模糊の旅人
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2017年 02月 16日 |
<お知らせ>

しばらく、日本語ネット環境の無い場所を旅しますので、ブログ更新を休ませていただきます。
主にスペイン~ポルトガル方面の田舎を回ります。

来月上旬には帰国して、ブログを再開する予定ですので、その節は、またよろしくお願いいたします。




さて、フランクフルトのマイン川沿いのベンチに座って休憩していると、大きな鴨のような野鳥が集団で舞い降りてきて、目の前に寄ってきました。
トラムのレールの上を餌をさがして歩き回っています。

最初エジプトガンかと思ったのですが、よく見ると地味な顔をした大きな鴈です。これは間違いなく、ハイイロガンです!
このハイイロガンは、日本ではめったに見られないので、あわてて撮影しました。以下、4枚の写真をご覧ください。
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ハイイロガンは、先般お見せしました エジプトガン より、さらに大きくがっしりした体形の鴈で、ロシア方面で夏に繁殖し、冬はアフリカ北部に渡って越冬します。
ドイツ南部で初冬に居たわけですが、渡りの途中であったのかも知れません。

なお。家畜のヨーロッパ系ガチョウ(goose)は、このハイイロガンを飼いならしたものです。(ちなみに、中国系ガチョウはサカツラガンを、アヒルはマガモを家畜化したもの。)

フォアグラをはじめ、ダウンジャケット、羽根布団、『マザーグース』、『ニルスのふしぎな旅』、シャトルコックなど人間の文化に大きく貢献してきた生き物の元の姿が、この野鳥なのです。





それでは、皆さん、しばらくの間、ごきげんよう!


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2017年 02月 08日 |
カタリーネン教会から5分ほど南へ歩きレーマ―広場へ戻ってくると、南正面にチャーミングな教会が見えます。これが6番目の目的地であるニコライ教会です。

まずは夜の教会から。

↓クリスマスマーケットの賑わいの向こうにニコライ教会がそびえています。(レーマ―広場南側)
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ここは13世紀初期に創建された教会で、15世紀に後期ゴシック様式の教会として完成。その後、第二次世界大戦で被災したものの倒壊せず修復により蘇った貴重な教会です。戦後はプロテスタント教会となりました。

↓上品にライトアップされており、ツートンカラーが魅力的な外観です。教会横を夜に歩く人々も笑顔です。
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↓ニコライ教会の斜め向かい(広場西側)の旧市庁舎レーマ―、ここも、とても綺麗で、風格があります。
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↑たなびいている銀色鷲の紋章に赤白の旗がフランクフルト市旗で、その後ろがドイツ国旗です。


↓昼間のニコライ教会です。
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↓ニコライ教会をバックに公正を表す天秤を持った正義の女神像(アートフィルターを適用してメルヘンチックに)
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↓ニコライ教会に近づいて仰臥アングルで撮影
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この教会は、ツートンカラーに見える白い壁と赤いレンガの組み合わせが見事で、内部も同じトーンです。戦前の美術や彫像も残されているため、プロテスタント教会としては装飾的ですが、教会が経てきた歴史の重みを感じさせるものです。日に三回奏でられる教会の鐘音楽カリヨンも有名で、レーマ―広場の風物詩となっています。

↓ニコライ教会の内部
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↓ステンドグラス(やや装飾的で、かつてカトリックだった雰囲気が残されています)
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↓主祭壇(祭壇自体はプロテスタントらしくシンプルでした)
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ニコライ教会からさらに南へ3分ほど歩き、マイン川河畔に出ると、西側に小さな教会があります。これが7番目の目的地である聖レオンハルト教会。この教会は1219年にロマネスク様式で建てられ、15世紀に一部ゴシック様式に改装されました。

↓聖レオンハルト教会は、外観は元ロマネスク様式ということで、小さいながらもどっしりとして、幽玄な古い教会という感じです。
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聖レオンハルト教会の正確な場所の地図は、こちら。

この教会は、最初は聖ゲオルギウス教会でしたが、1323年、聖人レオンハルトの聖遺物を獲得。以後、聖レオンハルト教会と呼ばれるようになりました。

聖レオンハルトは、紀元500年前後に現フランス中部で活躍した聖人で、ノブラのレオンハルトと呼ばれます。数々の奇跡を起こしたとされ、ヨーロッパ各地で広く崇敬される救難聖人です。特にドイツ南部では「バイエルンの神」とも呼ばれ一部地域で「レオンハルトの騎行」という祭りが現代でも行われます。

また、ここフランクフルトの聖レオンハルト教会は、聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラに向かうドイツ人巡礼が旅の平安を祈る場所でもあります。

↓ちょっと斜めアングルで撮影 古色があふれて良い雰囲気でした。
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長期補修工事のため、内部拝観はできません。まだ数年はかかるような感じでした。
内部のロマネスクの雰囲気を味わいたかったのと、ホルバインによる貴重な絵画『最後の晩餐』があるので見たかったのですが、残念でした。


なお、聖レオンハルト教会や聖バルトロメウス大聖堂には「聖」という冠がついているのに対し、ニコライ教会やカタリーネン教会にはそれがついていないのは、カトリックとプロテスタントの違いです。聖者(Saint) と福者(Beato) を決めるのはあくまでカトリックの規定です。
正教会や聖公会では聖人という言い方はあるもののカトリックと扱いは異なります。プロテスタントでは聖人という制度を認めないのがほとんどで、特に改革派教会以降のプロテスタントとバプテスト系は聖人崇敬を明確に否定しています。


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2017年 01月 31日 |
レンブラントの『夜警』は、アムステルダム国立美術館の看板作品です。したがって人気があり、観覧者が非常に多く、なかなか人のいない絵の写真が撮れません。
そこで、開き直って「絵画とそれを見学する人たち」というモチーフで写真を撮ってみようと思いたちました。
以下、その写真をご覧ください。

↓フェルメール作品などがある名誉の間の風景です。奥正面にレンブラント『夜警』が見えています。いわば「遠くに『夜警』の見える部屋」
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↓名誉の間を額縁的に入れて、夜警の部屋をスナップ。題して「恋人たちの見る夜警」ですかね。
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↓「ご婦人と夜警」
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↓「夜警の前に整列した人たち」
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↓「夜警見学の小学生たち」 小さい頃から行儀良く優れた美術品を見ており、好ましくも、とても羨ましいですね。
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この『夜警』という作品は、市民自警団が出動する様子を描いたもので、明暗法により主要な人物を浮き上がらせ、さらに集団肖像画でありながら動きの要素を取り入れることで肖像画にドラマチックな趣を加えました。

実物を近くでじっくりみると非常に緻密に描かれていることが分かります。

そこで部分拡大写真を三枚お見せします。

↓中心部拡大。隊長が何か言っているようですね。
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↑隊長のバニング・コック家に保管されていた素描には「隊長の若きプルメレント領主(バニング・コック)が副隊長のフラールディンゲン領主(ファン・ラウテンブルフ)に市民隊の行進を命令する」とあるそうです。


↓異様なのは紅一点の女性が描かれていること。そこを拡大・・・明暗対照のためとかマスコット少女を描いたとか諸説あります。
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↑一説によれば、レンブラントの妻サスキアを描いたとも言われています。そこで、こちら の二枚目の『フローラに扮したサスキア』をぜひご覧ください(エルミタージュ美術館で撮影したもの)。比較して、確かにふっくらとした顔立ちは、サスキアさんに似ていますね。


↓隊長の手が影となって写っている部分を超拡大撮影。非常に細かく描き込まれていることが分かりますね。
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↓夜警の展示してある部屋の上部の柱も素敵なので撮影してみました。
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↓このマーク、どこかで見たような・・・・日本の某ホテルチェーンのほうが真似をしたのでしょうね。
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↓最後に、『夜警』が描かれた直近に描かれた小さな模写作品も展示されていましたので撮影してみました。
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↑これを見ると現在の『夜警』は左側部分が相当カットされてしまっていることが分かりますね。

史実では、この絵は、1715年に火縄銃手組合集会所からアムステルダム市役所に移された際に上下左右が切り詰められてしまったとのことです。
さらに、悲しいことですが、この『夜警』はこれまでに三度も観客に傷つけられた歴史を持ちます。


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2017年 01月 27日 |
聖母マリア教会から西へ3分ほど歩くと、カタリーネン教会教会のある広場に着きます。

この賑やかな広場の中心には、ハウプトヴァッヘと呼ばれるバロック様式の印象的な建物があります。
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↑この建物は、1729年に建てられた警察兼監獄で、今は洒落たカフェになっており中に入ると土産物も売っています。


広場の一角にあるカタリーネン教会は、1681年に建てられたバロック様式のプロテスタント教会で、第二次世界大戦で倒壊し、1954年に再建されたものです。正確な地図は、こちら。
フランクフルトで生まれ育った文豪ゲーテは、ここで洗礼を受けました。このあたりは、ゲーテが育った場所なのですね。

↓カタリーネン教会はすっきりと立っておりスマートな印象です。
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↓裏から見るとバロック感があります。
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実は、聖母マリア教会でのミサを終えて、ここに来たのですが、その時点では、カタリーネン教会は開いていませんでした。教会の前にある予定表を見ると午後2時から5時までの内部公開となっています。
そこで、出直すことにして、ゲーテハウスやシラー像など他の場所を観光取材してから、3時頃に戻ってきました。

↓入り口前にある露天で売っていたクリスマスにちなんだ木工品
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内部は、チャールズ・クローデルの制作による見事なステンドグラスに囲まれ、比較的明るい雰囲気です。
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↓上の写真とほぼ同じアングルですが、色味を記憶色に調整してみました。
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↓プロテスタントなので、個々のステンドグラスはシンプルな印象でした。
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個々は地味目とはいえ、たくさんのステンドグラスがぐるりと取り囲んでいるので、華やかな雰囲気でした。
しばらく、教会の椅子に座って、上品なステンドグラスを見ながら、休ませてもらいました。

↓この教会にも、戦前の建物の一部が展示されています。
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↓子どもたちも可愛いです。
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↓広場の子ども列車は、やはり人気です。
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↓教会の建物の外側の隅で売られていたクリスマスグッズ
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↓教会をバックに、アートフィルターを使ってみました。
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2017年 01月 23日 |
アムステルダム国立美術館で最初に見に行ったのは、フェルメールの4作品でした。


グランドフロアの0階から、階段を一気に2階まで登り、中央の名誉の間を見学します。ここにはフェルメールを中心とした17世紀のオランダ風俗画が多く展示されています。


↓フェルメール4作品の展示風景。
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↑右端から『手紙を読む青衣の女』『牛乳を注ぐ女』『恋文』『デルフトの小路』となります。

いずれも小さな作品で、オランダ商人の家の部屋を飾るのにふさわしい風俗画です。人気のある絵ですが、朝一番に入ったので、ご覧のようにさほど混み合っているわけではなく、余裕を持って鑑賞できました。(ただし午後は混みました)

それでは4作品をアップで紹介します。

↓まずは一番有名な『牛乳を注ぐ女』
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↑この絵は、フェルメールの最高傑作でしょう。
勤勉に働く誠実そうな召使い女性が、完璧な構図と精緻な描写で描かれています。ありきたりな日常生活の描写でありながら圧倒的な存在感。絵画の教科書に登場する有名作品の実物を、間近で心ゆくまで鑑賞しました。

右下の床に置かれているのは、足温器(あんか)です。さりげなく床の奥行きを示す演出です。
パンの光の反射は明るい色の点で描かれており、ポワンティエ技法という独特の表現です。

それから左側の青布の掛けられたテーブルは遠近法的に不思議な形をしていますが、これは当時使われた六角形の机だそうです。
いろいろ昔のオランダの生活が偲ばれる絵でもあるわけです。

この絵に隠された寓意や隠喩については諸説ありますが、深読みするより、ラクエル・ラネリの「この作品に描かれているのは誠実さであり、勤勉に働くこと自体が情熱的だということを表現している」という単純な考え方に与したいと感じました。

↓『牛乳を注ぐ女』の説明板
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↑この絵は、英語では「ミルクメイド(The Milkmaid)」と呼ばれているのですね。



↓『デルフトの小路』(『小路』)
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↑この作品は、たった2枚しか現存しないフェルメールの風景画のひとつ。フェルメールの町デルフトは、1654年、火薬庫の大爆発により半分近くが壊滅しました。このためフェルメールは、古い街並みを残そうとこの絵を描いたようです。
ただし、少年期を過ごした家から裏手に見える旧養老院を描いたという説もあり、確定していません。

二分された画面はとても印象的で、洗濯や縫い物をする女性たちの穏やかな日常生活が描き込まれています。



↓『手紙を読む青衣の女』(『青衣の女』)
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↑お腹の大きい青衣の女性(妊娠しているかどうかは不明)が手紙を読んでいる作品です。このようなスタイルの服装が当時のオランダで好まれていたという説もあります。

まさにこの衣装の青い色が印象的ですね。
2011年に修復される際に、変色していた保護膜(ワニス)が取り除かれ、この衣装の美しい青がよみがえりました。これぞ、フェルメール・ブルーです。

この作品は、フェルメールの描いた女性画作品群のひとつですが、窓も天井もなく室内構成が非常にシンプルです。使われている色数も少なく、壁のグラデーションで左側からの光を表現しています。この女性は、フェルメールの妻カタリーナであるとも言われています。



↓『恋文』
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左手でシターン、右手で手紙を持つ当惑顔の夫人と、後ろから意味ありげに微笑む女中。いろいろ想像させる二人の表情です。
この絵の大きな特徴は、手前の暗い部屋から女性二人の居る部屋を覗くような空間構成です。他のフェルメール作品には見られない形で、見る者の視線を奥の二人にいざないます。

↓『恋文』の下部を拡大撮影
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↑この床の市松模様は、フェルメールの他の作品『合奏』や『絵画芸術』などでも見られ、当時のオランダで流行していたものです。この模様はフェルメールの遠近法の超絶テクニックを示すものですが、一説によると「カメラ・オブスクラ」(暗箱カメラのようなもの)を使ったともされます。

また、床のサンダルや立てかけられた箒は、恋愛情事の寓意とされており、あまり明確な寓意画を描かなかったフェルメールの変化が示されているという意見もあります。上の『手紙を読む青衣の女』と比べると小道具の多い複雑な構成の作品です。

この『恋文』は、1971年にナイフで切り取られるという形で盗難に遭い、発見されたものの、重大な破損が生じ、修復に約一年もかかりました。





なお、フェルメールについては、この後、私はデン・ハーグのマウリッツハイス美術館を再訪して、『真珠の耳飾りの少女』などフェルメール4作品を撮影しています。先になりますが、いずれブログ記事として紹介する予定です。

過去の、フィルムによる撮影のフェルメール作品については、低画質ですが、こちら をご覧ください。

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2017年 01月 16日 |
フランクフルト教会めぐりシリーズは、今日は寄り道して、教会の映るマイン川風景や野鳥写真をおおくりします。


フランクルフルトは正式名を「フランクフルト・アム・マイン (Frankfurt am Main) 」といい、由来は「フランク族のマイン川渡渉点」という意味から来ています

現在も、旧市街の南側すぐのマイン川には、浅い場所があり、なるほどフランク族がここを昔に渡ったのかと思わせます。それがマイン川の中州原生林で、そこは人が入れないので、野鳥の楽園となっています。

私はマイン川南側に宿をとったこともあり、毎朝このあたりを散策し、野鳥観察をしてから旧市街に通いました。


↓マイン川南側の遊歩道から見た中州ですが、川向う(北側)に バルトロメウス大聖堂(カイザードーム) が美しく見えます。
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↓遊歩道から西側を見た早朝風景。奥にフランクフルトの現代的な摩天楼が聳え、その手前に歩行者専用のアイゼルナー小橋が架かっています。
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↑空には大きな鳥が飛んでおり、右側に写っている中州に舞い降りてきました。それが以下に大きく掲載しますエジプトガンです!


↓上の写真とちょうど逆にアイゼルナー小橋から、中州原生林方面を撮った写真です。
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↑この写真は たびねす記事 のサムネイル画像として掲載したものですが、この場所はフランクフルト随一のフォトスポットです。
右側の大きな教会がドライケーニヒ教会で、中央奥に小さく天辺が写っているのがドイツ騎士団教会です。そして、左側の岸辺の森のように見えるのが中州原生林です。


この中州原生林には多くの野鳥が棲息し、マイン川南側遊歩道からでも、じゅうぶんに観察できます。
ハクチョウ、エジプトガン、カナダガン、マガモ、カワウ、カイツブリ、ズグロカモメなど、たくさんの種類が見られました。

中でもエジプトガンは、日本では見られないので、いろいろ撮影してみました。

エジプトガンは大きな鴨という感じで、眼の周辺が特徴的です。元は名前のとおりアフリカの野生種でしたが、最近はヨーロッパに進出しています。警戒心が弱いのか、誰も野鳥を襲わないからか、人が近づいても逃げないので、じっくり撮影できました。

以下、6枚、川辺のエジプトガンの写真をお楽しみください。
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↓カップルが寄り添っています。
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↓羽を少し広げた瞬間ですが、なかなか綺麗です。
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↓大きさが分かりにくいので、最後に白鳥と一緒に写った写真も掲載しておきます。
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フランクフルトの中心を流れるマイン川の河畔で、このような野鳥の楽園があることは思ってもみなかったので嬉しかったです。大都会の真ん中にあるオアシスですね。


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2017年 01月 12日 |
「たびねす」に、私の「アムステルダム国立美術館の記事」が掲載されました。
収蔵品が素晴らしく見学するにもちょうど良い大きさの美術館ですので、とても楽しめます。
また、今回の記事は「たびねす」の仕様変更に伴い、はじめて絵画など15枚の写真をアップしていますので、結構、見ごたえがあると思います。ぜひ、この紹介記事をご覧ください。
どうぞよろしくお願いします。

(41)美の殿堂!オランダ・アムステルダム国立美術館を完全制覇
http://guide.travel.co.jp/article/23758/






当ブログでも、たびねす記事とタイアップして「アムステルダム国立美術館」を、より詳しく紹介させていただきます。


今日は、アムステルダム国立美術館の(私にとっての)目玉というか、一番感動した絵画一枚とその画家を紹介します。
それは、クリヴェッリ(兄)の『マグダラのマリア』です。

↓暗い展示場所でしたが私が気合を入れて撮影したカルロ・クリヴェッリ『マグダラのマリア』(手持ち撮影)
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どうです、美しいと思いませんか?
私はこの絵の前に立って、あまりの素晴らしさに、30分ほど動けませんでした・・・・
感動の発見。新たな出会い:ドキドキわくわくが生まれた瞬間でした。


この絵はさほど有名ではなく、作者のカルロ・クリヴェッリに至っては、日本ではほとんど知られていません。私も昔は知らない画家でした。
『マグダラのマリア』は、前評判や評論家のオススメではなく、あくまで私が自分自身の目で見て衝撃を受けた作品です。


この絵のほうは、全く知らなかったわけではありません。
以前、澁澤龍彦の著作で読んだ記憶があり、最近はキリスト教史を勉強していく過程で、岡田温司『マグダラのマリア―エロスとアガペーの聖女 (中公新書)』の図番で見たことがありました。小さな図番でしたが、とても印象に残り気になる絵でしたので、アムステルダム国立美術館に行く際は、有名画家の主要作品を見た後で探してみようと、裏の目的として心に秘めていました。

そこで、家にある『世界の美術館34』(15年前に購入したもの)のアムステルダム国立美術館の紹介をあらかじめ読んでおきました。

↓『世界の美術館34』
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↓『世界の美術館34』の展示場所紹介ページ(右下に『マグダラのマリア』の小さな図番があり2階が示されていますね)
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オランダに着き、アムステルダム国立美術館の2階の現場で、まずは、この美術館の看板作品であるレンブラントの『夜警』やフェルメールの『牛乳を注ぐ女』などの名作を存分に堪能してから、『マグダラのマリア』を探しました。

アムステルダム国立美術館は、ルーヴル美術館やエルミタージュ美術館に比べると単純な構造で、見やすい配置になっています。それにもかかわらず2階のどこを探しても『マグダラのマリア』は見つかりません・・・2階全部屋全作品を確認しましたが、ありません・・・うーん、困った。

この美術館は大きくリニューアルされており上記の『世界の美術館34』の展示場所紹介ページは全く役に立ちません。予想外でした。

グランドフロア入り口でゲットした日本語フロアガイドでも、『マグダラのマリア』は載っていません。

↓日本語フロアガイド
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ひょっとして常設展示ではなくなってしまったのでは・・・と不安に思い、尋ねてみることにしました。
美術館の監視員は各部屋にいるのですが、その監視の仕事を中断させるのは気が引けます。それに監視員に英語が通じるかどうか分かりません。

そこで、0階グランドフロアまで降りてチケット売り場で聞こうと考え、2階廊下に出ました。するとそこに、名札をつけた親切そうな中年男性の美術館員が立っています。そこで、思い切って下手な英語で聞いてみました。

「 Excuse me. Where is St Mary Magdalene, painted by Carlo Crivelli? 」

するとそのおじさんは、にこやかにうなずいて、「 Zero floor! ground floor 」と教えてくれました。つまり0階にあるということです。良かった。
その学芸員風おじさんにお礼を言って、さっそく0階に降りて探しました。


0階は出入り口のある階でカフェやショップががあるため、展示室が大きく東西に分かれています。その西北隅に行くと祭壇画が多く飾られたコーナーがあり、この辺だなと直感しました。

↓祭壇画コーナー
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祭壇画コーナーの中央にはフラ・アンジェリコの素敵な聖母子像があります。その部屋の角を出ようとすると、まさにその出口にありました『マグダラのマリア』!!

やっとご対面です。
いやあ素晴らしい。思ったより大きく、まさに等身大です。

ビザンティン美術風の流れを汲む精緻な豪華さと、まるでアールヌーヴォーと見紛う装飾的な画風は、華麗で品格もあり、「美しい」という表現がピッタリです。

期待以上の見事な作品で、私は、しばらく呆然として立ち尽くしました。(このフロアはすいていて、ほとんど誰も見ていません)
自分の眼で確かめ、納得するまで絵を見てから、気持ちを込めて撮影したのがこの記事最初の写真です。

暗いので失敗ないよう何枚か撮りました。(この美術館はフラッシュと三脚を使わなければ写真撮影可ですが、暗い展示が多いので手ぶれしやすくカメラマンの技術が問われます)

↓ナナメ横から、少し引いた展示風景も撮影(展示版の左裏に人影が写っているので絵の大きさが分かりますね)
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↓上半身を拡大撮影・・・色合いの再現が難しいです。記憶色という意味では、記事最初の全体写真のほうが本物に近いと思います。
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右手はマグダラのマリアのアトリビュートである香油壺を掲げています。手が大きく描かれておりマニエリスム的誇張のようですが、とても印象的でモダンな感覚を感じさせるものとなっています。
この写真の色再現には微妙に自信がありませんが、造形の秀逸さと、きわめて精緻に描かれていいることはお分かりになると思います。

↓さらに顔の付近を拡大
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これは良い画家を発見したと思い、アムステルダムを出た後、フランクフルトにしばらく滞在したおりに、シュテーデル絵画館で、クリヴェッリの祭壇画2点を見て、これも良いなあと感じました。

それから、カルロ・クリヴェッリについていろいろ調べてみました。
しかし、マイナーな画家なので、なかなか情報がありません。


何より、この『マグダラのマリア』が、祭壇画として書かれたものかどうかが判然としません。

インターネットで調べると、クリヴェッリのファンという方のサイトを見つけました。それが、cucciolaさんの 「ルネサンスのセレブたち」というブログ です。イタリア在住の主婦の方で、イタリア語の本を読んでクリヴェッリいついて勉強されているようです。すごいですね。

そこで、メールで連絡をとり、『マグダラのマリア』が祭壇画なのかどうかを質問してみました。
すると、親切に以下の回答をいただきました。

マグダラのマリアは「祭壇画の一部であったという説は現在はほぼ否定されています。というのも、クリヴェッリは自分のサインを、祭壇画を描く際には、中央の聖母子像に書くのが通常であり、祭壇画の脇を飾る聖人にサインすることはなかったそうです。ところが、この『マグダラのマリア』にはしっかり、『OPVS KAROLI CRIVELLI VENETI』のサインが向かって右下に入っています。そのため、単独の作品として描かれたのではというのが通説です。」

わざわざ詳しい返答をいただき、有難いことです。cucciolaさんにおかれましては、この場をお借りしまして深く御礼申し上げます。


この『マグダラのマリア』という絵は、マグダラのマリアを深く信仰していた貴族の依頼で描かれた単独の絵なんですね。祭壇画ではないからこそ、クリヴェッリは、ここまで大胆に思い切り艶やかに描いたのかもしれません・・・


クリヴェッリの絵では、聖母マリアはきわめて真面目な愁いを含んだ厳粛な雰囲気で描かれているのですが、マグダラのマリアは華麗で美しく魅力的に描かれています。

厳粛な聖母マリア祭壇画の例
↓『ろうそくの聖母』(ミラノのブレラ美術館蔵・・・元はカメリーノ聖堂多翼祭壇画の中央部パネル)
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華麗なマグダラのマリア祭壇画の例
↓『モンテフィオーレ三連祭壇画のマグダラのマリア』(元は聖フランチェスコ教会の21面パネル多翼祭壇画の中段最右翼端部)
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聖母マリアに代表されるようにクリヴェッリの描く聖人たちは、どれも哀しみの想いを漂わせています。しかし、マグダラのマリアだけは、違うのです。
アムステルダム国立美術館の『マグダラのマリア』は、つんとすましたような表情で、『モンテフィオーレ三連祭壇画のマグダラのマリア』は、まるで妖しく微笑んでいるように見えます。どちらの作品も顔といい所作といい、とても魅惑的な描き方です。


なぜ、マグダラのマリアだけは、こんなに雰囲気が違うのでしょうか?


以下は私の独自の解釈です。

あくまで勝手な独断的私見ですが、マグダラのマリアはクリヴェッリの愛した(ヴェネツィア追放の原因となった)女性がモデルではないかと想像します。
二度と故郷のヴェネツィアに戻らず、マルケ地方の田舎に埋もれてひたすら真面目に宗教画を描き続けたクリヴェッリですが、マグダラのマリアだけには生涯忘れ得ない愛する女性の面影を反映させたのではないでしょうか。





次に、クリヴェッリに関する本を紹介しておきます。

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日本で最初にクリヴェッリを本格的に紹介したのは、澁澤龍彦で、彼は美術評論の本の随所にマグダラのマリアについて書いていますが、残念ながらクリヴェッリ専門の本は書いていません。そこで一例として、少しだけ短文を紹介します。


・・・・アムステルダムの「マグダラのマリア」を見てもお分かりのように、髪の毛の束になってうねった、額のひろい、眉毛のほそい、鼻の先のとがった女の顔には、いうにいわれぬ冷たい知的な気取どりがあって、私たち現代人にも強く訴えかけてくる要素がある。・・・・

                        『西欧芸術論集成(上)』澁澤龍彦(河出文庫)より


澁澤龍彦は、クリヴェッリの描いた顔は男であれ女であれ「独特の精神性をあらわしていて、すばらしく美しい」と述べています。 
余談ですが、澁澤龍彦は、私の好きなクラーナハ(クラナッハ)も愛好しており、いろいろ書いておられます。また、最近巷で人気の伊藤若冲については、はるか昔から評価しておられました。その優れた慧眼には驚かされるばかりです。

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ピエタ研究家の塚本博の著作にもクリヴェッリに言及されたものが少しあります。今後の塚本先生の著作を期待したいです。ほんのちょっとだけ短文を紹介。


・・・・彼が創造した聖母マリアやマグダラのマリアは、現代にも通じるようなモダンで洗練された女性像である。・・・・

                        『すぐわかる作家別ルネサンスの美術』塚本博(東京美術)より

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クリヴェッリ専門の日本語の本としては、以下の三冊があります。御興味のある方は参考にしてください。


(1)『カルロ・クリヴェッリ画集』 吉澤京子 (ピナコテーカ・トレヴィル・シリーズ) 
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↑この本は絶版で、トレヴィル社も倒産して古本で稀にしか手に入りません。しかも稀少本として値段が跳ね上がっています。いつも私の利用する自治体の図書館には所蔵されていないので、今後、大きな図書館で探ってみることにします。



(2)『カルロ・クリヴェッリ―マルケに埋もれた祭壇画の詩人』  石井曉子 (2008/9 講談社出版サービスセンター)
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↑これは、まだ十分に流通しているので、さっそく買って熟読しました。

この本は、基本的に「旅行記プラス研究まとめ」という感じですが、クリヴェッリに出会い研究していくことになった著者の情熱が感じられる本で好感が持てました。著者の人生も感じさせます。ただ、『マグダラのマリア』についてはほとんど書かれていないのが残念でした。

クリヴェッリについての詳しい年譜や全作品一覧表・用語解説もあるので、クリヴェッリ入門に最適な本として、おすすめします。



(3)『カルロ・クリヴェッリの祭壇画』 石井曉子 (2013/2 講談社ビジネスパートナーズ)
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↑この本は購入予約し取り寄せ手配中です。(2)と同じ著者になるもので、世界中の美術館にバラバラに散らばったクリヴェッリ祭壇画の元の姿を誌上で復元する試みなどがあるようです。読むのを楽しみにしています。



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現在(1月15日まで)、大阪の国立国際美術館で「ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち」というのをやっています。カルパッチョ、ティツィアーノ、ティントレット、ヴェロネーゼといったヴェネツィア派の画家たちの作品がメインですが、クリヴェッリの作品も2点展示されています。
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ただし、この展覧会のクリヴェッリ作品は、ヴェネツィアのアカデミア美術館所蔵の『聖セバスティアヌス』と『福者ヤコポ・デッラ・マルカ』で、少し変わった絵たちです。特に『聖セバスティアヌス』に至っては身体に何本もの矢がささって死にかけているという残酷なもので、(聖セバスティアヌスの絵としては当たり前なのですが)キリスト教史に興味のない方にとっては薄気味悪い作品でしょう。
この二作でクリヴェッリに初対面する人が多そうなのは、ちょっと残念な気がします・・・・クリヴェッリの魅力は、なんといっても、愁いを含んだ聖母マリアと、華麗なマグダラのマリアなんですから・・・・

この展覧会のくわしい感想については、後日、ブログでアップする予定です。

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以上、少しでもクリヴェッリのファンが増えて、クラーナハや伊藤若冲のように盛り上がってほしいと、いろいろ書いてみました。





カルロ・クリヴェッリさん、よくぞ素敵な絵を残してくれました。ありがとう!

私は、単なる評判に頼ることなく、自分の目で発見し、感じたことを大事にしたいと思っています。
ロシアのエルミタージュ美術館では、 クラーナハの 『林檎の木の下の聖母子』 に出会いましたし、今回のアムステルダム国立美術館では、クリヴェッリの『マグダラのマリア』に感動しました。



まだまだ世界には、ドキドキわくわく、意外な、ときめきの出会いと発見がありますね!
これだから、旅はやめられません。



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2017年 01月 10日 |
まずは、パウルス教会の面するベルリナー通りの街角スナップをご覧ください。

↓後方には、現代的な高層建築も見えます。新旧とりそろえているところが、今も活動的に生きる大都市フランクフルトです。
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お、道の向こう側に、日本語の看板があるぞ?

↓コスプレとあります・・・ドイツにも日本の文化が及んでいますね・・・
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さて、こうして、ドイツの民主主義の象徴であるパウルス教会を後にして、5分ほど北に歩くと、聖母マリア教会(リープフラウエン教会)があります。

↓オベリスク状の装飾塔の右側奥に見えてきたのが聖母マリア教会です。
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この教会は、これまで見てきた教会と違って可愛い雰囲気です。これは中型の建物であるのと、外部装飾がロココ様式であるためだと思われます。

↓聖母マリア教会ファサードは、まさにロココですね。
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↓ファサード後方
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↓寄ってワイドに撮影
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↓門扉も素敵です。
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↓聖母マリア教会の歴史説明板
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ここは、中型の綺麗で穏やかさのある佇まいのカトリック教会です。この教会は、1344年創建のゴシック様式教会を基礎とし、18世紀後半にバロック様式の塔屋が建てられロココ様式の装飾が施されました。その後、第二次大戦で被災したため、1948年に再建されたものです。

↓内部に入ると、いかにもカトリックらしい雰囲気で、聖人の像に飾られた柱が並んでいます。
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↓聖フランチェスコ像と信者が灯したロウソク
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↓この扉の奥には、聖水井戸があり、信心深い人たちが参って祈りを捧げていました。
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↓しばらく内部見学をしていると、人が沢山集まってきました。
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これから10時のミサがはじまります。
私はカトリック派の信者ではないのですが、許可を得てミサに参加させてもらいました。
最近珍しい、来るものは誰も拒まない心の広い教会です。ただ、ミサ中は写真撮影は控えました。

私はドイツ語は、ほとんど分からないので、正確にはミサの内容は理解できませんが、約40分間の心の洗われるような体験でした。
美しいパイプオルガンの演奏と、透き通る声の歌手による独唱、聖歌隊および参列者全員による合唱がありました。上品で音楽的な演出が見事です。

途中、多分、「互いに平和の挨拶を交しましょう」というくだりだと思うのですが、皆さん突然立ち上がって両手で握手しあいます。私の前後左右の見知らぬ人たちも、私に強い握手を求めてきました。女性も寄ってくるので驚きましたが、これが普通のようです。


今も多くの人に愛されている生きた教会なんだなあと実感しました。


↓ミサを終えて、外に出るとクリスマスマーケットの出店と教会の重なりが良い感じでした。
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↓最後は、聖母マリア教会を出て、遭遇した子どもたちのスナップです。
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2017年 01月 07日 |
ドイツの記事が続きましたので、日本の記事も挟みます。
昨年の晩秋に撮影した写真ですが、「神戸で世界の教会・寺院を訪ね歩く」シリーズの後編になります。

このシリーズの前編は こちら 、中編は こちら です。


中編の最後に紹介しましたカトリック神戸中央教会の前のパールストリートを西に5分ほど歩くと、イスラム教の神戸モスクがあります。Kobe Muslim Mosque が正式名称です。

ここは、1935年に建てられた日本で最初のイスラム寺院(モスク)です。主に、神戸在住のトルコ人、タタール人、インド人の出資により建造されたそうです。

↓神戸モスクの雄姿
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↓正門
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↓近くにあるイスラム料理専門店。神戸ハラールフードと書いてあります。
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神戸には、上記のような海外の料理の店がたくさんあります。特に北野周辺には多いようで、ベトナム料理、ロシア料理、タイ料理など数え切れません。さすがグローバルな港町:神戸ですね。いずれまた、ブログで紹介しようと思っています。


神戸モスクを見学したら、そこから南へ下り、10分ほど歩き山手幹線の通りを渡ると、大きな神社である有名な生田神社に至ります。

↓生田神社の大鳥居
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↓大鳥居と本殿の間にある「桜門」をくぐって参拝します。
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生田神社は、神戸で一番大きい神社で、「神社に租税を治める民戸」という意味から「神戸」という名が生まれた由緒ある場所です。奈良時代から、現在の神戸市中央区一帯を社領としていたようで、神地神戸(かんべ)と呼ばれたとのことです。

祭神は、稚日女尊(わかひるめのみこと)で、神功皇后により創建されたと伝えられます。

↓生田稲荷大明神
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↓生田神社本殿の北側には、鎮守の森でもある史跡「生田の森」が広がっています。
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↓「生田の森」説明看板
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↓神木の大きさを実感する中国人観光客
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生田神社には外国人観光客があふれていました。特に中国人が多かったです。

↓いろいろ歌碑や句碑も立っていました。
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なお、生田神社を囲むように神戸市中央区~兵庫区には小さな神社がたくさんあります。一宮神社から八宮神社まであり、これが「生田裔神八社」で、これらの神社を数字の順にすべて巡ることを八宮巡りといいます。これについては、長くなりますので、また稿を改めて、後日紹介する予定です。


さて、生田神社から西へ800mほど歩けば、中国的な関帝廟に至ります。この関帝廟は、三国志の英雄である関羽の他に大慈大悲観世音菩薩(聖観音)と天后聖母(媽祖)も祭っています。

↓関帝廟
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究極の派手派手という感じでした。
もちろん、ここから南へ行けば有名な神戸の中華街:南京町に至ります。


以上、神戸でみられる世界の教会・寺院を三回にわたって紹介しました。
本当に、世界に開かれた国際的な文化都市:神戸ならではといえるでしょう。



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2017年 01月 04日 |
バルトロメウス大聖堂を出て、北東方面に少し歩くと、フランクフルトのトラムの駅(BoomsPlatz)が見えてきます。
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市電のある風景は良いものです。街に風情を与えてくれます・・・
その角にあるのが、ドミニコ会修道院(全体地図 の3番)です。
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ここは13世紀の創建以来、多くの学者や聖職者を輩出し、修道院運動の中で大きな役割を果たしました。現在は福音地域教会の本部としても使用されており、内部には入れませんが、なかなか重厚な存在感のある建物です。
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意外に大きな建物なので、周囲をぐるりと回ってみました。

↓ドミニコ会修道院の歴史説明表示
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第二次世界大戦で被災しましたが、1960年に再建されたとのこと。

↓戦前の建物の一部が展示されていました。
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ドミニコ会修道院を見た後は、トラムの走っている道(ベルリナー通り)を西へ7分ほど歩きます。

↓大きなパウルス教会が見えてきます。
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パウルス教会は、円柱形の主屋が珍しいネオクラシック様式の建物で、近代的な雰囲気が目をひきます。

↓このあたりは風格のある建物が並んでいます。ラーツケラー(市庁舎食堂)、後ろにパウルス教会が聳えています。
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↓パウルス教会ファサード(教会の場所地図は、こちら)
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ここは19世紀初に建てられたプロテスタント教会で、1848年5月18日にドイツの民主化と統一を図ろうとした憲法制定ドイツ国民議会(フランクフルト国民議会)が開かれた場所。この自由主義的な運動はプロイセンとオーストリア帝国の反対で失敗しましたが、歴史的に非常に重要な出来事です。

その後、第二次世界大戦で焼失し、公募デザインにより再建され、1948年5月18日、国民会議の100周年記念日(ドイツ民主主義100周年の日)にオープンしました。

現在は、教会ではなくドイツの自由と民主主義のシンボルとして、展示会やイベント会場に使われ、ゲーテ賞やドイツ出版平和賞の授与式も行われます。


「フランクフルト国民議会」というのは、歴史の教科書に載っていましたね。そうか、ここがその場所か!・・・世界史変革の時:1848年の大きな出来事のひとつだと授業で習った思い出がよみがえってきました。現在のドイツ憲法はその「フランクフルト国民議会」で提案された統一的ドイツ国憲法草案が基になっています。


↓内部に入ると、1階は円形状の回廊になっており、ドイツの民主主義の歴史の写真やパネルが展示されています。
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↓2階に登ると、非常に広い教会風ホールがあり、その圧倒的な空間の大きさに驚かされます。特に天井が素晴らしい。
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↓パイプオルガンが高い場所に埋め込まれています。教会であった時の名残ですが、現在でも使われることがあるそうです。
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↓まさに巨大な会議場といった感じです・・・1963年、ケネディ大統領がここで演説をしました(下記、More 参照)。
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パウルス教会は、1階と2階をあわせると、約2000人が収容できるそうです。フランクフルト有数のイベント会場であるとともに、自由と民主主義の歴史を学ぶことが出来る貴重な場所でした。

↓12月のパウルス教会前の広場の情景です。ここでもクリスマスマーケットが賑やかに開催されていました。
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↓パウルス教会前に立てられたオベリスク上の像:SEID EINIG (Stand Together)と書かれた盾を持っています。ドイツの統一と民主主義を示しています。
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More ケネディ大統領のフランクフルト演説
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