模糊の旅人
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2018年 01月 09日 ( 1 )
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2018年 01月 09日 |

「たびねす」に、私の「モロッコの迷宮都市フェズの真実―わくわくドキドキ、実は分かりやすい町だった!」という記事が掲載されましたのでお知らせします。迷宮都市として世界的に有名なフェズの街歩き案内記事ですので、ぜひご覧ください。どうぞよろしくお願いいたします。
なおこの「たびねす」記事は、私のフェズ紹介記事の前編にあたるもので、後編として次に「迷宮都市フェズの迷路の謎を解く」という記事を書く予定です。







本ブログでも、「たびねす」とタイアップして、モロッコの古都でもあることから、より詳しくフェズ旧市街を紹介します。


フェズは8世紀末にイドリス2世が、国都として築いた町です。その後、モロッコの歴史の中で、何度も首都となり、モロッコの核として栄えてきました。時期的にも、まさに日本でいえば京都にあたる都市です。


イドリス朝を創始したイドリス1世とモロッコのベルベル人の女性の間に生まれたイドリス2世は、父の遺志を継ぎ王国の首都としてフェズを開発しました。イドリス1世は、預言者ムハンマドの娘ファティマの血をひく貴種としてベルベル人に担がれて王となったのですが、イドリス2世はその聖者の子であるとともに、ベルベル人の母の血もひき、貴種とネイティブの混血として、アラブ系とベルベル系の人々をつなぐ期待通りの英明な王で、イドリス朝の最盛期を現出しました。


フェズは、東西南北に通じる交通の要衝で、都として最適。おりからカール大帝の侵入により騒乱状態にあった後ウマイヤ朝(現スペイン)から8000家族が避難してきており、また東隣のアグラブ朝の興隆から逃れたカイルワーン(現チュニジア)からの避難者2000家族も避難して来ました。


イドリス2世は、これらの難民をフェズ川の両側に住まわせ、競って町づくりを援助・奨励しました。

↓フェズ工芸の代表:フェズ焼き

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イベリア半島の後ウマイヤ朝から来た人たちは、高度な芸術や職人工芸を伝え焼き物・金銀細工・なめし皮・織物などの産業を興し、カイルワーンから来た人たちは宗教を伝えその故郷の名を冠するカラーウィンモスク(カラウィーンはカイルワーンの変形)を建設しました。そして、フェズの基礎を築いたイドリス2世の霊廟であるザウイア・ムーレイ・イドリス廟もつくられました。


これらのフェズ川付近から丘の上にかけて、メインストリートがつくられ、そこから町が広がっていきました。これがフェズ旧市街の中でも古いほうの町・・・フェズ・エル・バリで世界遺産です。



フェズの旧市街フェズ・エル・バリの探検は、正門たるブー・ジュルード門からはじまります。迷宮都市として恐れられているフェズですが「実際はどんなところなのだろう?」「いよいよここからだ」と緊張と期待が高まる美しい門です。


↓ブー・ジュルード門(外側から)

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↓ブー・ジュルード門(内側から)

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この門からはフェズ川にかけてゆるやかな下りになっており歩いて行くのには最適。実は、ブー・ジュルード門から中心のカラウィーン・モスクまで、メインストリートは2本だけで、そこから葉脈のように細い路地が広がっています。この構造を頭に入れておけば、フェズの旧市街はとても分かりやすいのです。


↓メインストリートのひとつがタラア・ケビーラ通リ

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↑車は通れませんがフェズ一番の通りで、ブー・ジュルード門からほぼ道なりに東へまっすぐ下ってカラウィーン・モスクに至ります。もし路地やスークで迷ったら、このケビーラ通リに戻れば良いのです。方向も、下りがカラウィーン・モスクに向かう東側ですから間違えることはありません。


↓もうひとつのメインストリートであるタラア・セギーラ通リ

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↑タラア・セギーラ通リは、ブー・ジュルード門を入ってすぐに右折するやや細い道です。ケビーラ通リの少し南側をくねくねと並行して進み、ネジャリーン広場の少し手前でケビーラ通リに合流します。この道は商店が多く、土産物屋が並んでいるので、とても面白い街歩きを楽しめます。



モロッコでは、ほとんどのモスクや重要な霊廟に異教徒は入れません。イスラム芸術の極致が見られないのは残念ですが、そのかわり見学できるのが神学校(マドサラ)です。フェズでも、ブー・ジュルード門を入ってすぐのところのブ―・イナニア神学校には素晴らしいイスラム装飾がありますので、忘れずに見学しましょう。

ここは細かなアラベスク模様が見事で、あまり派手過ぎないところが日本人の美意識に合います。


以下、ブ―・イナニア神学校の秀逸な装飾の写真を一挙10枚ごらんください。

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モロッコの建物装飾は、ペルシア(イラン)のように華麗ではなく、トルコのように壮大ではありませんが、落ち着いて上品な雰囲気は素晴らしいものでした。
モロッコ人のクラフトマンシップの高さと信仰への情熱が感じられます。何よりこの渋い繊細さがとても良かったです。







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