皇陵古墳の現地解説看板

f0140054_08005352.jpg
↓日本語解説部分を拡大・・・ここに世界遺産登録のことも書かれるのでしょうね。

f0140054_08005776.jpg


私の、百舌鳥・古市古墳群に関するトラベルJPの記事には、以下の三本があり、今回の指定を受けて、表題やリード文を少し修正してみました。
ぜひ、お読みください。


いよいよ世界遺産!堺市・百舌鳥古墳群の6大古墳を完全制覇




もうすぐ世界遺産!大阪・河内の古市古墳群を歩こう!




いよいよ大阪に世界遺産が誕生!百舌鳥・古市古墳群をめぐり古墳カードを集めよう





古墳関係では、以下の記事もあります。


日本の夜明けだ!邪馬台国のロマンを求めて奈良・オオヤマト古墳群を歩こう






ブログでは、古墳関係記事も多く書いてきました。その代表的なものを、まとめて以下に紹介しますので、よろしければお読みください。



仁徳天皇陵古墳の真の被葬者は誰か?  百舌鳥古墳群と古市古墳群の被葬者の比定


百舌鳥古墳群の古墳配置と仁徳天皇陵の等高線乱れ  ~百舌鳥古墳群を歩く(1)


仁徳天皇陵の陪塚など小型古墳を見る  ~百舌鳥古墳群を歩く(2)


古墳カード記事がアップされた件と大仙公園の小型古墳  ~百舌鳥古墳群を歩く(3)



古市古墳群紹介記事の公開のお知らせ  ~古市古墳群を歩く(1)


仲姫命陵古墳の真の被葬者は誰か?  ~古市古墳群を歩く(2)


謎の古墳:古室山古墳 ―大和川水系に王権あり― ~古市古墳群を歩く(3)


箸墓古墳は卑弥呼の墓か? ~大和日帰りドライブ(6)


旅行ガイド記事公開  ~邪馬台国のロマンを求めて~







にほんブログ村 写真ブログ 旅行・海外写真へ
にほんブログ村 ←応援ポチいただければ嬉しいです。御覧いただきありがとうございます。


2019年 05月 12日 |

今日は、日常に見られる田んぼの野鳥:ケリです。

田起こしがはじまると、ケリの季節がやってきます。

田や畦などの地面に藁を敷いて巣をつくり子育てを行うので、田んぼの風物詩になっています。

f0140054_08410658.jpg
f0140054_08410904.jpg
f0140054_08411234.jpg
f0140054_08411942.jpg
f0140054_08412244.jpg


身体の下部・羽の裏部は白くて綺麗です。

その羽が見えた写真を3枚、ご覧ください。

f0140054_08432296.jpg
f0140054_08432409.jpg
f0140054_08432751.jpg

ちょと巣に近づきすぎたのでしょうか、カップルで鳴きあって「キリッ、キリッ」と大きな声で警戒しはじめました。

f0140054_08440366.jpg
↓「出ていけ!」と言っているかのように、こちらを見ながら鋭く鳴いています。

f0140054_08440507.jpg
とうとう私の周りを飛翔しだし、「キリッ、キリッ」と鳴きながら、ぶつかるかのように追い出しにかかります。

ケリは、羽を広げると、結構大きいので、近くを飛び回られると怖いです。

これは申し訳ないことをしました。もう帰りますよ、ケリさん。

↓飛翔姿を一枚撮ってから、退散しました。

f0140054_08440839.jpg











↓LINEトラベルジェイピーの旅行ガイド記事もよろしく!







にほんブログ村 写真ブログ 旅行・海外写真へ
にほんブログ村 ←応援ポチいただければ嬉しいです。御覧いただきありがとうございます。


2019年 04月 12日 |
今年の桜を掲載します。今日は大阪篇です。

近所の公園や寺院で桜が開花しました。今年は例年より遅く、昨年秋の台風の影響から折れた枝があり、少し寂しげですが、桜が華やかに咲くと気持ちの良いものです。

それでは、花の世界を楽しんでください。
f0140054_12381075.jpg
f0140054_12375393.jpg
f0140054_12375617.jpg
f0140054_12375835.jpg
f0140054_12380298.jpg
f0140054_12380501.jpg
f0140054_12513739.jpg
f0140054_12380758.jpg

園芸植物たちも負けずに開花し、癒してくれました。
今日は青系を中心に園芸植物もいくつかご覧ください。
f0140054_12404405.jpg
f0140054_12405112.jpg
f0140054_12404766.jpg
f0140054_12405301.jpg
次回は、桜~奈良篇~ をお送りします。








↓LINEトラベルジェイピーの旅行ガイド記事もよろしく!








にほんブログ村 写真ブログ 旅行・海外写真へ
にほんブログ村 ←応援ポチいただければ嬉しいです。御覧いただきありがとうございます。


2019年 04月 06日 |
非常に忙しくてチュニジア写真を現像整理する時間がないので、身近な花の写真をアップします。

三月から四月にかけて春の花が咲きだしました。
まずは好きなスプリング・エフェメラルと呼ばれる春の妖精のような小さな野草をいくつか撮りました。

近所の山で見られるのが、ショウジョウバカマ。
少し湿った場所に咲いており、色合いも様々で可憐な姿はなんともいえない風情があります。
f0140054_11261937.jpg

↓アップでやわらかめに撮影
f0140054_20223990.jpg
f0140054_20224282.jpg
f0140054_20224419.jpg


↓シハイスミレも可愛い花で素敵です。
f0140054_11300076.jpg


スイセンなどの園芸植物も近くの公園で見事に咲き誇っており、撮影を満喫できました。美しい花たちの競演をお楽しみください。
f0140054_11324461.jpg
f0140054_11324952.jpg
f0140054_11325350.jpg
f0140054_12455461.jpg
f0140054_11325827.jpg










↓LINEトラベルジェイピーの旅行ガイド記事もよろしく!








にほんブログ村 写真ブログ 旅行・海外写真へ
にほんブログ村 ←応援ポチいただければ嬉しいです。御覧いただきありがとうございます。


2019年 01月 08日 |

LINEトラベルジェイピーの旅行ガイドで、私の「泉州の和泉市久保惣記念美術館で美を体験する!」という記事が公開されました。
静かで穏やかな時間を過ごせる印象的な美術館ですので、ぜひ↓記事をお読みください。





この旅行ガイド記事の作成に関しましては、和泉市久保惣記念美術館の学芸員である上仁さんの御協力をたまわり、とても参考になりました。この場を借りて、深く御礼申し上げます。


本ブログでも、タイアップして、和泉市久保惣記念美術館を紹介することにします。



久保惣記念美術館は、日本と中国の古美術を中心に約11,000点を所蔵し、所蔵品をいかした企画展や、個性的な特別展を開催しています。国宝も二点あり、人気の宮本武蔵の作品もあることから、泉州の名物美術館と言えます。


↓和風の佇まいの久保惣記念美術館

f0140054_08324486.jpg
f0140054_08325000.jpg
和風を基調としており、静かで穏やかな時間を過ごる印象的な美術館です。

f0140054_08332031.jpg
f0140054_08332355.jpg

↓新館と本館の間にある黒竹の小路は、とても趣きがあり、私のお気に入りです。

f0140054_08335106.jpg
f0140054_08334722.jpg

↓松の緑に映えるカエデの紅葉も良いです。

f0140054_08343251.jpg

この久保惣記念美術館で一番人気の作品は、宮本武蔵の「枯木鳴鵙図」(こぼくめいげきず、重要文化財)です。
これについては、旅行ガイド記事の中に、大きな写真がありますので、まずそれをご覧ください。(ブログには掲載許可を得ていないので直接掲載できません)

この作品が公開展示される企画展があると、この絵を見るために遠方から来られる方があり、剣豪:宮本武蔵のファンの多いことが分かります。


この作品に関して、学芸員の上仁さんによると、「枯木鳴鵙図」というのは作品が収められていた箱蓋に記されていた、いわゆる箱書きにあった名前だそうです。
また、文人画家である渡辺崋山が所有していた旨が銘記してあるとのことです。崋山は武士出身であり、宮本武蔵に共感するところがあったのでしょう、この絵に強く惹かれていたと思われます。


「鵙(げき)」とは獰猛な小鳥である百舌鳥(モズ)のこと。
「枯木鳴鵙図」というのを文字通り解釈すると「枯木でモズが鳴いている図」ということになります。しかし、この絵を見て「モズが鳴いている」ように見えるでしょうか?

事実、上仁さんによると、「この絵のモズは鳴いていない」という意見が多くあるそうです。
確かに、モズの目が鋭く獲物を狙う張り詰めた空気が感じられる作品です。動いて鳴くと獲物が逃げてしまいますよね・・・


場の緊張感が伝わってきます。そして鮮やかな筆さばき・・・この絵の筆致には迷いが無く、無駄な装飾も排し、武芸者としての武蔵の真っ直ぐな気迫が表現されているようです。


モズは、百舌鳥という地名のとおり「大阪府の鳥」であり、仁徳天皇の百舌鳥野伝説があるように、仁徳天皇陵がある泉州を代表する野鳥です。
そのモズを描いた宮本武蔵の水墨画が、この和泉市久保惣記念美術館にあるというのは、とても因縁を感じますね。


その他にも、国宝が二点
(1)青磁 鳳凰耳花生 銘「万声」(ほうおうみみはないけ めい「ばんせい」 )
(2)「歌仙歌合」(柿本人麻呂や紀貫之などの著名な30人の歌人による130種の歌の書写)
あります。


また、人気のある葛飾北斎の「冨嶽三十六景」の中の一図「凱風快晴」(通称「赤富士(あかふじ)」の浮世絵もあります。
東洋美術中心ではありますが、西欧美術もモネ、モディリアニ、ゴッホ、ルオー、ロダン、ルノワールなどがあります。


私は最低でも年一回はこの美術館を訪問しています。
最近では大和絵の特別展(土佐派と住吉派―やまと絵の荘重と軽妙―)があり、日本画の繊細かつ優美な世界を堪能しました。
自宅から歩いて行ける唯一の美術館でもありますので、今後の企画展や特別展を楽しみにしています。


↓久保惣記念美術館の庭に咲いていたホトトギス

f0140054_08364615.jpg








にほんブログ村 写真ブログ 旅行・海外写真へ
にほんブログ村 ←応援ポチいただければ嬉しいです。御覧いただきありがとうございます。



2018年 09月 10日 |

台風21号の被害は思ったより激しく、いつも散歩する公園でも倒木や無残に折れた木が目立ちます。
野鳥さんたちは大丈夫なのだろうかと、いろいろ回ってみました。やはり、従来より見かける野鳥の数は少なく、心配です・・・


↓台風の爪あと

f0140054_10291974.jpg
f0140054_10293817.jpg
f0140054_10300131.jpg
f0140054_10302440.jpg
樹木の悲鳴が聞こえてくるようですね・・・・


さて、先週のブログで海外旅予定と書きましたが、台風21号による関西空港の被害のため、出発できませんでした。

いろいろ、すったもんだしたのですが、関空からの大連出発便が欠航のままですので、いたしかたありません。


私の予約していた中国の航空会社は、代替便は出ないということなので、とりあえずチケット払い戻しをして、いったん取り消しました。

セントレアなどの他空港からの出発も試みましたが、唯一スケジュール的に合う便は満席で、キャンセル待ちをしましたが、取れませんでした。


関空の修復を待って行くことを検討中ですが・・・・


ただ、問題は、レッドビーチです。取材をしたかったレッドビーチは、日本でいう天然のサンゴ草の大群落で、10月中旬をすぎると枯れてしまいシーズンオフとなります。


サンゴ草は日本では北海道のサロマ湖などでも少し見られますが、中国のレッドビーチは東京ドーム約2,000個分と大規模なのです。このサンゴ草の一番きれいな時期に合わせて、ゆっくりと満州をめぐるスケジュールを組んだのですが、まさか台風で関空が大きな被害を受けるとは思いもしませんでした。残念です。


初夏に四川省の四姑娘山に登って高山植物を見る計画も骨折で中止しましたし、ようやく快復して初秋の満州への旅もこの始末・・・今年はどうも運がありません。


私は、今回の中国旅の関係で、10月上旬に他の仕事や用事を集中させていたために、そこでの長旅は無理です。
つまり、10月上旬を過ぎた中旬はじめのワンチャンスしかレッドビーチへの可能な時期がなく、そこに飛行機や宿などが取れるか、関空の発着はどうなっているか、非常に微妙な状況です。
関空が早く修復されうまく日程が合えば可能ですが、いずれにせよタイトなスケジュールになりそうで、無理して行くべきかどうか迷っております。


とりあえずの現況報告でした。


↓LINEトラベルJPの記事もよろしく!




にほんブログ村 写真ブログ 旅行・海外写真へ
にほんブログ村 ←応援ポチいただければ嬉しいです。御覧いただきありがとうございます。



2018年 08月 30日 |

仲姫命陵古墳(仲津山古墳、仲ツ山古墳)の拝所の向かい側、前方部を向き合わせる形で中型の古墳があります。これが古室山古墳で、全長約150mもある結構迫力ある前方後円墳です。

f0140054_19514004.jpg
このような前方部を接近させて位置する中大型の古墳同士の配置というのは、百舌鳥・古市古墳群では他に例がありません。
これは不思議なことです。

f0140054_19531609.jpg
古室山古墳は皇族墳墓に治定されていないので、これまで発掘され詳しい研究書も発刊されています。
1986年の調査では、後円部から葺石が多量に見つかりました。その状況が下の写真です。
f0140054_19572050.jpg

古市古墳群は、百舌鳥古墳群と違って、実際に登ることのできる古墳が多いのが特徴です。
特に古室山古墳は、おススメで、古市古墳群を回るコースの中で、休憩するのに絶好です。ぜひ、南側の後円部から登って、景色を楽しんでください。

↓古室山古墳に登る途中から頂上を見上げる。
f0140054_20344891.jpg
↓古室山古墳の頂上よりの風景 はるかに、あべのハルカスが見えますね。
f0140054_19590963.jpg
古室山古墳の自然も良いものです。下は木に生えていたキノコ

f0140054_20005802.jpg


古室山古墳の謎はもうひとつあります。
白石先生の古市古墳群の編年図表によると、古室山古墳は古市古墳群の中では初期の造営で、ほぼ津堂城山古墳とほぼ同じような時期に位置付けられています。


ところが、古室山古墳の様式は古い形で、その周濠は墳丘に沿って前方後円形をしています。この形は、前期の前方後円墳によくみられるもので、出土した壷形埴輪も古い形式を表わしています。
津堂城山古墳になると、周濠は盾形となり、造出しや二重濠という新形式になります。これ以降の巨大古墳の周濠はすべて盾形です。


↓古室山古墳と隣接する仲津山古墳の周濠と墓域

f0140054_20020416.jpg
↑この赤の周濠と、緑の墓域は、私がフリーハンドで描いたものです。


これは一体何を意味しているのでしょうか?

天野末喜氏は、「大和政権が河内地域を領有」した際に征服された在地首長が葬られていると考えています。(『古室山・大鳥塚古墳』藤井寺市教育委員会事務局 2017 168頁)


逆に、白石太一郎教授は、河内を含むヤマト王権内部から河内政権が有力となっていく証拠であると考えています。


「筆者(白石太一郎氏のこと)は、ヤマト王権の本来の地域的基盤は畿内全体ではなく、その南の大和川水系及びその周辺、すなわち後の大和・河内(北河内をのぞく)・和泉の地域であったと考えている。それは、まさに大和・河内(和泉を含む)連合にほかならなかったのである。おそらくこの範囲は邪馬台国の原領域でもあったのではないだろうか。(『百舌鳥・古市古墳群出現前夜』大阪府立近つ飛鳥博物館図録60 2013 13~14頁))


私は、後者の白石先生の考え方を支持するものです。


私は、古市古墳群に先行する河内の玉手山古墳群を築いた集団は、決して大和の政権と対立する勢力ではなく、むしろ大和の政権を支えるもっとも有力な集団だったと思います。大和川水運を掌握し、一番大切な西への出口を押さえ、佐紀古墳群の政権一族とも交流したのでしょう。

オオヤマトすなわち原ヤマト国家は、箸墓や柳本古墳群のある場所を中心としますが、そこだけで成立したのではありません。周辺の地域から支持された連合国家(卑弥呼や台与の共立という事実があります)でした。白石先生が述べるように、大和・河内連合を基盤とした体制だったのです。

もともとヤマト政権というのは、邪馬台国時代からずっと大和川水系が中心でした。古市古墳群のある河内は、大和川を下って河内湖に出ていく要所であり、最重要拠点です。
地形的には、大和川が金剛生駒山脈を穿った渓谷=ボトルネックから大阪平野に広がるポイントで、畿内から瀬戸内へ西日本へ、さらには半島・大陸への門戸を確保できる場所です。


ここにすでに古来よりヤマト政権の機関が置かれており、その機関を担ってきた集団が在地勢力と融合し、佐紀古墳群の王権血縁者とも交流していく中で有力となったのが河内政権です。(したがって、私は、津堂城山古墳の段階で大和政権が河内を征服したとする天野末喜氏の説を支持しないのです。もともと大和政権というのは河内勢力との連合政権であったのです。)

また、その大和川が金剛生駒山脈につきあたる奈良県側のポイントに栄えたのが葛城氏で、馬見古墳群があります。葛城氏は応神王朝期に多くの皇后を輩出し、河内集団とも強いつながりを持ちました。


その河内集団のトップで、私が仲哀天皇にあたる人物と考える津堂城山古墳の被葬者は、河内地域をおさえ、西方諸集団との関係を構築することによって、王権内部での地位を高め、佐紀古墳群の姫(神功皇后)と婚姻し、佐紀勢力同士の権力争いを制し大王クラスになったのです。


その次代にあたる仲津山古墳の被葬者=応神天皇にあたる人物は、ついに佐紀政権に代わる強力な大王として河内政権をゆるぎないものにします。その次の仁徳天皇は、葛城襲津彦の娘である磐之媛命を皇后として履中・反正・允恭の皇子を成しました。このことは、応神系の政権が佐紀古墳群の集団より、馬見古墳群の葛城氏系の集団を盟友とし、提携重点をそこに移していったことを意味しています。

↓大和川水系に集中する巨大古墳群

f0140054_09274599.jpg
↑ご覧のように、奈良盆地の大和川水系が古ヤマトの場所ですが、大和川が西の山脈に当たる場所に馬見古墳群があり、そこから山脈を出て大阪平野に出る場所に古市古墳群があります。
また、奈良盆地の北で大和川水系の北部には佐紀古墳群があり、山城・近江方面の淀川水系と接しています。
こうした大和川水系の重要地点に、政権が移り変わり、巨大古墳が築かれたわけですが、これはまたヤマト政権が大和~河内地方を基盤とする連合の政権であったことを示しています。



さて、津堂城山古墳の被葬者は、河内政権で最初に大王クラスとなった人物です。そこで自らの墳墓は、二重の盾形周濠・周堤、造出し、巨大石棺、水鳥形埴輪など新企画で豪華なものとしました。
この時期、巨大な大王墓クラスの古墳ほど新しい装いで登場し、逆に中規模以下の前方後円墳は、旧の伝統的な形態である例が多いのです。その中規模古墳の代表が、古室山古墳であり続いて造られた野中宮山古墳です。


古室山古墳は、大王たる津堂城山古墳の被葬者の下の、有力家臣クラスの墳墓であり、旧来の形態の古墳を希望した人物が葬られていると考えます。多分、老臣といったイメージの被葬者像が浮かびます。


次の世代になると、巨大な仲津山古墳という大王墓が築かれます。
この巨大古墳は、国府台地の最高地点に造られるのですが、そこにはすでに先代の老臣の墳墓である古室山古墳がありました。そこで異例ですが、前方部を接した形で、仲津山古墳が誕生したのです。

古室山古墳と非常に接近させる形にはなりますが、あえてそうしてまでも、国府台地の最高地点に造営することを選んだのです。これには、最も良い場所を使うという大王の強い意志が感じられます。

前に、仲姫命陵古墳の真の被葬者は誰か? という記事で書きましたように、この最重要地に造営された仲津山古墳の被葬者としては、応神天皇にあたる人物以外には考えられないと思います。



本記事を書くに際して、特に参考にした書籍は以下の三冊です。

f0140054_20301838.jpg





Travel.jpの旅行ガイド記事もよろしく!


にほんブログ村 写真ブログ 旅行・海外写真へ
にほんブログ村 ←応援ポチいただければ嬉しいです。御覧いただきありがとうございます。



PageTop
XML | ATOM

個人情報保護
情報取得について
免責事項
Starwort Skin by Sun&Moon