模糊の旅人
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2017年 07月 24日 |

一昨日、仕事で本町に出たので、ついでにオリンパスプラザに寄って写真展の打ち合わせをしてきました。
その際、オリンパスプラザ大阪のオープン講座で西川 ヒトシ氏の「トンボの撮り方」をやっていましたので、見学させてもらいました。

さすが専門家で、素晴らしいトンボ写真の画像や撮り方エピソードなど、とても参考になり刺激を受けました。

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↓講座の最後に西川 ヒトシ氏からの宣伝があり、8月28に神戸どうぶつ王国で、撮影講座があり講師をするので、ぜひ来てくださいとのことです。

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私も蝶を主体に昆虫写真はよく撮るのですが、トンボはあまり得意ではありません。特に飛翔するトンボは撮影の難易度が高く、うまく撮れません。

西川 ヒトシ氏の素晴らしいお話を聞いて、私もこれからは、トンボも撮ってみようと思いました。

そこで、これまでの整理を兼ねて、私が撮影してきた主なトンボ写真を再掲してみます。

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<たびねす記事もよろしく>
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2016年 11月 20日 |
「たびねす」に、私の「神戸にある世界の教会・寺院の記事」が掲載されました。
人気の観光地である神戸北野のちょっと珍しい視点からの紹介案内なので、ぜひ、ご覧ください。
どうぞよろしくお願いします。

(39)神戸北野で世界の教会・寺院を訪ね歩いてみよう!
http://guide.travel.co.jp/article/22630/





当ブログでも、たびねす記事とタイアップして神戸北野での世界の教会・寺院を紹介させていただきます。

神戸北野では洒落た異人館が有名ですが、それだけではなく、グローバルな港町に相応しく、世界のいろいろな宗教の寺院や教会があります。こうした珍しい宗教建築を眺めて歩くだけでも、異国情緒を味わえます。
異人館街から南へ下る狭い範囲に点在していますので、半日あればゆっくりと回れます。

まずは、珍しいジャイナ教寺院です。

神戸北野のシンボル風見鶏の館から南へトーマス坂を下ると、北野通りに出ます。そこを西へ40mほど行った山側にインド的な大理石の建物があります。これが日本で唯一のジャイナ教寺院である、バグワン・マハビールスワミ・ジェイン寺院です。
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↑特徴的な外観は、エキゾチックな神戸異人館街でも、ひときわ異彩を放っていますね。

上記の写真は日曜日の午後に訪問した時のもので、寺院の扉が開いています。
平日は閉鎖されています。

↓二年前の平日に訪れた時のジャイナ教寺院です。撮影角度もありますが、また雰囲気が違っていました。
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↓入り口横の大理石装飾を撮影
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↓門前にある説明書き。
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日祝日の午後だけは誰にでも拝観することが許されており、めったに接する機会のないジャイナ教寺院の内部を見学することができます。

内部の写真撮影は禁止ですので、文章で中を紹介します。

白い階段を上って2階のホールに入ると、シンプルなホールになっています。あれ?何もないという感じですが、ここは控えの間です。

賽銭箱に小銭を投じて、「ジェイン哲学」というジャイナ教の教義を解説した小冊子をもらいました。

さらに、横の階段を利用(エレベーターもありますがこれは信者専用で見学者は利用できません)して3階の聖堂室に至ると、中央に開祖マハーヴィーラの像が祀られており、独特の線香の匂いがたちこめています。

この3階が、メインの部屋ですね。

信者の方の祈りを妨げないよう、脇のほうから静かに見学しましょう。寺院内で騒ぐことや飲食、喫煙、撮影は禁止です。

ネッカチーフをマスクのように口に巻いた二人の子供が、大人の指示を受けて、マハーヴィーラ像に線香を捧げたりして世話をしていました。

マハーヴィーラの像は白い印象的なもので、雰囲気的には少し上海の玉仏寺の白玉仏像に似ていましたが、もちろん仏教とは関係ありません。

ここでは、写真を撮れないので、インドのラジャスタン州にあるジャイサルメールのジャイナ教寺院のマハーヴィーラ像を紹介します。ほぼこの像とそっくりで、きらびやかに飾られていました。

↓ジャイサルメールのジャイナ教寺院のマハーヴィーラ像
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マハーヴィーラ像以外には偶像は全く無く、全体の感じは、ヒンズー教寺院に比べると極めてシンプルです。


この寺院は、神戸に住んでいるジャイナ教徒28家族の浄財によって1985年に建設されたものです。商業に従事する人が多いジャイナ教は、日本では神戸の街に多く住んでいたことから、ここに寺院の造営と日々の運営が実現したのです。

ジャイナ教は、紀元前5世紀頃に、北インドに生まれた宗教で、厳しい戒律を特徴とし、生き物を傷つけない「アヒンサー(不害)」を徹底します。例えば、生命を踏みつける可能性のある農業などには従事しません。
聖職者は虫を吸い込まないように白い布マスクで口と鼻を覆い、一般信者も完全な菜食主義を守っています。

現代風に言うなら、ジャイナ教徒は究極のエコロジストです。


↓ここバグワン・マハビールスワミ・ジェイン寺院でいただいた「ジェイン哲学」の日本語と英語の冊子
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書かれている内容は、なかなか興味深いものでした。
仏教の開祖:釈迦に六師外道と言われた諸思想/宗教のうち、唯一現代まで生き残ってきたジャイナ教は、その禁欲的で平和な考え方がインドの人々に訴えるものを持っていたことを示しています。ローカルではあるものの400万人位の信者数を有し、エコロジー的観点からも、まだまだ意味を持つ宗教であると思われます。





次に、ジャイナ教寺院を出て、北野通りをさらに西へ50mくらい行くと、山側(北側)にユダヤ教の神戸シナゴーグがあります。
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シナゴーグは「会堂」と訳されますがユダヤ教の教会というべきもので、日本では東京と神戸の二か所にあります。ユダヤ教の宗教生活の中心で、祈りの場であるとともに、結婚・教育・文化行事が行われ、世界に広がるユダヤ人のコミュニティーセンターとしての役割を果たしています。

↓ダビデの星
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かつて、ナチス・ドイツの迫害を逃れたユダヤ人は、リトアニアの日本領事館で杉原千畝により「命のビザ」を得て、ロシアを経て日本の舞鶴から神戸へ至りました。そして、小辻節三の努力により、なんとか神戸で滞在ビザを延長することに成功しました。

その時、多くのユダヤ人が、ここ神戸シナゴーグで休息をとり祈ったそうです。(当時、ここが日本で唯一のシナゴーグでした)
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このシナゴーグは、ユダヤ教徒でないと内部に入場出来ませんが、ダビデの星やヘブライ語の表記のある建物を外部から見学するだけでも、貴重な体験です。(シナゴーグ内部は、イスラエルで見学しましたが、偶像崇拝禁止なので、人をモチーフにする本尊にあたるものは無くシンプルな印象でした。)
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ユダヤ人の歴史の中で大きな役割を果たしてきた神戸シナゴーグを見て、ユダヤ教の雰囲気を実感するとともに、人道的な援助の手を差し伸べた勇気ある日本人がいたことに思いを馳せてはいかがでしょうか。


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2016年 06月 26日 |
いろいろ事情があって旅人間が旅に出られず、うずうずしていました。
やっと、なんとか仕事等の都合がつきましたので、明日から国内の小さな旅に出てきます。自然の豊かな地で温泉があればなあ・・・と考えています。クルマによる行方定めぬ近場の小旅行になりそうです。

梅雨の期間というのは天候が悪いかわりに平日は観光地も宿もすいていて、私のような者には旅しやすい季節です。自由気ままに、ゆっくりと回ってきたいです。

ということで、ほんのしばらく留守にします。多分、次のブログ更新は週末になりそうです。どうぞよろしくお願いします。


↓写真はシーズン終盤の花菖蒲です。新パソコンの色具合の調整と現像ソフトのインストール具合の点検も兼ねて、再現像して掲載してみます。
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さて、このたびパソコンを買い替えました。

これまでのパソコンが動作が遅くなり、よくフリーズしたりダウンしたりするようになりました。不具合のほうは、何度も自力で復旧してきましたが、動作の遅さは、HDDをデフラグしてもスピード改善しなくなりました。

RAW現像ソフトやフォトショップが進化するにしたがって、それらのソフトウェアの動きが鈍くなり、一枚の写真の処理が非常に時間がかかるようになったのです。添削作業に使う専用ソフトも仕事の納期限が決まっているので、動きが遅いと困ります。
5年半使用してきた旧パソコンのWindows7には不満はないのですが、仕事と趣味に使うソフトウェアの作業が思うようにスムースに出来ないというのが致命的な問題でした。
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ハードウェアそのままでのウィンドウズ10導入も検討しましたが、重いRAW現像ソフト等の処理速度はCPUの性能とメモリ空間の大きさに依存するので、改善は全く見込めません。そこで、新しいパソコンを導入することにしたのです。

私はカメラ以外にはモノ的こだわりは無いので、パソコンもクルマも単なる道具に過ぎません。メーカーやデザインはどうでもよくて、一定基準以上のスペックであれば、対性能比つまりコストパフォーマンスが良いというのが選択基準です。

先日、近所の量販店で、夏モデルが出たということで春モデルの半額セールをやっており、予算内で要求性能の機種がありましたので、購入に至りました。そのパソコンの説明などはマニアックな話になりますので、ご興味のある方は、下の 「More 新パソコンへの移行とその仕様について」 をクリックしてお読みください。
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買い替えて戸惑ったことがひとつあります------それはブログにアップする画像の発色です。

これまでのパソコンは単なるLEDバックライト液晶で地味な発色でしたので、その画面で現像した写真を、新しいパソコンで見ると非常に濃い画質で下品に見えてしまうのです。
新しいパソコンは、「TFTカラー Clear SuperView 液晶」というもので、高輝度・高コントラスト・高彩度なので、前の薄味のパソコン画面に合わせていた画像が濃厚ギラギラに発色するということです。

正しくはキャリブレーションにより標準化するのが筋ですが、画面の輝度や彩度・コントラストの基本はハードウェアに依存しています。事実上ノートパソコンのデフォルト画面で見ている方がほとんどです。また、画面性能だけでなく、ウィンドウズとMACでの発色差もあるようです。
なにより現実的に、実際に拙ブログをご覧いただいている方々のパソコンの画面で綺麗に見えることが重要です。

そこで、皆さんのパソコンでどう見えているかを教えてもらえないでしょうか?

以下に、前のパソコンで画面上適正に見える写真画像と、新しいパソコンで画面上適正に見える写真画像を載せてみます。
写真は違いがはっきり出る条件---逆光で明暗差模様のある被写体---が良いので、前々回のブログ記事の最初に載せた野鳥ヤマガラにします。全く同じ写真で、現像ソフトも同じDPPを使っています。

↓旧パソコンの画面発色に合わせて現像したもの
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↓新パソコンの画面発色に合わせて現像したもの
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↓新パソコンのものをサイズだけ大きくしたもの
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いかがでしょうか?
旧パソコンのヤマガラと新パソコンのヤマガラのどちらが綺麗に見えているかだけでもお知らせいただければ幸いです。

ぜひ皆さんのご感想をお聞かせください。


旅から帰ってきて皆さんのご意見コメントorメールを拝見するのを楽しみにしています。

それでは、ほんのしばらく、皆さんごきげんよう!



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More 新パソコンへの移行とその仕様について
2016年 03月 03日 |
「たびねす」に、私のイラン絨毯博物館の記事がアップされました。
世界最高の工芸美の世界ですので、ぜひ、ご覧ください。
どうぞよろしくお願いします。

(28)イラン絨毯博物館で世界最高水準のペルシアの美にはまる!
http://guide.travel.co.jp/article/16366/





上記の、たびねす記事とタイアップして、当ブログでもイラン絨毯博物館を紹介します。
ただ、旅直前で詳細に説明する時間がありませんので、まずは上記の、たびねす記事をお読みいただければ幸いです。絨毯の歴史などを簡単にまとめております。

ペルシア絨毯は、紀元前のアケメネス朝ペルシア帝国時代より作られており、イランの伝統工芸・調度品として世界最高のものです。

テヘランにあるイラン絨毯博物館をじっくり見学しましたが、本当にためいきが出るような素晴らしい芸術的な絨毯ばかりでした。

↓イラン絨毯博物館の水平展示
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↓巨大な絨毯展示風景
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↓イラン中央部のカーシャーン産の絹の絨毯(より大きな写真でご覧になりたいはこちら 
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↑伝統的な「ゴルダニ意匠(花瓶柄)」に花や動物を散りばめたもので、絹糸を使った素晴らしい作品です。
花瓶に活けられた草茎がぐんぐん伸びて、フィールド全体に様々な花をたくさん咲かせて広がっていく様子は、とても綺麗で感嘆するばかりです。
また、カーシャーンで作られた絹の絨毯らしい艶やかな輝きも見事なものです。

↓ボテ意匠(ペイズリー柄)の絨毯
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ボテ意匠(ペイズリー柄)は、各地にある草花文様が起源となり、オリエント世界を中心として作られてきました。ゾロアスター教の聖火やイーヴィルアイ(悪魔の目)を形どったという説もあります。
そして、ペルシア絨毯にあるボテ意匠が、東インド会社によりイギリスに伝えられ、スコットランドのペイズリー市の職人がボテ意匠のショールを量産したことから、ペイズリー柄という呼称がポピュラーになったものです。

↓イラン東部のケルマン産の名作絨毯(より大きな写真でご覧になりたいはこちら 
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↑中央部は「生命の木意匠」に果物・野鳥・蝶が埋め尽くされ、周辺部には多くの動物と人間の肖像が配された、とても美しいケルマン産の絨毯です。
複雑に絡み合った大木に、実り豊かな果物とたくさんの生き物が描かれ、荒涼たる砂漠に生きる人々にとっての夢の楽園が象徴されているようです。
この絨毯は「全人類」とも呼ばれている名作で、その描かれた人類とは、左上隅から時計回りに、ペルシア人、ゲルマン人、ラテン(イタリア)人、インド人、中国人、アラビア人、オーストラリア人、トルコ人、アメリカ人、アフリカ人となっています。


↓絨毯の織糸と染色原料の展示
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↓絨毯の手織機の原理を説明した展示
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絨毯は、張った経糸(たていと)にパイル糸を結んで、横の緯糸(ぬきいと)を通して織っていきます。パイル糸とは染色された結び糸のことで、一目一目経糸に結ばれ、その先を切ってけば状に立毛し絵柄を作り出します。
この糸の材料、結び方、密度で絨毯の基本が構成され、織機や文様・意匠デザインは産地ごとに独特の個性があります。


↓ゾロアスター教の意匠がありましたので、アップで撮影
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↓見事な動物流紋柄の絨毯
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↓上の絨毯の右下部分を拡大撮影・・・鹿・虎・鳥などが分かります。
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↓貴重な500年前のアンティーク絨毯
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↑16世紀初頭に作られたアンティークの絨毯で、いわゆるサングスコ絨毯と呼ばれている逸品のひとつです。(生産地はタブリーズではないかと推測されます)
サングスコとはポーランドの王族で、16世紀にトルコのオスマン帝国に対する戦争でペルシア絨毯を戦利品として獲得しました。その絨毯はサングスコ家の宝物として伝承され、ヨーロッパにおける高級絨毯ブームの原点となったのです。
サングスコ絨毯には動物闘争文様が見られ、このような意匠は、日本の豊臣秀吉の陣羽織キリムと強い関連性があると指摘する学説があり、非常に興味深いものです。
このイラン絨毯博物館の現物は、500年以上経過しているため、いささか痛んでおり文様が完全には判断できませんが、ヨーロッパ~トルコ~ペルシア~日本と広がる歴史のロマンを実感できるのではないでしょうか。

 【注】キリムとは、絨毯とは違いパイル糸(結び糸)を使わず、毛足の無い平織りの毛織物。イラン~トルコなどの遊牧民が織ってきた歴史があります。


↓博物館の入口は重い鉄製門扉
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↓絨毯の織機をイメージした博物館の外観
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2016年 03月 02日 |
パサルガダエは、考古遺跡として世界遺産に登録されているだけでなく、ペルシア式庭園のひとつとしても世界遺産に登録されています。

世界遺産に登録されているペルシア式庭園は、ここパサルガダエ以外に、カーシャーンのフィーン庭園 ヤズドのドラウト・アーバード庭園 、シーラーズのエラム庭園(後日紹介予定) などがあります

パサルガダエの庭園は、イラン最初(おそらく世界最初)の四分法に基づいて建設されたペルシア式庭園で、非常に貴重なものですが、現在では遺構が残っているだけです。
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写真はパサルガダエの宮殿と庭園の跡ですが、直線的なラインにより区分されています。
これを見ると、現在イスラム的とされる庭園様式は、はるか紀元前のこの場所から出現したことが分かります。
すなわち、スペインのアルハンブラからインドのタージマハルに至る美しいイスラム様式庭園の起源は、ここにあるのです。
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↓世界最古の大帝国アケメネス朝ペルシアの最初の宮殿址
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↓倒れている柱
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↓立っている柱
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↓くさび形文字による、古代ペルシア語、エラム語、バビロニア語の三言語で併記された碑文です。「我はアケメネス族のキュロス」 と書かれているそうです。
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↓魚と人物の合体したような姿のレリーフ
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↑バビロニアのオアンネスと思われる魚のような体をした神です。

くさび形文字といい、レリーフといい、メソポタミア文明の影響を強く感じる遺跡でした。

キュロス2世は、ユダヤ教徒をバビロン捕囚から解放した逸話で知られるように、征服した土地の宗教や習慣を尊重した人だったようです。(大英博物館にあるキュロス2世の円筒印章には、諸民族を解放し弾圧を廃した様が描かれています)

とはいえ、当時の最も有力な宗教は、ゾロアスター教でした。その証拠とされるのが次の写真で紹介する遺跡です。(ゾロアスター教のユダヤ教等に対する影響については、こちら

↓ゾロアスター教の神殿跡とされる遺跡です。
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↑あまりにも古いものなので詳しくは判明しておらす、センダーネ・ソレイマーン(ソロモンの牢獄)と呼ばれてきました。

↓タレ・タフト要塞 キュロス2世の時代からササン朝後期まで城塞として使われた遺跡です。
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パサルガダエとは、「ペルシア人の本営」という意味で、ペルシア帝国の最初の都として栄えたようです。
2500年経った今は、茫漠たる荒野が広がるばかりです・・・

↓はるか彼方に牧畜する光景が見えました。ペルシアの遊牧民の伝統が息づいているように思えました。
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2016年 03月 01日 |
次の海外取材旅行が迫ってきましたが、イランもロシアもまだ半分も紹介できていません。
そこで、出発までに可能なかぎり記事を沢山掲載するように頑張っています。

今日は、イラン(ペルシア)のザグロス山中の高原にある古代遺跡パサルガダエの前編です。


パサルガダエは、紀元前546年に、アケメネス朝ペルシア帝国の最初の首都として、キュロス2世により建設が開始されました。

ここは、パサルガダエ考古遺跡として世界遺産に登録されているだけでなく、ペルシア式庭園のひとつとしても世界遺産に登録されています。

↓見えて来ました。
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パサルガダエで最も重要な場所は、キュロス2世の墳墓です。

キュロス2世は、紀元前6世紀に、世界ではじめて古代オリエント諸国を統一して、空前の大帝国を建設しました。
ユダヤ教徒をバビロン捕囚から解放しエルサレムに帰還させた王として旧約聖書にも載っており、現代のイラン人はキュロス2世をイランの建国者としています。

↓キュロス2世の墳墓
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この墳墓は、ピラミッド状の6段の階段の上に家形石室墳墓が乗っている独特の形をしています。
この形は、多分、キュロス2世が征服したリディアやエラム、バビロニアなどの様式の影響を受けたと思われます。

ダレイオス1世(ダリウス大王)の時代以降になると、王の墳墓は巨大断崖に彫り込まれたゾロアスター教の磨崖洞穴式墳墓になり、全く形が異なります。
これは不思議な謎ですが、私見では、ダレイオス1世の時代からゾロアスター教が国教のような形になったと推測します。(ダレイオス1世がキュロス2世の系統の王位を簒奪したからとする説もあります)

↓キュロス2世の墳墓をいろいろな角度から撮影
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↓墳墓の頭頂部
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↓この墳墓を住処としている野鳥がいましたので、アップで撮影しました。ヨーロッパイエスズメですね、
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BC331年に。アケメネス朝ペルシア帝国を滅ぼしペルセポリスを破壊しつくしたアレクサンドロス大王(アレキサンダー大王)は、この墓にも至り墓室をあばきました。その中には、金のベッドや杯、テーブル、棺桶、高価な宝石装飾品などとともに、キュロス2世の墓碑もあったそうです。


また、7世紀にササン朝ペルシア帝国を滅ぼしたアラブ人イスラム教徒軍は、この地にも来襲しましたが、当時の墓守は、「パサルガダエはキュロス2世の墓ではなくソロモン王の母を奉じて造られたもの」と説明し、破壊をまぬがれたと伝えられます。
そのため、墓碑は、クルアーンの韻文に取って代わられ、ソロモン王の母の墓として伝承保存されてきたのです。

↓墳墓に刻まれたクルアーンの韻文
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2016年 01月 20日 |
ロシア旅の写真が続きましたので、日常の写真も掲載してみます。
私の場合、取材の無い日は書き仕事なので、身体を動かすことが少なくなりがちです。
そこで、朝の写真撮影ウォーキングを日課として、野鳥や植物の写真を日常的に撮り続けています。

今年は暖冬で、正月には梅が咲き始めました。
そこで、本日は、朝の散歩等で撮影した、新年の梅たちをご覧ください。
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昨日から寒波が襲来し、大阪で初雪が舞いました。例年より1ヶ月遅れだそうです。
皆様のところでは、どうでしょうか?

やっと本格的な冬ですね。
恒例の朝散歩も、ちょっと辛い季節になってきました。

上の写真のように、正月に開花した梅たちが、どうなるのか心配です。


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2016年 01月 04日 |
元日の朝は穏やかな晴天でした。
家にこもるのはもったいないぞ・・・悩み事もあったので、正月は思い切り歩いてみようと考えました。
登山も頭をよぎりましたが、せっかくの元日でもあり、「今日は神社仏閣教会をひたすら巡ってみようか・・・」

神道・仏教・キリスト教・・・宗派関係なくお参りしまくりです。

終日歩き回り疲れましたが、気分的にはスッキリしました。

本日はその初詣のはしごの写真を、ちょっと小さめに、数多くアップすることにします。


↓まずは天下茶屋聖天さんを目指します・・・朝は元気なので遠回りして、街角スナップしながら、だいぶ歩きます。
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↓正圓寺に到着です。
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聖天山にある正圓寺は、円仁が彫った大聖歓喜双身天王を本尊とする由緒ある寺院ですが、とてもすいており、人が少なかったです。初詣の穴場かも知れませんね。。。

↓正圓寺奥の院:石切剣剪大神:人々の病を剣で断ち切ってくれるそうです。
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聖天山は古代の古墳跡の丘陵で、「大阪五低山」のひとつです。
今は住宅街の中の公園や駐車場そして寺(正圓寺)となっており、古墳の面影は失われていますが、歩き回ってみると結構大きい古墳だったことが分かります。

中程度の前方後円墳である可能性があり、被葬者は古代の豪族と思われます。
東側近郊にある安倍晴明神社に繋がる安倍氏か、南側近郊にある大伴金村墓(帝塚山古墳)に繋がる大伴氏に関連する被葬者ではないかと推測されます。

ここには、稲荷社、地蔵尊、荼枳尼天鎮守堂、八本松竜王寄松塚、石切社分祠、浪切不動明王、弁才天祠、兼好法師藁打石などいろいろあり興味深いです。
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ということで、聖天山付近をいろいろ探索し、満足してから西へ歩くと、阪堺電車の駅に出ました。

↓聖天坂駅です。良い名前なので思わずパチリ。そういえば天下茶屋も天神ノ森も素敵な名前ですな。
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↓阪堺電車に沿って南へ歩いていくと、天神ノ森天満宮に至りました。
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ここも人混みというほどのことはありませんでした。

↓猿の姿に見える字が見事でした。
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↓この天神ノ森天満宮では、甘酒のふるまいを受けました。
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ほかほかで、生姜も効いてとても美味しかったです。

↓南西方面へ歩くと、阿部野神社に出ました。
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↓ここは、少し人が多かったですが、並んで待つほどではありませんでした。
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↓今度は南西方向に歩き、日本キリスト教団玉出教会に至りました。
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↓すっきっりとした外観でした。
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↓このあたりに来ると阪堺線も路面を走ります。まさに路面電車ですね。
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元日はクルマが少なく、空気も澄んで、快適に街歩きを楽しめました。

そして東へ少し行くと、「だいがく」こと生根神社に出ました。

↓生根神社は住吉大社のすぐ近くのため、さすがに行列ができており、お参りするために少し並びました。
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↓この生根神社では、「福の種」をいただきました。
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中には丸餅と福の種包みがあります。包みを開けると、小さな種と5円玉が入っています。これが「こつま南瓜」の由来です。(南瓜は「難を切る」と言われ、病・災難除け招福のお守りです)

そして、すぐ南の住吉大社となるのですが、ここはものすごい人でごったがえしていました。
日本最古級の神社で、摂津国の一の宮、初詣の参拝者が大阪で一番多い場所です。

↓反橋(太鼓橋)もラッシュアワー状態でした。
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普段の反橋は、こちら

↓私も人の波にもまれて反橋を渡りました。
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↓本殿にたどり着くまでが大変です。
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↓やっとお参りしましたが、賽銭箱ではなく賽銭プールがありました。
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↓住吉参りを済ませ、帰路につき、夕刻、最後に自宅近くの神社に参って、元日の締めとしました。
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2015年 10月 11日 |
「たびねす」に、私のポーランドのトルンという町のガイド記事がアップされました。
トルンは、世界遺産に指定さた中世の雰囲気いっぱいのシックな町ですので、ぜひ、ご覧ください。
どうぞよろしくお願いします。

(22)ポーランド・中世の香り漂う世界遺産の町トルンを散策しよう!
http://guide.travel.co.jp/article/13215/





さて、まだペルシアの旅は半分も紹介できていませんが、次の旅が迫ってきました。
あと一回のブログ更新で、またしばらく休みに入ります。

これまでペルシア旅写真では、主に遺跡や自然を中心に掲載してきました。
旅ではこうした被写体以外にも、そこに住む人たちや観光客などの人物を撮りたくなります。人の表情や服装などは社会を映す鏡でもあるからです。人の気配のない街角写真だけでは、その国の社会風俗を伝えることはできません。人物スナップも撮影できてこそ、その旅を成し遂げた感があります。

ただ、なかなか撮影を許可していただける場合が少ないので、作品数としては少なくなります。
そうした意味では、イランは親日的なお国柄で、旅人を笑顔でもてなす習慣があり、他の国と比べて割と多く人物写真を撮ることができました。

そこで今回は、ペルシアの旅の中締めとして、イラン各地の人物スナップを特集してみます。

↓凄い装備の女性カメラマンがいたので、お願いすると撮影ポーズをとってくれました・・・クリア調に撮影
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↑キヤノンの1DXと5D3という最高級母艦二台体制にLレンズ、重量も価格も超弩級で驚きました。
観光地で一眼を持ったカメラマンと会うと、よく話しかけられます。私も二台のカメラをぶら下げているので目立つようです。お互いのカメラを見せあったり写真を撮りあったりして話が弾みます。
イランのカメラマンは、ほとんどがキヤノンかニコンの一眼レフ機でした。私だけがオリンパスのミラーレス一眼なので、珍しいのかいろいろ質問されます。カメラマニアはイランでも、日本のミラーレス機の進歩に注目しているようでした。


↓ペルシア美人の受付嬢・・・こちらはソフト調に
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↓手を振ってくれた子供たち
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↓チャイハネで水タバコを吸う男性
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↓ハーフェズ占い屋の男性とそれを見る子供
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↑ハーフェズとは、イラン人に一番愛されているシーラーズ出身の国民的詩人です。
その神秘的で美しい詩は素晴らしいのですが、ハーフェズ詩集をランダムに開いたり、ハーフェズ占いカードを使ったりして運勢を判断することがあります。
また、小鳥を使って、ハーフェズの詩を書いた紙を選ばせるのが、観光地や街角でポピュラーなハーフェズ占いです。

日本でもその昔、ヤマガラという小鳥を使った縁日の占いがありましたが、イランの小鳥占いの結果はハーフェズの詩というのが素敵ですね。


↓下町にて
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↓パン屋で一緒に並んでいていろいろ話をした男性
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↓端っこ構図で・・・
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↓イスファファーンのイマーム広場にて
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↓夜のイマーム広場で、工夫して自然なポーズをとってくれた男性
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↓民族服を着た年配の女性は絵になるものですね。
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↓素敵な家族
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↓一瞬ドキッとしましたが、これは人間ではなくマネキンでした。
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2015年 10月 05日 |
「たびねす」に、私のルーマニア建築物めぐりのガイド記事がアップされました。
美しい教会やドラキュラ城などを紹介していますので、ぜひ、ご覧ください。
どうぞよろしくお願いします。

(21)ヨーロッパ随一がいっぱい! ルーマニア建築物めぐりを楽しもう
http://guide.travel.co.jp/article/13088/





さて、身近な野鳥シリーズの最後は、ツバメとカワセミ以外の近所の野鳥です。
ため池や公園で見られる普通の鳥たちを各1~2枚の写真で紹介してみます。

春~秋は、冬鳥の居残り組、夏鳥、留鳥、渡りの途中ひと休み組、冬鳥の先着組といった感じで、主役が変化していきます。
その年によって少しずつ違うのが、興味深いです。

私の散歩の友たちですが、日本中で見られる鳥たちですので、野鳥観察の参考にしていただければ幸いです。

↓シジュウカラ2枚
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↓カイツブリの親子
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↓カルガモの夫婦
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↓ヤマガラ
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↓セグロセキレイ
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↓ムクドリ
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↓カワウ
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↓メジロ
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↓イカル
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↓アオサギ2枚
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↓ジョウビタキ
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↓カワラバト
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いずれも人間によって造られた池や公園といった環境に適応して、ある程度繁栄している種類です。ただ、こうした身近な鳥たちを除いて、ほとんどは、人間を避けて生息しています。
前肢を翼に変えて、空を飛ぶという特異な能力を展開し、恐竜の竜盤類の中の獣脚類から進化してきた鳥は、今や人間による環境の激変という非常に厳しい時代を迎えています。
私たち人間も、鳥に象徴される自然と共生できる世界を、ある程度意識的に保全していくべきではないでしょうか。
ささやかながら、これからも身近な野鳥たちの生き様を見守っていきたいと思います。



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