模糊の旅人
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雨の明日香路(3) 石舞台古墳 sanpo
2009年 05月 24日 |
石舞台古墳 
蘇我馬子の墓と伝えられます・・・元は壮大な方形墳だったそうです。土が剥がされ、墓が暴かれたのは、蘇我氏に対する懲罰とする説もあります。
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内部への羨道
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玄室は、長さ約7.7m、幅約3.5m、高さ約4.7mもあり、石室内部に排水施設まであります。
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石舞台古墳公園の全景
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はたして蘇我氏は日本書紀に書かれるような極悪非道な一族だったのでしょうか・・。歴史は勝者によって都合の良いように書き変えられます。本当は、日本の古代史に非常に大きな役割を果たしたキーファミリーではなかったのか・・・そんな思いを胸に見学しました。

OLYMPUS E-1 with ZUIKO Digital 14-54mm F2.8-3.5

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by mokonotabibito | 2009-05-24 22:03 | 奈良 | Trackback | Comments(24)
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Commented by miyatannaotan at 2009-05-24 22:45
もともとは普通の古墳のように全体が土で蓋われていたんですか・・・?
最後のお写真を見るとなんとなくイメージができますね。いつも漠然と
しか見ていませんでしたが、もっと歴史も勉強しないとダメですね^^;
Commented by NIMITZ at 2009-05-25 03:04 x
こんばんは。
見ただけでは古墳とは思わないですね。大きな石があるとしか感じません。
奈良時代の歴史はミステリーですね。
勝てば官軍負ければ賊軍ですから、勝利者に有利に書き換えられます。
私が教わった教科書も事実なのか疑問ですね。
だからこそ考古学って面白いんですけどね。
Commented by mokonotabibito at 2009-05-25 18:51
【miyatannaotanさん】
そうですね。
立派な方形墳だったという説が有力です。
ご指摘のとおり最後の写真から空中に盛り上がった古墳を想像してください。
周りに掘りがめぐらされ、威容を誇ったようです。
これだけ内部まで暴かれた大型古墳は、他に知りません。
やはり歴史から悪役にされた蘇我氏ということなのでしょうね・・・
Commented by mokonotabibito at 2009-05-25 18:52
【NIMITZさん】
確かにミステリーですね。
これだけ大きな規模の古墳が、内部まで暴かれたのは、他にないですね。
また、古墳公園として有料ですが、今現在、誰でも古墳玄室内部まで自由に見学できるのは、ここだけですね。
ある意味、歴史上、悪役とされた蘇我氏だったからこそ、タブーがなく、今我々にも貴重な古墳見学ができるのかもと思ってしまいます・・・
考古学も面白いですよね。。。。
Commented by torotorotorori at 2009-05-25 20:01 x
うーむ、日本にもピラミッドみたいな石室があったんですね。
行ってみたい‥
ピラミッドもそうなんですが、こんなに大きな石をどうやって動かしたのか、不思議です。
昔の人は良く働いたんですね。 あっ、働かされたのか。
Commented by yozora_nagameyou at 2009-05-25 20:44
こんばんは。
ここまで大きな岩、どうやって積み上げたのでしょうね。
昔の人は頭が良かったんですね。
てこや丸太を使ったとしてもものすごい大仕事ですよね。
感動です。

ぽちっと☆
Commented by engel777engel at 2009-05-25 22:15
石舞台古墳、蘇我馬子の墓ですか。。自然の風化で丸みをおびたのか、人の手によるものなのかわかりませんが、これらの石組みをみていると何か壮大な歴史を感じさせてくれますね。
お写真、石の質感、迫力が圧巻です。
Commented by nama3 at 2009-05-25 22:20 x
こんばんは。
E-300板への書き込み、ありがとうございました。。
模糊さんのE-1、現役ばりばりですね。私もまけずに
使い込みたいと思います。
Commented by meteortrain at 2009-05-25 22:41
雨の明日香路・・・
光が柔らかくて落ち着いていますね。

話はカメラに変わります。
防塵防滴のカメラだからこそ雨中でも大胆に撮影できるんだなあ〜と思いました。
うらやましいです♪

ぽちっ!
Commented by kujirax1 at 2009-05-25 22:50
片方向からの写真は何度か観たことありますが、各方位からのカットはとてもうれしいです。歴史の重みが必要以上に重さを感じますね。
Commented by maribell1225 at 2009-05-25 22:54
こんばんは
蘇我氏については後世の歴史書でかなり悪印象に記載されてますが、かなり革新的な氏族だったと思います。
繁栄の後がこのような石舞台に儚くも残っているのは哀れな様な気がします。
先ポチしましたよ。
Commented by ohkujiraT at 2009-05-25 23:07
こんばんは。
改革派に対して、守旧派を巻き込んだ反撃だったのでしょうね。
中大兄皇子は物部氏の流れを汲むとも思えないので、専横(=既得権益を奪った)を憎む人たちが大同小異で組んだのではないかと想像しています。
Commented by wakamatsuoyakata at 2009-05-25 23:59
こんばんわ

そうか・・・石舞台ってそんな意味があるモノだったんですね…
写真頭で「どう撮ってやろうか」ばっかりしか考えていませんでした(苦笑)
昨日の日記といい、私がはるか昔に忘れていた歴史への興味が沸々と湧いてきました(笑)
Commented by mokonotabibito at 2009-05-26 18:41
【torotorotororiさん】
そうですね。
とても立派な石室です。
総重量は2,300tに達すると推定されています。
本当に、この大きな石を、どのように運んだのでしょうね。
奈良大阪には巨大な古墳が多く、古代の土木技術にも驚かされますね。
Commented by mokonotabibito at 2009-05-26 18:41
【yozora_nagameyouさん】
そうなんですよ。
ここの巨石達は、総重量2,300tだそうです・・
もっと巨大な天皇陵墓が奈良大阪には沢山ありますが、発掘したら巨大な石室等があるのでしょうね・・・
古代の土木技術はスゴイものです。
ポチ感謝です。
Commented by mokonotabibito at 2009-05-26 18:42
【engel777engelさん】
そのとおりですね。
古代の壮大な歴史を感じる巨石たちですね。
ここに蘇我馬子や聖徳太子が立っていたのですね・・・
>お写真、石の質感、迫力が圧巻です。
お褒めいただき、ありがとうございます。
暗い石室内でも手ぶれせずに撮れたのには驚きました。
古いE-1もなかなか良いカメラです。
Commented by mokonotabibito at 2009-05-26 18:42
【nama3さん】
わざわざコメントいただき、ありがとうございました。
E-1、まだまだ行けますよ(笑)
小型軽量で防塵防滴というのが良いですね。
石室内の写真を御覧いただければお分かりのように、ミラーショックが小さく手ぶれしにくいカメラですね。
E-300は、濃厚な、こってりした発色で、また個性きわだつオンリーワンのカメラで素敵です。
ぜひお互いに、これからも古い中古カメラを使い込んでいきましょう!
Commented by mokonotabibito at 2009-05-26 18:44
【meteortrainさん】
雨の日の柔らかい光線下の風景も良いものですね。
E-1は、小型軽量で防塵防滴なので、雨の日の散策には最適でした。。
meteortrainさんは、D3をお持ちではないですか!
フルサイズの防塵防滴カメラだから最強だと思いますが・・・
ポチ感謝です。
Commented by mokonotabibito at 2009-05-26 18:44
【kujirax1さん】
そうなんですか。
喜んでいただいて嬉しいです。
歴史の重みは確かにありますね。
古代史ミステリーの世界も、面白いものです。
ぜひ奈良に来られた折には訪問してください。
Commented by mokonotabibito at 2009-05-26 18:44
【フクロウままさん】
確かにそのとおりですね。
聖徳太子とともに蘇我氏は、仏教輸入の開明派だっだのですよね。
一方、物部氏や中臣(藤原)氏は、仏教輸入反対の、守旧派であったようです。
日本書紀は、クーデター以降政権を取った藤原氏の立場で書かれていますね。
今は飛鳥寺と石舞台古墳に、偲ぶだけですね・・・
ポチ感謝です。
Commented by mokonotabibito at 2009-05-26 18:45
【ohkujiraTさん】
そうですね。
中臣(藤原)氏は、もともとは神官系の守旧派だったようですね。
今となっては、真の歴史はミステリーですが、勝利者側から書かれた歴史書から想像するしかないようですね。
さらに遡って、三輪・纒向あたりに卑弥呼の墓なんかも見つかると良いですね。。。
Commented by mokonotabibito at 2009-05-26 18:45
【wakamatsuoyakataさん】
石舞台の語源は、石蓋から来るというのが有力ですが、ここが蘇我馬子の墓であるのは間違いないようですよ。
写真がうまく撮れないので、歴史的な話で、ごまかしています(笑)
私のブログは、一種の観光案内でもありますので、お許しください(爆)
Commented by meteortrain at 2009-05-29 07:20
mokonotabibitoさん、おはようございます〜

> meteortrainさんは、D3をお持ちではないですか!
使っているレンズが10年前から40年前に発売されたものなので
防水・防滴ではないんですう〜(笑)

ぽちっ!
Commented by mokonotabibito at 2009-05-29 18:59
【meteortrainさん】
え、そうだったのですか。
沢山レンズをお持ちなので、当然、防塵防滴レンズをお持ちだと早合点していました・・・
そういえば私もE-1中古を買ったとき、横に置いてあるZD14-54mmの防塵防滴の中古レンズを購入してしまいました。
オリンパスには、竹レンズシリーズという絶妙の大きさ明るさでハンドリングの良い防塵防滴レンズ群があります。
だが、悲しいかな、それを生かす小型軽量のカメラボディーが、E-1しかないのですよ。
E-3は、EOS5DmarkⅡと同じ重さなのですよ・・・
キヤノンは、私も古いEFレンズ群が防湿庫の肥やしになって泣いています・・・
ポチ感謝です。
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