模糊の旅人
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龍野街角遊歩・赤とんぼ歌碑  ~播磨・美作ちいさな旅(3)
2016年 07月 11日 |
三木露風生家から西へ龍野の町を散策します。
町をぐるっと回って、最後に露風生家の上にある龍野城でお昼とするのが時間的に良さそうです。

↓まず、「龍野小学校水練場」というのを見つけました。堂々たる構えで、単にプールとしていないのが、さすが小京都ですね。
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ぶろぶら歩いていると、「たつの市指定文化財・家老門」というのがありました、

↓立派な門だけが残されていました。
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↓説明文もきちんとあり、分かりやすいです。
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↓次にあるのが「霞城館・矢野勘治記念館」の白壁塀です。
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↓「霞城館・矢野勘治記念館」の説明書きです。
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三木清、三木露風、内海信之、矢野勘治と、龍野は文化人を輩出したのですね。
小さな町ですが、江戸時代より続く龍野の文化の高さを感じます。

三木清の『人生論ノート』は、若いころ読んだ名著ですので、懐かしく感じました。その一節「眞に旅を味ひ得る人は眞に自由な人である。」という言葉を思い出しました。
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↓人の姿が少ない途中の街角をソフトフォーカスで柔らかく撮影
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さて、いよいよ龍野公園の市民グラウンド入り口に来ました。

↓有名な赤とんぼの歌碑です。近づくと突然「赤とんぼ」のメロディーが流れました。センサーで反応するのですね。
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↑左側に山田耕筰絶筆の五線譜、真ん中に赤とんぼの歌碑、右に露風のレリーフがあります。

↓露風のレリーフのアップ~晩年の露風ですね。
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↓赤とんぼの歌碑のアップ
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「赤とんぼ」は日本を代表する童謡で「日本の歌百選」にも選出されています。

この歌は、三木露風が大正10年(1921年)に作詩し、これを読んで感動した山田耕筰が昭和2年(1927年)に曲をつけたものです。
日本人の心を表す「赤とんぼ」の歌碑を読んで、五線譜を見ながらメロディーを口ずさめば、誰しも望郷の思いにとらわれるのではないでしょうか。


少しだけ追加解説します。

露風は、明治34年(1901)13才のとき、俳句を作り始め、「赤賭蛤とまってゐるよ竿の先き」という句も作っています。
こうした故郷の思い出をもとに、大正10年(1921年)函館のトラピスト修道院において「赤とんぼ」の詩を作り、『樫の實』に発表しました。

全体的に平易な言葉で書かれており分かりやすいのですが、ちょっと誤解されやすいのが三番の歌詞です。
「十五でねえやは嫁に行き」の「ねえや」は姉ではありません。露風は長男で姉はおらず、この「ねえや」は家で頼んだいた子守娘のことです。

当時、全国的に女中・子守娘のことを「姐や(ねえや)」と呼んでいました。また、戦前は15歳くらいで嫁に行くのは珍しいことではありませんでした。
また、お里は、「ねえや」の里のことです。「便り」ととは手紙にとどまらず消息のことをいいます。

つまりこの部分の意味は「子守ねえやが15歳で嫁に行ってしまったので、ねえやの家のうわさも聞かなくなった」ということです。

露風自身の解説によると「私の子守娘が、私を背に負ふて広場で遊んでいた。その時、私が背の上で見たのが赤とんぼである。」と書いています。

子守娘という習慣がなくなった今の日本では分かりにくいかもしれませんが、戦前の田舎の社会風俗が色濃く出ている内容なのです。


↓歌碑の少し右側に三木露風の立像もあります。
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↓立像の脇横にある露風の短歌碑
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 鶏籠の松の緑の色うへぬそれをば常に心ともせめ


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by mokonotabibito | 2016-07-11 08:20 | 兵庫 | Trackback | Comments(5)
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Commented by Lago at 2016-07-11 15:59 x
龍野市は、露風のみでなく、三木清や矢野勘治をも輩出しているのですね。
嘗て若者の心を捉えた三木哲学や、「嗚呼玉杯〜〜」の寮歌を知る人は、
かなり高齢の世代のみでは?
それ故に市がこのような形で顕彰している意義は大きいです。
また「赤とんぼ」三節を、模糊さんが解説している事に少し驚きました。
つまり、この節の意味が分るのは、上の件同様、高齢世代という次第なのでしょう。
ねーや、ばーやは、今や死語なんですね。
言葉は時代と共に移ろいゆく生き物でもありますから、仕方ないです。
でも「おしん」は世界各国で受け入れられたのですから、
「子守りのねーや」のイメージや心情には滅びないものがきっとあるはず。
なんだか切なくなってきます・・・

「赤とんぼ」永久の命を得て歌碑になりたる誉れされどさみしや
Commented by youshow882hh at 2016-07-11 21:03
こんばんは。ゆーしょーです。
「赤とんぼ」の歌を知らない人は居ないと思います。
和歌山市では、朝、ゴミの収集に回ってくる車の音楽が
この「赤とんぼ」の曲なのです。
朝なのに何故夕焼けこやけかとよく論議されるのですが。

戦前戦後の田舎では、子守ねえやが居り、私たちは
「守りさん、守りさん」 と呼んでいました。
ポチ♪
Commented by youshow882hh at 2016-07-12 12:03
こんにちは。
ポチ♪
Commented by engel777engel at 2016-07-13 12:06
夕焼け小焼けの赤とんぼ。。。懐かしい思い出の唄です。。私は歌詞を覚えるのが苦手でメロディは知っていても、とんと歌詞がでてきません。。でも不思議に子供の頃覚えた赤トンボや蛍の光の歌詞はスルッとでてきます、こうしている今も頭の中にメロディと歌詞が流れています。。

応援ポチッ!!!!

Commented by youshow882hh at 2016-07-13 15:28
こんにちは。
ポチ♪
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