模糊の旅人
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2019年 07月 12日 |
LINEトラベルJPの旅行ガイドで、私の「仁徳天皇陵の目の前!堺市博物館で歴史ロマンを体験しよう!」という記事が公開されました。
百舌鳥・古市古墳群の世界遺産登録に関連した記事の集大成でもありますので、ぜひ↓お読みください。





9月23日までは「百舌鳥古墳群ー巨大墓の時代ー」という特別展を実施中です。世界遺産登録により仁徳天皇陵に来られる方は多いでしょう。せっかくの機会ですので、ぜひ博物館も訪問してください。


ブログでは上記のLINEトラベルJP記事に載せられなかった博物館の写真を紹介することにします。

↓堺市博物館
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↓博物館の展示コース案内図
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↓博物館の観覧券
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この地図は「オルテリウスの日本地図」と言われるもので、16世紀ヨーロッパ人の日本に対する知識を表しています。

↓博物館に展示されている地図中央部 Sacay=堺 は中央に書かれていますが、大阪はありません。
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↓百舌鳥古墳群の航空写真大パネル クリックすると拡大します
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↓おなじみの百舌鳥・古市古墳群の編年図
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↓中世堺のコーナー 鉄砲展示など
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↓近代堺 堺県の図
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↓堺県の話
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つまり、天領だった堺は慶応年間に堺県となり、地域を広げて現在の奈良県を含む大きな県となったわけです。やがて地域が小さく財政力がなかった大阪府を補強するため、堺は県治14年で廃県となり、大阪府へ編入されてしまいます。

大和川水系というのは、古代より繋がっており、一体感がありましたので、堺県という発想は、あながち不自然ではありません。竹内街道の世界ですね・・・
堺県時代に、堺で幼少期を過ごした偉人に、河口慧海や与謝野晶子がいます。偉大な人々を生む素地のある文化的地域だったと思います。


さて、堺県の話のついでに、古墳関連の余談をひとつ

堺県令(知事)を約10年間も務めたのは、維新の功労者である税所篤(さいしょあつし)で、能吏として評判も高く、文化財への造詣も深かったのです。堺燈台や浜寺公園、奈良公園、県師範学校・医学校・病院・女紅場(女学校のことで与謝野晶子が通った)などをつくり、伝統文化の保護育成行政に携わり、西郷隆盛、大久保利通と共に薩南の三傑と評され、子爵を授けられています。

税所篤個人は、文化的な素養が高く、古美術骨董品のコレクターでもありました。ただ、それゆえ、堺県令時代に仁徳陵を無断で発掘したのではないかとの疑惑があります。確かに、明治5年、仁徳陵の清掃を政府から命じられた際、陵内に小屋を設け一年に渡り作業しています。

ボストン美術館に仁徳陵発掘とされる装飾品がありますが、この国外流出は税所篤が横流ししたものという噂もあります。ただし、この説は、藩閥政治に対し批判的な尾佐竹猛の発言をもとにしており、明確な証拠があるわけではありません。
最近の調査では、ボストン美術館中国・日本美術部に迎えられた岡倉天心が、明治39年の関西出張の際に一括購入したもののようです。ただ、その本来の出所は分かりません・・・

堺県令:税所篤は、石棺の記録を残し文化財の保護と歴史探求に貴重な足跡を残した人物だったのか? 、それとも無断で仁徳陵を発掘し盗掘まがいのことを行った人物だったのか?・・・見方は分かれており、真相はまだ分かりません・・・皆さんは、どう考えられるでしょうか?


上記の税所篤による仁徳陵の清掃は、大雨で御陵前方部の南端斜面の埋蔵物が露土したため、清掃し大きさを測り埋め戻したということです。

↓その際のスケッチ

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↓スケッチをもとに制作したレプリカが現在、堺市博物館内に展示されています。迫力がありました。

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後円部には、さらに大きな石棺があったとの江戸時代の記録があります。前方後円墳では後円部にメインの被葬者が葬られていることが一般的なのでうなずける話です。
ただ、私が不思議に思うのは、前方部の南斜面という古墳の端部に上記の大きな石棺があったことです。いわば南の端っこにあったわけで、そうなると前方部中央などにもさらに大きな石棺がありそうです。ひょっとしてこの巨大古墳には、たくさんの人が葬られているのかも知れません・・・・。

いったい誰が葬られているのでしょうか? 今後の発掘調査が待たれるところですね。


↓中庭に展示されている石棺・・・これも本来の出所は不明です。どの古墳から出たものだろうか?

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↓博物館の休憩コーナーと館前の池
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さて、また旅に出ることになりました。
お隣の国ですが、激安海外旅行ツアーの体験取材です。
そのため、しばらくブログ更新ができませんが、ご了承ください。
来週末頃には、また更新を開始する予定です。

それでは、皆さん、ごきげんよう!




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2019年 07月 06日 |

百舌鳥・古市古墳群のユネスコの世界文化遺産への登録が正式に決まりました。
古墳群の価値が傑出していると高く評価され、大阪初の世界遺産となりました。


アゼルバイジャンの首都バクーで開催中の国連教育科学文化機関(ユネスコ)世界遺産委員会は、7月5日、諮問機関イコモスが推薦した候補地の登録審査を開始しました。今回は35件の審査で、「百舌鳥・古市古墳群」は当初15番目の審査予定が13番目に繰り上がりましたが、結局時間切れで審査は翌7月6日に持ち越されることになりました。

少し心配しましたが、7月6日に再開された審査で、「百舌鳥・古市古墳群」は、満場一致で審査を通過し、世界遺産に登録されました。
その経過を以下にご覧ください。

↓パブリックビューイングの行われた堺市のフェニーチェ堺(堺市民芸術文化ホール)

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フェニーチェは、イタリア語で「不死鳥」という意味。フェニックス通りに面した堺市民芸術文化ホールにふさわしい名前ですね。2019年10月にグランドオープンするのですが、今回のパブリックビューイングは、プレオープンとなり、皆さんはじめての訪問になります。


堺市でのパブリックビューイングも二日間にわたったわけで、私も両日、取材のためフェニーチェ堺に通いました(汗)。
5日は500人くらいの市民が来ていましたが、6日は土曜の夕方ということもあり1000人も来られてほぼ満員でした。

↓フェニーチェ堺でのパブリックビューイングの様子(6日) 現地の実況中継を見ながら講演や映像資料も見ます・・・

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↓まず広告塔のハニワ課長を表敬訪問し記念撮影させてもらいました。緊張のご様子でした。

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昨日5日には、バーレーンの「ディルムンの遺跡群」とイラクの「バビロン」が諸事情で今日最後の審査に回されることになり、「百舌鳥・古市古墳群」は全体で13番目に繰り上がり、今日6日では5番目の審査対象。
ただ、審査が長引く候補地があり、17時を過ぎてもなかなか順番が回ってきません・・・

↓やっとひとつ前のインドネシア「オンビリン炭鉱遺跡」が登録決定。歓喜のインドネシアの関係者

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つぎは、いよいよ「百舌鳥・古市古墳群」

↓イコモスの「百舌鳥・古市古墳群」担当者が説明をはじめます。

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官民挙げての努力で保存管理された素晴らしい歴史遺産という点を強調。

↓要領の良い説明が終わりました・・・TVカメラが画面に集中

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次に委員の意見陳述です。「都市の中なのに非常に保存状態が良い」という趣旨の意見が多かったです。代表的な二人の意見を以下に。

↓スペインの委員「こんな人口の密集地で、1600年の間、こんな見事に残されているなんて信じられない!」

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↓ジンバブエの委員「1950年代、いたすけ古墳が破壊されかけたが、市民のイニシアティブで保護されたことは、評価に値する」  同時通訳されると、こちらの会場から拍手!

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↓ひとわたり意見が出た後、司会のチェアパーソンが「非常に良い評価の意見ばかりですが、反対や問題点を指摘する意見はありますか?」

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↓問題点を指摘する意見は全くなく「それでは、満場一致で採択!」と小槌が振り下ろされた瞬間!
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↓「やったー!」
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↓大喜びの市民

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↓アゼルバイジャン現地会場の大阪府知事(まん中)も握手で嬉しそう
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堺市出身の観光大使などがお祝いのメッセージを中継で。

↓片岡愛之助さん

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↓黒谷友香さん

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↓桂文枝さん

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↓登壇したハニワ課長は「サカイの宝が、セカイの宝になったぞー!」

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↓アゼルバイジャン現地から堺市長(左)も喜びの中継

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↓現地からの堺市長の発声に合わせてフェニーチェ堺で万歳三唱

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↓くす玉が割れ、フェニーチェ堺の天井からキンキラキンが舞い降りてきました。

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↓会場を後にしようとすると号外が配られていました・・・

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↓フェニーチェ堺に近い堺東の商店街・・・・お祝いムードですが、これが堺の活性化につながれば良いと思います。

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パブリックビューイングに参加して世界の識者の意見を聞いて思ったのは「意外に世界的な評価が高い」ということです。
大規模で幾何学的な日本の古墳は、傑出した価値があると認識されており、大都市の中にありながら非常によく保存されていると誉められました。
これは、とてもありがたいことで、保存と調査を訴えてきた古墳好きとしては大いに力を得ました。


日本国内では、評価が低く、古墳群なんか観光地じゃないという意見が多かったのです。世界遺産に関しても国内の推薦のほうが難関でした。四度目に挑戦でしたが、いったん世界に出てみるとイコモスの諮問決定も、本番の審査も一発でした。富士山が世界遺産になった際とは逆の現象です。

審議を見ると他の遺産では時間がかかったのに、「百舌鳥・古市古墳群」の審査は非常にスムースで満場一致でした。もちろん、古墳群の歴史的価値にプラスして関係者のプレゼンなどの尽力があってのことですが、さらに市民が保存に努力してきた経緯も大きく評価されたようです。
今は、素直に喜ぶべきだと思います。


私自身も長く百舌鳥・古市古墳群を研究し取材してきましたので、嬉しい限りです。その取材の集大成として、私にとってはおなじみの場所である堺市博物館の記事を書いてみました。

↓ということで、LINEトラベルJPに堺市博物館記事がアップされましたので、ぜひご覧ください。





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