模糊の旅人
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2017年 02月 12日 |
エルミタージュ美術館のルネサンス絵画については、すでに こちら で書きましたので、今回は残されたヴェネツィア派絵画について書いてみます。


エルミタージュ美術館には、ヴェネツィア派最大の巨匠ティツィアーノの作品が10点もあります。

ティツィアーノはヴェネツィア派を代表する画家で、長命であったことから多くの作品を残しました。
上手さ抜群の筆使いで、大胆かつ表現力豊かな世界を展開し、祭壇画、宗教画、神話画から肖像画・風景画に至るまで多様な作品を描き、盛期ルネサンス期のヴェネツィアの芸術をけん引しました。


ティツィアーノ『懺悔するマグダラのマリア』(悔悛するマグダラのマリア)
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『懺悔するマグダラのマリア』は、ティツィアーノ作品として宗教性と官能性を併せ持つことから絶大な人気があり、広く賞賛を受けたテーマで、何度も描かれました。

エルミタージュ美術館のものは、1560年代のティツィアーノの晩年の作品で、シリーズ作品の中では表情が最も迫真的で見事なもの。ティツィアーノが到達した円熟の境地を示しています。


<参考>
↓最初期のティツィアーノ『懺悔するマグダラのマリア』(ピッティ美術館蔵)1533年ころ
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↓中期のティツィアーノ『懺悔するマグダラのマリア』(J・ポール・ゲティ美術館蔵)1560年ころ
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↓晩年のティツィアーノ『懺悔するマグダラのマリア』(カンポディモンテ美術館蔵)1565年ころ
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エルミタージュの『懺悔するマグダラのマリア』は、時期的に、おそらくJ・ポール・ゲティ美術館蔵の作品とカンポディモンテ美術館蔵の間に入るものと考えられます。

後期になればなるほど、マグダラのマリアの着衣が多くなっています。これは当時、北ヨーロッパで宗教改革の嵐が吹き荒れたのと、それを意識したカトリック側の宗教会議「トリエント公会議」で教義の再確認と風紀引き締めが行われた影響と思われます。


新約聖書の登場人物としては、マグダラのマリアは最も興味深い存在で、聖書外典として2世紀頃、すでに『(マグダラの)マリアの福音書』が書かれていました。
その後、長い歴史の中で、元娼婦と類推する考え方からイエス・キリストの妻という説まであり、マグダラのマリアほど芸術家たちの想像力と制作意欲をかき立てた聖女はいないでしょう。その典型が、ティツィアーノの『懺悔するマグダラのマリア』です。(いつか、マグダラのマリアをテーマに記事を書きたいのですが、トンデモ本も多く資料の真偽判断に迷う題材なので、なかなか難しいです。いろいろ調べてはいるのですが、ちょっと先送り中です。)




ティツィアーノ『ダナエ』
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『ダナエ』もティツィアーノが好んで描いたモチーフです。ギリシャ神話で、娘ダナエの生む子により殺さるという神託を受けたアルゴス王アクリシオスは、ダナエを幽閉しますが、オリンポスの主神ゼウスが黄金の雨となって部屋に侵入し、ダナエを妊娠させます。その結果、生まれたのがメドゥーサ退治を成し遂げた英雄ペルセウス。後に祖父アクリシオスを円盤投げ競技会の事故により殺してしまい図らずも神託が成就します。

この絵は、ゼウスが部屋に侵入した瞬間を描いており、裸で横たわるダナエの右側で侍女が降り注ぐ金貨を集めようと布を広げています。エルミタージュ美術館には、全く同じテーマの レンブラントの作品 もあります。時代は違いますが、二人の巨匠が描いた同名作品を比較して、どちらが好みか、鑑賞してみるのは一興です。


ティツィアーノ『聖セバステイアヌス』
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この作品は、ヨーロッパの人々には非常に人気があり、団体客が絶えず観覧していました。アジア人観光客はほとんど観覧していないので、やはりキリスト教文化圏に影響力のあるモチーフなんだなあと感じました。

ここは光線状況が難しいのと、観覧者が多いので、斜めから撮影してみました。

聖セバステイアヌスは、3世紀のディオクレティアヌス帝のキリスト教迫害で殉教した聖人で、矢がささっている姿で描かれるのが通例です。矢で瀕死の状態になりますが、聖女イレーネに救われ命を取り留めます。後に、宣教を続けたため、こん棒で殴打され殺されます。
矢を受けても死ななかったことなどから、後世に黒死病から信者を守る聖人として崇敬されました。


ティツィアーノ工房『鏡の前のヴィーナスと二人のキューピッド』
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割と大きな作品で目立っていました。同モチーフ作品が、先般の国立国際美術館「ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち」展で、ティツィアーノ工房作品『ヴィーナス』(フランケッティ美術館蔵)として展示されていました。やはりこれもティツィアーノが好んで描いたテーマだったようです。

二人のキューピッドが鏡を支えて、そこ写った自分の姿を、ヴィーナスが身体をひねって見ています。古代ギリシャの彫刻に由来するポーズで、「鏡を見るヴィーナス」のヴァリアントのひとつです。

このエルミタージュの作品自体は、ティツィアーノの真筆ではなく、工房による模写作品です。ただし、正直言って、私には真作と模写の区別はつきませんでした。



ジョルジョーネ『ユディト』
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ジョルジョーネは、ティツィアーノの兄弟子にあたる天才画家で、ジョヴァンニ・ベッリーニの工房で修行し、レオナルド・ダ・ヴィンチが1500年にヴェネツィアを訪れると、その画法に大きな影響を受けて開眼したと伝えられます。
若くして夭折したため残された作品はわずかですが、どれも素晴らしいもので、その傑作のひとつが、エルミタージュにある『ユディト』です。

哀愁を帯びた詩情ゆたかなこの作品は本当に見事です。エルミタージュのヴェネツィア派の部屋ではひときわ抜きんでて存在感がありました。
ただ、非常に縦長で大きな作品であるのと、敵将ホロフェルネスの首を切って足で踏みつけるというモチーフが残酷なので、撮影した全体写真の上下左右をカットして掲載しています。お許しください。

なお、この作品は、絵画の修復という観点からも注目に値するものです。
すなわち、もともと板絵だった作品をカンヴァスに移し替え移植して、さらに変色したワニス皮膜を取り除き、大規模な修復が行われたものです。今日の姿によみがえったのは、1971年のことです。

板絵をカンヴァスに移し替えた例は、エルミタージュ美術館に比較的多く、有名作品としてはこのジョルジョーネ『ユディト』以外に、レオナルド・ダ・ヴィンチの『ブノワの聖母』があります。



ヴェロネーゼ『聖カタリナの神秘の結婚』
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ルネサンス後期にはヴェネツィアを代表する画家としてヴェロネーゼが活躍しました。ティツィアーノの人間表現や色彩を受け継ぎ、神話や聖書逸話に題材をとった物語性豊かな作品を多く生み出しました。

聖カタリナは、4世紀はじめにアレキサンドリアで殉教した聖人で、イエスと結婚するという神秘的な幻想を体験しました。この絵では、聖カタリナが聖母マリアに抱かれた幼児キリストの祝福を受けています。



ベネデット・カリアリ『聖家族と聖カタリナ、聖アンナ、聖ヨハネ』
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ベネデット・カリアリは、ヴェロネーゼ(本名パオロ・カリアリ)の弟で、結構多くの作品を残しており、エルミタージュ美術館には3枚の絵が収蔵されています。この『聖家族と聖カタリナ、聖アンナ、聖ヨハネ』は、ベネデット・カリアリの代表的な作品です。

ヴェロネーゼ工房は、ヴェロネーゼの死後も、二人の息子とベネデット・カリアリが運営し、活躍していたようです。先般の国立国際美術館「ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち」にも、ヴェロネーゼ没後の工房作品『羊飼いの礼拝』(アカデミア美術館蔵)が展示されていました。


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More 余談
2017年 02月 04日 |
「たびねす」に、私の「ロシア・エルミタージュ美術館でルネサンス美術を見る!」という記事が掲載されました。

以前、掲載した「世界最大規模!ロシア・エルミタージュ美術館を完全制覇」という記事が好評だったので、エルミタージュのルネサンス美術を専門的に取り上げて書いたものです。
絵画など15枚の写真をアップしていますので、ぜひ、この紹介記事をご覧ください。
どうぞよろしくお願いします。

(42)ロシア・エルミタージュ美術館でルネサンス美術を見る!
http://guide.travel.co.jp/article/24310/






今日は、上記の、たびねす記事とタイアップして、エルミタージュのルネサンス絵画のうち、あまり知られていない初期ルネサンスのものを中心に紹介します。

エルミタージュ美術館の初期ルネサンス美術群は注目に値するものです。多くの作品が展示されていますので、時間の許す限り、ゆっくりと鑑賞しました。その中で、圧倒的に多い「聖母子」というテーマは、分かりやすいので、ルネサンス美術をたどる道しるべになると感じました。

それでは、なるべく描かれた年代順に、「聖母子」という切り口で選んだ、初期ルネサンス絵画をご覧ください。


14世紀のシエナの画家『聖母子』
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1320~1325年ころに書かれたと説明板にありました。
「14世紀のシエナの画家」とあるだけで詳しくは不明ですが、いかにも中世的な古色が横溢しています。作者不詳というのがまた古さを感じさせて良いですね。

シエナは、中世に金融業と羊毛取引で栄えた都市国家で、トスカーナ地方の覇権をフィレンツェと競うとともに、プロト・ルネサンス芸術活動が盛んでした。そうした歴史を感じさせる作品ですね。



ロレンツォ・ディ・ニッコロ・ジェリニ『聖母子』
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ロレンツォ・ディ・ニッコロ・ジェリニは、14世紀末から15世紀初に活躍したフィレンツェの画家で、この絵は1400年ごろに描かれたものと思われます。
板にテンペラで、上に掲載した「14世紀のシエナの画家」の作品と、下に掲載しているフラ・アンジェリコの作品のちょうど中間の雰囲気です。

フィレンツェは、 メディチ家のによる統治の下、ルネサンス芸術が花開いた場所です。初期ルネサンスから、文化の中心地となり、多くの建築家や芸術家を生み出しました。



フラ・アンジェリコ『聖母子と天使』
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フラ・アンジェリコは、15世紀前半に活躍した修道士画家で、その優しい画風と優れた人格からとても人気があります。

この絵は、聖母子の周りに天使たちを配して、いかにもフラ・アンジェリコらしい作品。古いゴシック的要素と新しいルネサンス的要素が混在しており、少し古色を残した雰囲気が素朴感を漂わせています。
1425年ごろの作品で、板にテンペラで描かれて額装と一体化しており、祭壇画の中心部パネルであった可能性もあります。




ポッティチーニ『聖女バルバラと聖マルティヌスのいる幼児キリストの礼拝』
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ポッティチーニは、ボッティチェリとほぼ同年代で名前が似ているため、混同された画家ですが、最近ようやくそのアイデンティティーが整理され、研究途上にあります。この『聖女バルバラと聖マルティヌスのいる幼児キリストの礼拝』という作品は、完成度が高く大型であることから、きわめて貴重なもので、今後注目されていくことが期待されます。





ヴェロッキオ『聖母子』
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ヴェロッキオは、レオナルド・ダ・ヴィンチをはじめボッティチェリ、ペルジーノ、ギルランダイオらの師匠で、当時フィレンツェで最も優れた美術工房を運営していました。やがてペルジーノはラファエロの師匠となり、ギルランダイオはミケランジェロの師匠となったわけですから、ヴェロッキオ工房は、歴史的にも非常に重要です。

ヴェロッキオが、『キリストの洗礼』という作品を描いた時、弟子レオナルドにキリストのローブを捧げ持つ天使を担当させたのですが、レオナルドがあまりに見事に描いたことから、師ヴェロッキオは二度と絵画を描くことはなく彫刻に専念するようになったとする逸話があります(事実かどうかは不明)。

写真の『聖母子』を見ると、すでにゴシック的な古さは無く垢抜けしており、ルネサンス絵画の描き方になっています。ヴェロッキオの工房から出た画家たちが、ルネサンス盛期をかざる作品を描く時代が到来したことを感じさせます。

なお、この絵については、ポッライオーロの作品とする説(コリン・アイスラー)もありましたが、現在ではヴェロッキオの作品とされており、エルミタージュ美術館の現場ではヴェロッキオ作という説明板がかかっていました。





レオナルド・ダ・ヴィンチ『リッタの聖母』
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↑ルネサンス盛期。レオナルド・ダ・ヴィンチによりルネサンス絵画が頂点に達したことをうかがわせる作品です。エルミタージュでも、一番人気の絵画です。

この作品の成立年代については諸説ありますが、レオナルドが発明したスフマート技法がふんだんに使われており、中期の作品である可能性が高く、1490~1491年に描かれたとするのが最も有力です。
レオナルドが描いた元絵に、弟子たちによる加筆修正が加えられた可能性があるとされています。弟子ボルトラッフィオ作品という説もありますが、 逆に、この絵がレオナルド作品の中で最も美しい真作で本人単独作成とする意見もあります。エルミタージュ美術館はレオナルドの真作としています。

『リッタの聖母』のリッタは、ロシア皇帝アレクサンドル2世が、1865年にミラノ貴族アントーニオ・リッタ侯から買い取ったことに由来します。




同じ「聖母子」を描いていますが、このように年代順に見てくると、やはり時代によって雰囲気が変化していくことが分かります。ここがとても興味深いですね。

聖母子画は、最後は、ラファエロに至り、究極の形となります。37歳でラファエロが夭折すると、やがて安定感を脱したマニエリスム様式が主流となり、ラファエロの優雅で調和に満ちた世界から遠ざかっていきます。



今日、紹介できなかったエルミタージュのルネサンス画作品の詳細に関して、
レオナルド・ダ・ヴィンチについては、こちら
ラファエロについては、こちら
北方ルネサンスのクラーナハについては、こちら
をご覧ください。

ヴェネチア派については、いずれ機会を見て記事を書くつもりです。<追記> こちら に書きました。



↓エルミタージュ美術館は、インテリアとしての内装も素晴らしく、天井構造も見事。このようにルネサンスの芸術品は、部屋そのものも素敵な場所にありますので、全体的な雰囲気も楽しめます。
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なお、エルミタージュ美術館の全体的な概要や注意点については、「【たびねす】世界最大規模!ロシア・エルミタージュ美術館を完全制覇」をお読みください。


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2017年 01月 31日 |
レンブラントの『夜警』は、アムステルダム国立美術館の看板作品です。したがって人気があり、観覧者が非常に多く、なかなか人のいない絵の写真が撮れません。
そこで、開き直って「絵画とそれを見学する人たち」というモチーフで写真を撮ってみようと思いたちました。
以下、その写真をご覧ください。

↓フェルメール作品などがある名誉の間の風景です。奥正面にレンブラント『夜警』が見えています。いわば「遠くに『夜警』の見える部屋」
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↓名誉の間を額縁的に入れて、夜警の部屋をスナップ。題して「恋人たちの見る夜警」ですかね。
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↓「ご婦人と夜警」
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↓「夜警の前に整列した人たち」
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↓「夜警見学の小学生たち」 小さい頃から行儀良く優れた美術品を見ており、好ましくも、とても羨ましいですね。
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この『夜警』という作品は、市民自警団が出動する様子を描いたもので、明暗法により主要な人物を浮き上がらせ、さらに集団肖像画でありながら動きの要素を取り入れることで肖像画にドラマチックな趣を加えました。

実物を近くでじっくりみると非常に緻密に描かれていることが分かります。

そこで部分拡大写真を三枚お見せします。

↓中心部拡大。隊長が何か言っているようですね。
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↑隊長のバニング・コック家に保管されていた素描には「隊長の若きプルメレント領主(バニング・コック)が副隊長のフラールディンゲン領主(ファン・ラウテンブルフ)に市民隊の行進を命令する」とあるそうです。


↓異様なのは紅一点の女性が描かれていること。そこを拡大・・・明暗対照のためとかマスコット少女を描いたとか諸説あります。
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↑一説によれば、レンブラントの妻サスキアを描いたとも言われています。そこで、こちら の二枚目の『フローラに扮したサスキア』をぜひご覧ください(エルミタージュ美術館で撮影したもの)。比較して、確かにふっくらとした顔立ちは、サスキアさんに似ていますね。


↓隊長の手が影となって写っている部分を超拡大撮影。非常に細かく描き込まれていることが分かりますね。
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↓夜警の展示してある部屋の上部の柱も素敵なので撮影してみました。
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↓このマーク、どこかで見たような・・・・日本の某ホテルチェーンのほうが真似をしたのでしょうね。
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↓最後に、『夜警』が描かれた直近に描かれた小さな模写作品も展示されていましたので撮影してみました。
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↑これを見ると現在の『夜警』は左側部分が相当カットされてしまっていることが分かりますね。

史実では、この絵は、1715年に火縄銃手組合集会所からアムステルダム市役所に移された際に上下左右が切り詰められてしまったとのことです。
さらに、悲しいことですが、この『夜警』はこれまでに三度も観客に傷つけられた歴史を持ちます。


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2017年 01月 23日 |
アムステルダム国立美術館で最初に見に行ったのは、フェルメールの4作品でした。


グランドフロアの0階から、階段を一気に2階まで登り、中央の名誉の間を見学します。ここにはフェルメールを中心とした17世紀のオランダ風俗画が多く展示されています。


↓フェルメール4作品の展示風景。
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↑右端から『手紙を読む青衣の女』『牛乳を注ぐ女』『恋文』『デルフトの小路』となります。

いずれも小さな作品で、オランダ商人の家の部屋を飾るのにふさわしい風俗画です。人気のある絵ですが、朝一番に入ったので、ご覧のようにさほど混み合っているわけではなく、余裕を持って鑑賞できました。(ただし午後は混みました)

それでは4作品をアップで紹介します。

↓まずは一番有名な『牛乳を注ぐ女』
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↑この絵は、フェルメールの最高傑作でしょう。
勤勉に働く誠実そうな召使い女性が、完璧な構図と精緻な描写で描かれています。ありきたりな日常生活の描写でありながら圧倒的な存在感。絵画の教科書に登場する有名作品の実物を、間近で心ゆくまで鑑賞しました。

右下の床に置かれているのは、足温器(あんか)です。さりげなく床の奥行きを示す演出です。
パンの光の反射は明るい色の点で描かれており、ポワンティエ技法という独特の表現です。

それから左側の青布の掛けられたテーブルは遠近法的に不思議な形をしていますが、これは当時使われた六角形の机だそうです。
いろいろ昔のオランダの生活が偲ばれる絵でもあるわけです。

この絵に隠された寓意や隠喩については諸説ありますが、深読みするより、ラクエル・ラネリの「この作品に描かれているのは誠実さであり、勤勉に働くこと自体が情熱的だということを表現している」という単純な考え方に与したいと感じました。

↓『牛乳を注ぐ女』の説明板
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↑この絵は、英語では「ミルクメイド(The Milkmaid)」と呼ばれているのですね。



↓『デルフトの小路』(『小路』)
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↑この作品は、たった2枚しか現存しないフェルメールの風景画のひとつ。フェルメールの町デルフトは、1654年、火薬庫の大爆発により半分近くが壊滅しました。このためフェルメールは、古い街並みを残そうとこの絵を描いたようです。
ただし、少年期を過ごした家から裏手に見える旧養老院を描いたという説もあり、確定していません。

二分された画面はとても印象的で、洗濯や縫い物をする女性たちの穏やかな日常生活が描き込まれています。



↓『手紙を読む青衣の女』(『青衣の女』)
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↑お腹の大きい青衣の女性(妊娠しているかどうかは不明)が手紙を読んでいる作品です。このようなスタイルの服装が当時のオランダで好まれていたという説もあります。

まさにこの衣装の青い色が印象的ですね。
2011年に修復される際に、変色していた保護膜(ワニス)が取り除かれ、この衣装の美しい青がよみがえりました。これぞ、フェルメール・ブルーです。

この作品は、フェルメールの描いた女性画作品群のひとつですが、窓も天井もなく室内構成が非常にシンプルです。使われている色数も少なく、壁のグラデーションで左側からの光を表現しています。この女性は、フェルメールの妻カタリーナであるとも言われています。



↓『恋文』
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左手でシターン、右手で手紙を持つ当惑顔の夫人と、後ろから意味ありげに微笑む女中。いろいろ想像させる二人の表情です。
この絵の大きな特徴は、手前の暗い部屋から女性二人の居る部屋を覗くような空間構成です。他のフェルメール作品には見られない形で、見る者の視線を奥の二人にいざないます。

↓『恋文』の下部を拡大撮影
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↑この床の市松模様は、フェルメールの他の作品『合奏』や『絵画芸術』などでも見られ、当時のオランダで流行していたものです。この模様はフェルメールの遠近法の超絶テクニックを示すものですが、一説によると「カメラ・オブスクラ」(暗箱カメラのようなもの)を使ったともされます。

また、床のサンダルや立てかけられた箒は、恋愛情事の寓意とされており、あまり明確な寓意画を描かなかったフェルメールの変化が示されているという意見もあります。上の『手紙を読む青衣の女』と比べると小道具の多い複雑な構成の作品です。

この『恋文』は、1971年にナイフで切り取られるという形で盗難に遭い、発見されたものの、重大な破損が生じ、修復に約一年もかかりました。





なお、フェルメールについては、この後、私はデン・ハーグのマウリッツハイス美術館を再訪して、『真珠の耳飾りの少女』などフェルメール4作品を撮影しています。先になりますが、いずれブログ記事として紹介する予定です。

過去の、フィルムによる撮影のフェルメール作品については、低画質ですが、こちら をご覧ください。

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2017年 01月 19日 |
1月15日まで、大阪の国立国際美術館で「ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち」という展覧会が開かれていました。
私もなんとか滑り込みセーフで、見てきました。今日はその独断的感想を、記憶が新しいうちに書いておきます。

↓国立国際美術館外観
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美術館に、朝10時の開館と同時に飛び込んで、悔いのないよう納得するまで見て、出てきたのが13時15分でした(汗)
57作品で、3時間以上使ったわけですから、じゅうぶんにヴェネツィア絵画を堪能しました。

↓入ったところにある宣伝ポスター
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↓併設の展覧会「プレイ展」は写真撮影可でした。
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自由に撮影してSNSやインターネットで写真を拡散してほしいということです。こういう趣旨の展覧会もこれまで何度かありましたが、まだまだ日本では少ないです(曜日によって撮影可だったのが「デトロイト美術館展」、常時一部撮影可なのが東京国立博物館)。海外では当たり前なので、これからは増えてほしいものです。


今回は、本体の「ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち」展は、写真撮影は不可ですので、その個々の絵画内容は、別の機会でということで、今日は私が自分で撮った周辺写真やパンフによる、全体的感想と印象的だった作品の解説です。


まず、入場口に音声ガイドのコーナーがあります。私はヴェネツィア派絵画にさほど詳しくないのと、俳優の石坂浩二さんのガイドということで、550円を支払って音声ガイドも聴いてみることにしました。

クリヴェッリを石坂浩二さんがどう解説するかも楽しみだったのですが、残念なことに音声ガイドされる20作品に、クリヴェッリ作品は選ばれていませんでした・・・

ただし、ミュージアムショップで販売されている絵葉書(ベスト25作品)には、クリヴェッリは選ばれていたので、それを自分への土産として購入しました。

↓クリヴェッリ作品の絵ハガキと、ジョヴァンニ・ベッリーニの栞など
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全体的には、たいへん見応えのある美術展でした。これだけのヴェネツィア派の作品を日本に居ながら見られるというのは、すごいことです。
欲を言えば、さらに天才ジョルジョーネの作品もあれば最高でしたが、ジョルジョーネは夭折し寡作ですし、『テンペスタ』 はアカデミア美術館の至宝ですから、やはり来日は無理でしょうね。

それでも、日伊修好条約150周年記念ということで、頑張ってくれた関係者の皆様に感謝です。


個人的感想ですが、ざっと全部見て、私がまず思ったのは、見どころは前半部分にあるということです。

↓パンフレット裏側上部はティツィアーノまでの作品です。
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もっと正確に言えば、全57作品のうち、前半最初部分にある以下9作品が、私にはベストだと感じました。

ジョヴァンニ・ベッリーニ『聖母子』(赤い智天使の聖母)
カルロ・クリヴェッリ『聖セバステイアヌス』
カルロ・クリヴェッリ『福者ヤコボ・デッラ・マルカ』
ラッザロ・バスティアーニ『聖ヒエロニムスの葬儀』
アントニオ・デ・サリバ『受胎告知の聖母』
ヴィットーレ・カルパッチョ『聖母マリアのエリザベト訪問』
ティツィアーノ・ヴェチェッリオ『受胎告知』
ティツィアーノ・ヴェチェッリオ『聖母子』(アルベルティーニの聖母)
ティツィアーノ工房『ヴィーナス』


以上は、あくまで私の独断的な好みによるベストです。どうもヴェネツィア派に関しては、ティツィアーノまでのルネサンス前期絵画が、私の好みのようです。


他に、ティツィアーノより後で、好き嫌いは別として印象に残った作品は以下のとおりです。

ヤコボ・バッサーノ『悔悛する聖ヒエロニムスと天井に顕れる聖母子』
ヤコボ・ティントレット『サンマルコ財務官ヤコボ・ソランツォの肖像』
ベルナルディーノ・リチーニオ『パルツォをかぶった女性の肖像』
レアンドロ・バッサーノ『ルクレティア』
パルマ・イル・ジョーヴァネ『聖母子と聖ドミニク、聖ヒュアキントゥス、聖フランチェスコ』
パルマ・イル・ジョーヴァネ『スザンナと長老たち』
フランチェスコ・モンテメッサーノ『ヴィーナスに薔薇の冠をかぶせる二人のアモル』
パドヴァニーノ『オルフェウスとエウリュディケ』

このうち上から三作品は、パンフレット裏側下部に載っていましたので紹介しておきます。

↓バッサーノ『悔悛する聖ヒエロニムスと天井に顕れる聖母子』
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↓ティントレット『サンマルコ財務官ヤコボ・ソランツォの肖像』とリチーニオ『パルツォをかぶった女性の肖像』。
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何度も会場を行ったり来たりし、特にクリヴェッリ作品は合計で30分くらい鑑賞したと思います。音声ガイドも2周しました(笑)
石坂浩二さん音声ガイド解説は声が聞き取りやすく、内容も分かりやすいものでした。


さて、一番最初に展示されていたジョヴァンニ・ベッリーニは、1作品とはいえ、とても好感が持てました。
落ち着いた雰囲気で優しさがあります。

↓外部ポスター(ジョヴァンニ・ベッリーニの聖母子像が一押しになっています)
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この聖母子像は、万人受けすると見えて、絵ハガキ売り上げトップでしたし、関連グッズも多く、いわば展覧会のマスコット的存在でした。
ジョヴァンニ・ベッリーニの明るい色彩と優しい人物描写は、もっと評価されても良いと思います。


そこから次に展示されていたのが、私にとって本命のクリヴェッリ2作品。クリヴェッリの魅力たる聖母マリアやマグダラのマリアではないので、過剰に期待していなかったのですが、実物は予想以上に良かったです。(詳しくはこの記事の最後部分で)

それから、バスティアーニ『聖ヒエロニムスの葬儀』。これは見たことのない構図で興味深いものでした。

↓次は、アントニオ・デ・サリバ『受胎告知の聖母』
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↑これは、アントネッロ・ダ・メッシーナの傑作『受胎告知の聖母』を、甥のデ・サリバが模写したものですが、一時はメッシーナの真筆とされていたもので、とても雰囲気はありました。私のような素人には、メッシーナ作品との区別がつきません(汗)


カルパッチョ『聖母マリアのエリザベト訪問』は、イタリア料理の「カルパッチョ」の名前の由来となった画家の色使いがよく出ており、なるほどと思いました。



そして、いよいよティツィアーノの2作。

ティツィアーノは想定の範囲内でしたが、とても良かったです。やはり絵のうまさは抜群で、巨匠であることは間違いありません。
この展覧会の看板作品である『受胎告知』の祭壇画は、縦4m以上もあって、よく運んで来れたものだと感心しました。

↓パンフレット表紙は、ティツィアーノの『受胎告知』
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この絵は、かのサン・サルヴァドール聖堂の目玉ですから、よく来日許可が下りたものです。

石坂浩二さんの音声ガイドには、スペシャルトラック「石坂浩二のヴェネツィア紀行 サン・サルヴァドール聖堂訪問」というのがあり、楽しめる仕掛けとなっています。この中で石坂浩二さんは「世界に数ある受胎告知の絵の中でも、この作品は最も素晴らしい」と述べていました。

確かに、天使が告知に現れた瞬間をとらえており、聖母マリアの戸惑いと驚きの姿が見事に描かれていますね。(個人的には、世界の受胎告知画の中で一番とは思いませんが・・・・ちょっと、うますぎるんだよなあ・・・)

↓チケットはティツィアーノの『聖母子』(アルベルティーニの聖母)
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これも素敵な作品ですね。

上記両作品ともティツィアーノの晩年に描かれたものですが、石坂浩二さんの音声ガイドによると、こういう晩年作品を通じて、ティツィアーノは後世の印象派に通じる絵画への道を開いたのだそうです。

晩年のティツィアーノはタッチがやや荒々しくなり、その芸術性を高めようとする姿勢が見られます。このあたり、時代は違いますが、同じ多作画家の巨匠であるレンブラントの晩年に似ているなあと思いました。



とはいえ、ヴェネツィア派は、ティツィアーノで頂点を極めてしまったと、私には感じました。ティツィアーノ以降の画家は、印象的な作品はありましたが、全体的には、どうも私の肌には合いませんでした。


↓パンフレット裏側下部に掲載されたティントレット『聖母被昇天』(左)とヴェロネーゼ『レパントの海戦の寓意』(右)
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あくまで私見ですが、ティントレットやヴェロネーゼは、要するに劇画チックなんですよね。こんなに、大げさに描いては、かえって神聖さを損なうように感じてしまいます。バッサーノも、うーん・・・

肖像画作品を見ると筆力はあるし、良いものも多々あるのですが、ティントレットとヴェロネーゼの大作は私の個人的好みではないのです。お好きな方、すいません。



それに比べて、身びいきでしょうが、わがカルロ・クリヴェッリは、とても私の好みです。ティントレットとヴェロネーゼの大仰な作品を見てから、クリヴェッリに戻ってきて再会すると、ほっとしました(笑)

クリヴェッリは小品2点で、テーマ も地味で、全展示品中唯一の板+テンペラという古い方法で描かれているのにも関わらず、静謐な神聖さが漂っており、やはり素晴らしいと感じました。油彩画より色に艶と趣があり、緻密かつクリアに残されているのにも驚きました。

硬質な人物描写に、後ろのタペストリーの精密な文様が独特の雰囲気を醸し出しています。神秘的という観点から見ても、クリヴェッリ作品は展覧会中の随一でした。

↓上で紹介したクリヴェッリ作品の絵ハガキを拡大
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左側の聖セバステイアヌスは、3世紀のディオクレティアヌス帝のキリスト教迫害で殉教した聖人で、矢がささっている姿で描かれるのが通例です。矢で瀕死の状態になりますが、聖女イレーネに救われ命を取り留めます。後に、宣教を続けたため、こん棒で殴打され殺されます。
矢を受けても死ななかったことなどから、後世に黒死病から信者を守る聖人として崇敬されました。

なお、クリヴェッリ『聖セバステイアヌス』と『福者ヤコボ・デッラ・マルカ』という作品名についている「聖人」と「福者」との違いは、カトリックにおける称号の違いです。「聖人」のほうが位が高く、次いで「福者」となります。(正教会やプロテスタントでは扱いが異なります)

右側のヤコボ・デッラ・マルカは、15世紀の聖職者で、クリヴェッリが後半生を過ごしたアスコリ・ピチェーノで特に人気があったそうです。18世紀に聖人として列聖されましたが、クリヴェッリが描いた15世紀末の時点では、まだ福者であったので、『福者ヤコボ・デッラ・マルカ』という作品名になっているわけです。

↓『聖セバステイアヌス』の光輪部分(左)と『福者ヤコボ・デッラ・マルカ』の光線部分(右)
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ミュージアムショップで販売さていた図録の解説によると、『聖セバステイアヌス』が頭上に光輪があるのに対し、『福者ヤコボ・デッラ・マルカ』のほうは頭の周りに光線が描かれているのは、聖者(Saint) と福者(Beato) の違いを表しているそうです。

また、図録の解説ですが、『福者ヤコボ・デッラ・マルカ』の下部に「OPVS KAROLI CRIVELLI VENETI」のサインがあるのは、後世の書き加えであるとのことです。なぜなら、クリヴェッリは、祭壇画では中央パネルの聖母子像にしかサインをしなかったからです。この作品は、アスコリ受胎告知教会の多翼祭壇画の端部パネルとされており、独立した絵画ではないのです。

また、X線解析から、複数の人の手による作成痕跡らしきものが見つかっており、全部がクリヴェッリ一人により描かれたというより、クリヴェッリ工房の作品の可能性があると、これも図録の解説にあります。



ヴェネツィアのアカデミア美術館には、クリヴェッリによるアスコリ受胎告知教会多翼祭壇画パネルとしては、聖セバステイアヌス、聖ロッコ、福者ヤコボ・デッラ・マルカ、聖エミディオの4枚が、『4聖人』として収蔵展示されています。そのうち、今回は2枚が来日したわけです。



これで、クリヴェッリ作品は、私にとって実物は、5作品を見たことになります。今後も、海外の教会や美術館を巡って、少しずつ見ていきたいものです。

クリヴェッリ作品は、世界中に散らばってしまっています。とはいえ、そんなに多くの作品は現存しません。(日本の国立西洋美術館にも1点ありますが、常設展示作品ではないのが残念です。)

寡作作家というのは、全作品を実際に見ることが不可能ではないので、ある意味、追いかける対象としては最適です。
私は、これまで、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ジョルジョーネ、フェルメールといった好きな寡作画家の作品を旅の楽しみのひとつとして意識して見てきました。今後は、それにクリヴェッリを加えることにします。



以上、全体的な話と、特に感心した作品について書いてみました。


↓次の展覧会はクラーナハ、これも好きな画家なので行く予定にしています。
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2017年 01月 12日 |
「たびねす」に、私の「アムステルダム国立美術館の記事」が掲載されました。
収蔵品が素晴らしく見学するにもちょうど良い大きさの美術館ですので、とても楽しめます。
また、今回の記事は「たびねす」の仕様変更に伴い、はじめて絵画など15枚の写真をアップしていますので、結構、見ごたえがあると思います。ぜひ、この紹介記事をご覧ください。
どうぞよろしくお願いします。

(41)美の殿堂!オランダ・アムステルダム国立美術館を完全制覇
http://guide.travel.co.jp/article/23758/






当ブログでも、たびねす記事とタイアップして「アムステルダム国立美術館」を、より詳しく紹介させていただきます。


今日は、アムステルダム国立美術館の(私にとっての)目玉というか、一番感動した絵画一枚とその画家を紹介します。
それは、クリヴェッリ(兄)の『マグダラのマリア』です。

↓暗い展示場所でしたが私が気合を入れて撮影したカルロ・クリヴェッリ『マグダラのマリア』(手持ち撮影)
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どうです、美しいと思いませんか?
私はこの絵の前に立って、あまりの素晴らしさに、30分ほど動けませんでした・・・・
感動の発見。新たな出会い:ドキドキわくわくが生まれた瞬間でした。


この絵はさほど有名ではなく、作者のカルロ・クリヴェッリに至っては、日本ではほとんど知られていません。私も昔は知らない画家でした。
『マグダラのマリア』は、前評判や評論家のオススメではなく、あくまで私が自分自身の目で見て衝撃を受けた作品です。


この絵のほうは、全く知らなかったわけではありません。
以前、澁澤龍彦の著作で読んだ記憶があり、最近はキリスト教史を勉強していく過程で、岡田温司『マグダラのマリア―エロスとアガペーの聖女 (中公新書)』の図番で見たことがありました。小さな図番でしたが、とても印象に残り気になる絵でしたので、アムステルダム国立美術館に行く際は、有名画家の主要作品を見た後で探してみようと、裏の目的として心に秘めていました。

そこで、家にある『世界の美術館34』(15年前に購入したもの)のアムステルダム国立美術館の紹介をあらかじめ読んでおきました。

↓『世界の美術館34』
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↓『世界の美術館34』の展示場所紹介ページ(右下に『マグダラのマリア』の小さな図番があり2階が示されていますね)
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オランダに着き、アムステルダム国立美術館の2階の現場で、まずは、この美術館の看板作品であるレンブラントの『夜警』やフェルメールの『牛乳を注ぐ女』などの名作を存分に堪能してから、『マグダラのマリア』を探しました。

アムステルダム国立美術館は、ルーヴル美術館やエルミタージュ美術館に比べると単純な構造で、見やすい配置になっています。それにもかかわらず2階のどこを探しても『マグダラのマリア』は見つかりません・・・2階全部屋全作品を確認しましたが、ありません・・・うーん、困った。

この美術館は大きくリニューアルされており上記の『世界の美術館34』の展示場所紹介ページは全く役に立ちません。予想外でした。

グランドフロア入り口でゲットした日本語フロアガイドでも、『マグダラのマリア』は載っていません。

↓日本語フロアガイド
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ひょっとして常設展示ではなくなってしまったのでは・・・と不安に思い、尋ねてみることにしました。
美術館の監視員は各部屋にいるのですが、その監視の仕事を中断させるのは気が引けます。それに監視員に英語が通じるかどうか分かりません。

そこで、0階グランドフロアまで降りてチケット売り場で聞こうと考え、2階廊下に出ました。するとそこに、名札をつけた親切そうな中年男性の美術館員が立っています。そこで、思い切って下手な英語で聞いてみました。

「 Excuse me. Where is St Mary Magdalene, painted by Carlo Crivelli? 」

するとそのおじさんは、にこやかにうなずいて、「 Zero floor! ground floor 」と教えてくれました。つまり0階にあるということです。良かった。
その学芸員風おじさんにお礼を言って、さっそく0階に降りて探しました。


0階は出入り口のある階でカフェやショップががあるため、展示室が大きく東西に分かれています。その西北隅に行くと祭壇画が多く飾られたコーナーがあり、この辺だなと直感しました。

↓祭壇画コーナー
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祭壇画コーナーの中央にはフラ・アンジェリコの素敵な聖母子像があります。その部屋の角を出ようとすると、まさにその出口にありました『マグダラのマリア』!!

やっとご対面です。
いやあ素晴らしい。思ったより大きく、まさに等身大です。

ビザンティン美術風の流れを汲む精緻な豪華さと、まるでアールヌーヴォーと見紛う装飾的な画風は、華麗で品格もあり、「美しい」という表現がピッタリです。

期待以上の見事な作品で、私は、しばらく呆然として立ち尽くしました。(このフロアはすいていて、ほとんど誰も見ていません)
自分の眼で確かめ、納得するまで絵を見てから、気持ちを込めて撮影したのがこの記事最初の写真です。

暗いので失敗ないよう何枚か撮りました。(この美術館はフラッシュと三脚を使わなければ写真撮影可ですが、暗い展示が多いので手ぶれしやすくカメラマンの技術が問われます)

↓ナナメ横から、少し引いた展示風景も撮影(展示版の左裏に人影が写っているので絵の大きさが分かりますね)
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↓上半身を拡大撮影・・・色合いの再現が難しいです。記憶色という意味では、記事最初の全体写真のほうが本物に近いと思います。
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右手はマグダラのマリアのアトリビュートである香油壺を掲げています。手が大きく描かれておりマニエリスム的誇張のようですが、とても印象的でモダンな感覚を感じさせるものとなっています。
この写真の色再現には微妙に自信がありませんが、造形の秀逸さと、きわめて精緻に描かれていいることはお分かりになると思います。

↓さらに顔の付近を拡大
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これは良い画家を発見したと思い、アムステルダムを出た後、フランクフルトにしばらく滞在したおりに、シュテーデル絵画館で、クリヴェッリの祭壇画2点を見て、これも良いなあと感じました。

それから、カルロ・クリヴェッリについていろいろ調べてみました。
しかし、マイナーな画家なので、なかなか情報がありません。


何より、この『マグダラのマリア』が、祭壇画として書かれたものかどうかが判然としません。

インターネットで調べると、クリヴェッリのファンという方のサイトを見つけました。それが、cucciolaさんの 「ルネサンスのセレブたち」というブログ です。イタリア在住の主婦の方で、イタリア語の本を読んでクリヴェッリについて勉強されているようです。すごいですね。

そこで、メールで連絡をとり、『マグダラのマリア』が祭壇画なのかどうかを質問してみました。
すると、親切に以下の回答をいただきました。

マグダラのマリアは「祭壇画の一部であったという説は現在はほぼ否定されています。というのも、クリヴェッリは自分のサインを、祭壇画を描く際には、中央の聖母子像に書くのが通常であり、祭壇画の脇を飾る聖人にサインすることはなかったそうです。ところが、この『マグダラのマリア』にはしっかり、『OPVS KAROLI CRIVELLI VENETI』のサインが向かって右下に入っています。そのため、単独の作品として描かれたのではというのが通説です。」

わざわざ詳しい返答をいただき、有難いことです。cucciolaさんにおかれましては、この場をお借りしまして深く御礼申し上げます。


この『マグダラのマリア』という絵は、マグダラのマリアを深く信仰していた貴族の依頼で描かれた単独の絵なんですね。祭壇画ではないからこそ、クリヴェッリは、ここまで大胆に思い切り艶やかに描いたのかもしれません・・・


クリヴェッリの絵では、聖母マリアはきわめて真面目な愁いを含んだ厳粛な雰囲気で描かれているのですが、マグダラのマリアは華麗で美しく魅力的に描かれています。

厳粛な聖母マリア祭壇画の例
↓『ろうそくの聖母』(ミラノのブレラ美術館蔵・・・元はカメリーノ聖堂多翼祭壇画の中央部パネル)
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華麗なマグダラのマリア祭壇画の例
↓『モンテフィオーレ三連祭壇画のマグダラのマリア』(元は聖フランチェスコ教会の21面パネル多翼祭壇画の中段最右翼端部)
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聖母マリアに代表されるようにクリヴェッリの描く聖人たちは、どれも哀しみの想いを漂わせています。しかし、マグダラのマリアだけは、違うのです。
アムステルダム国立美術館の『マグダラのマリア』は、つんとすましたような表情で、『モンテフィオーレ三連祭壇画のマグダラのマリア』は、まるで妖しく微笑んでいるように見えます。どちらの作品も顔といい所作といい、とても魅惑的な描き方です。


なぜ、マグダラのマリアだけは、こんなに雰囲気が違うのでしょうか?


以下は私の独自の解釈です。

あくまで勝手な独断的私見ですが、マグダラのマリアはクリヴェッリの愛した(ヴェネツィア追放の原因となった)女性がモデルではないかと想像します。
二度と故郷のヴェネツィアに戻らず、マルケ地方の田舎に埋もれてひたすら真面目に宗教画を描き続けたクリヴェッリですが、マグダラのマリアだけには生涯忘れ得ない愛する女性の面影を反映させたのではないでしょうか。





次に、クリヴェッリに関する本を紹介しておきます。

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日本で最初にクリヴェッリを本格的に紹介したのは、澁澤龍彦で、彼は美術評論の本の随所にマグダラのマリアについて書いていますが、残念ながらクリヴェッリ専門の本は書いていません。そこで一例として、少しだけ短文を紹介します。


・・・・アムステルダムの「マグダラのマリア」を見てもお分かりのように、髪の毛の束になってうねった、額のひろい、眉毛のほそい、鼻の先のとがった女の顔には、いうにいわれぬ冷たい知的な気取どりがあって、私たち現代人にも強く訴えかけてくる要素がある。・・・・

                        『西欧芸術論集成(上)』澁澤龍彦(河出文庫)より


澁澤龍彦は、クリヴェッリの描いた顔は男であれ女であれ「独特の精神性をあらわしていて、すばらしく美しい」と述べています。 
余談ですが、澁澤龍彦は、私の好きなクラーナハ(クラナッハ)も愛好しており、いろいろ書いておられます。また、最近巷で人気の伊藤若冲については、はるか昔から評価しておられました。その優れた慧眼には驚かされるばかりです。

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ピエタ研究家の塚本博の著作にもクリヴェッリに言及されたものが少しあります。今後の塚本先生の著作を期待したいです。ほんのちょっとだけ短文を紹介。


・・・・彼が創造した聖母マリアやマグダラのマリアは、現代にも通じるようなモダンで洗練された女性像である。・・・・

                        『すぐわかる作家別ルネサンスの美術』塚本博(東京美術)より

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クリヴェッリ専門の日本語の本としては、以下の三冊があります。御興味のある方は参考にしてください。


(1)『カルロ・クリヴェッリ画集』 吉澤京子 (ピナコテーカ・トレヴィル・シリーズ) 
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↑この本は絶版で、トレヴィル社も倒産して古本で稀にしか手に入りません。しかも稀少本として値段が跳ね上がっています。いつも私の利用する自治体の図書館には所蔵されていないので、今後、大きな図書館で探ってみることにします。



(2)『カルロ・クリヴェッリ―マルケに埋もれた祭壇画の詩人』  石井曉子 (2008/9 講談社出版サービスセンター)
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↑これは、まだ十分に流通しているので、さっそく買って熟読しました。

この本は、基本的に「旅行記プラス研究まとめ」という感じですが、クリヴェッリに出会い研究していくことになった著者の情熱が感じられる本で好感が持てました。著者の人生も感じさせます。ただ、『マグダラのマリア』についてはほとんど書かれていないのが残念でした。

クリヴェッリについての詳しい年譜や全作品一覧表・用語解説もあるので、クリヴェッリ入門に最適な本として、おすすめします。



(3)『カルロ・クリヴェッリの祭壇画』 石井曉子 (2013/2 講談社ビジネスパートナーズ)
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↑この本は購入予約し取り寄せ手配中です。(2)と同じ著者になるもので、世界中の美術館にバラバラに散らばったクリヴェッリ祭壇画の元の姿を誌上で復元する試みなどがあるようです。読むのを楽しみにしています。



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現在(1月15日まで)、大阪の国立国際美術館で「ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち」というのをやっています。カルパッチョ、ティツィアーノ、ティントレット、ヴェロネーゼといったヴェネツィア派の画家たちの作品がメインですが、クリヴェッリの作品も2点展示されています。
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ただし、この展覧会のクリヴェッリ作品は、ヴェネツィアのアカデミア美術館所蔵の『聖セバスティアヌス』と『福者ヤコポ・デッラ・マルカ』で、少し変わった絵たちです。特に『聖セバスティアヌス』に至っては身体に何本もの矢がささって死にかけているという残酷なもので、(聖セバスティアヌスの絵としては当たり前なのですが)キリスト教史に興味のない方にとっては薄気味悪い作品でしょう。
この二作でクリヴェッリに初対面する人が多そうなのは、ちょっと残念な気がします・・・・クリヴェッリの魅力は、なんといっても、愁いを含んだ聖母マリアと、華麗なマグダラのマリアなんですから・・・・

この展覧会のくわしい感想については、後日、ブログでアップする予定です。

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以上、少しでもクリヴェッリのファンが増えて、クラーナハや伊藤若冲のように盛り上がってほしいと、いろいろ書いてみました。





カルロ・クリヴェッリさん、よくぞ素敵な絵を残してくれました。ありがとう!

私は、単なる評判に頼ることなく、自分の目で発見し、感じたことを大事にしたいと思っています。
ロシアのエルミタージュ美術館では、 クラーナハの 『林檎の木の下の聖母子』 に出会いましたし、今回のアムステルダム国立美術館では、クリヴェッリの『マグダラのマリア』に感動しました。



まだまだ世界には、ドキドキわくわく、意外な、ときめきの出会いと発見がありますね!
これだから、旅はやめられません。



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2016年 12月 21日 |
今日は、大聖堂の内部写真です。

内部は意外にシンプルで、すっきりしています。落ち着いた赤い色調が横溢し、敬虔な気持ちになる大きな空間でした。
ゴテゴテ感はなく、広い大聖堂のあちこちに少しずつ貴重な品がちりばめらているという雰囲気でした。

以下、簡単な解説で、一挙に15枚の写真をアップします。

↓入場し、内部扉門から見た大聖堂内部
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↓とても広い空間です。
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↓このパイプオルガンはドイツ最大級のものだそうです。
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↓ステンドグラスも上品なものです。
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↓色調も派手ではありません。
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↓この大聖堂で美術品として最も貴重な作品。ヴァン・ダイクの絵画「キリストへの哀悼」
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↑奥の祭壇に向かって左側の翼廊に掲げられています。これは、キリストが息絶えた後、十字架から降ろされ、家族と弟子たちが取り囲んでいるところを描いた名作です。

この作品を、呆然と眺めていると、寄ってきたドイツ人老男性が、私に「This is the most important articles.」 と親切に教えてくれました。

↓上の絵の写真を拡大し、下部のアンソニー・ヴァン・ダイク(A・van・DYCK)と銘された額部分を掲載します。
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↑聖母マリアは一番上で天を仰ぎ見る姿で描かれているので、キリストの足を抱く女性は(あくまで私見ですが)マグダラのマリアではないかと思います。


↓見事なレリーフ
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↓祭壇(その一)
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↓祭壇(その二)
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↓祭壇(その三)
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↓ヴィア・ドロローサのレリーフが、数多くありました。
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↓ヴィア・ドロローサの 「ヴェロニカがイエスの顔を拭く」 場面ですね。聖顔布伝説の生まれた瞬間です。
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↓壁面に飾られたエンブレム
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↓最後はピエタ像です。
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なお、バルトロメウス大聖堂の正確な位置については、こちら の、たびねす記事上に埋め込まれたグーグル地図をご覧ください。


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2016年 10月 21日 |
ヤズルカヤ遺跡では、小ギャラリーの下に、通称大ギャラリーがあります。

↓これが大ギャラリーです。
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小ギャラリーより開けた場所にあるので、より風化が進んでいますが、まさに岩のカンヴァスという感じです。

ヤズルカヤには、多くの神々が描かれており、当時は多神教の世界であったことが分かります。主神テシュプとその配偶神ヘバト、息子のシャルマ神、さらには有翼の神、剣の神、太陽神、月の神、冥府の神なども見られます。男性神はとんがり帽子に丈の短いスカート状の衣類を身に着けており、女性神は円筒状の被り物に長衣姿が多いようです。

↓多くの神が描かれているようですが、判然としません。
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↓下の説明看板の下部の神々のようです。
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↓これは、トゥドハリヤ4世のレリーフです。上の写真(説明看板)上部では Great King すなわち大王と説明されています。
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↓左側から男神が、右側から女神が描かれています。
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神のレリーフは、ほとんどが身体は正面を向いて、顔は横を向いて刻まれており、これがヒッタイトの正式な様式と考えられます。バビロニアやエジプトの彫像とも似ている部分もあり、後のペルシアなどにも影響を与えました。古代オリエント世界の文化の交流は、想像以上に活発であったのです。

↓相当風化が進んでいます。
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↓黄泉の国の12神像(前回、紹介しました小ギャラリーの12神像より摩耗しています)
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↓そこで、風化しているレリーフにドラマチックトーンを使ってみました。長衣姿なので女性神のようです。
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↑アートフィルターのドラマチックトーンで現像すると陰影が強調されるので、こうした風化した遺跡を撮する際には役に立ちます。私は日本の  石仏  などにも使います。


ヒッタイトの遺跡は、エジプトのような乾いた砂漠地帯ではなく、高度1000m以上の山岳地帯で風雨に晒される場所にあるため風化が進んでいますが、それでも3000年以上前の浮彫が多く残されていることが素晴らしいです。ヒッタイト帝国の隆盛していた当時は、さぞ見事な装飾が施された岩壁と神殿が佇立していたことでしょう。


ヤズルカヤ遺跡の入り口には、土産物店の小屋が並んでいましたが、3月という季節柄、一軒だけが開店していました。

↓右端に立っている男性が土産物屋の店主です。後方遠くにトルコの山々が雪をかぶっているのが見えます。
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↓単なる土産物屋ではなく、黒い石を削ってレリーフを浮きだたせる本格的なものを売っていました。茶色いのは粘土板のようです。
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↓石彫りを実演してくれました。確かにテクニックは見事で、絵柄も双頭鷲や動物などセンスが良いです。
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↓最後は、ヤズルカヤ遺跡に咲いていた野の花です。とても綺麗でした。人の手による工芸も良いですが、自然の造形もまた素晴らしいものです。
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More 写真展のお知らせ
2016年 09月 13日 |
巨大墳墓遺跡ナグシュ・ロスタムには、墳墓だけでなくレリーフもあります。

この王墓群を造ったアケメネス朝ペルシアは、紀元前331年、アレクサンドロス大王(アレキサンダー大王)の攻撃により滅亡しました。

アレクサンドロス大王はヨーロッパ人にとっては英雄ですが、ペルシア人にとっては破壊者以外の何者でもありません。聖都ペルセポリスを徹底的に破壊し財宝を略奪し人々を虐殺しました。さらに、ペルシア帝国の創始者キュロス2世墳墓をあばき宝物を持ち去りました。
ただし、ここナグシュ・ロスタムの墳墓群は、からっぽの穴があるだけなので、破壊を免れたのです。


こうしてアケメネス朝ペルシア帝国がアレクサンドロス大王に滅ぼされてから約500年後のAC3世紀に、ササン朝ペルシア(サーサーン朝ペルシャ)帝国が勃興しました。
ササン朝ペルシアは、本来のペルシア(イラン高原のパールス地方)のゾロアスター教神官階級の出自でしたので、はるか昔の栄光のペルシア帝国の復興をめざしたのです。

そのササン朝ペルシア帝国の初代君主アルダシール1世は、オリエントの支配者として「エーラーンの諸王の王(シャーハーン・シャー)」という君主号を名乗り、このナグシュ・ロスタムに王権神授のレリーフを彫らせました。

↓王権神授のレリーフ(ササン朝ペルシア帝国誕生の場面)
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↑右側には、バルサム(聖枝)を左手に持ったゾロアスター教のアフラ・マズダ神がおり、左側にいるアルダシール1世に王のシンボルであるリボンのついたリングを渡しています。
また、アフラ・マズダ神が乗っている馬は悪神アフリマンを踏みつけており、アルデシール1世が乗っている馬はパルティアの王を踏みつけています。

アルダシール1世は、ゾロアスター教の神官階層からの出身で、ゾロアスター教を重要視し、ペルシア帝国の再興をめざしました。そのため、栄光のアケメネス朝最盛期4代のダフマ(ゾロアスター教的王墓)のあるこの磨崖に、レリーフを刻んだのです。

ペルセポリスやパサルガダエが破壊されていたので、ここナグシュ・ロスタムに刻むしかなかったのでしょう。
われわれ後世の見学者は、ここで、ササン朝ペルシア帝国誕生の瞬間を見ていることになるのです。


ゾロアスター教については、こちら。他の宗教への影響に関しては、こちら

↓同じく関連レリーフと周辺状況
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さらに重要なレリーフがあります。
それは、歴史の教科書に登場する有名なもので、紀元260年にペルシアがローマ皇帝を捕虜とした場面が描かれています。

↓ローマ皇帝を捕虜としたレリーフ
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↑右側の馬上のシャープール1世にひざまずいて命乞いをしている左下の人物がローマ皇帝ヴァレリアヌスです。
そのヴァレリアヌス帝の横に立っているのもローマ皇帝のピリップス1世(フィリップス・アラブス)で、ペルシアに降伏しメソポタミアからアルメニアまでペルシアの版図としてしまった人物です。

このように、ペルシア帝国のシャープール1世は、ローマ帝国に対する優位を誇示し、これ以後、「エーラーンと非エーラーンの諸王の王」(エーラーン=アーリア=イランと非イラン世界全ての王)称号を名乗ったのです。


ササン朝ペルシア帝国のアルダシール1世の後を継いだシャープール1世は、対外戦争や征服事業に従事し、強勢を誇り王権を盤石なものにしました。
ローマ帝国と何度も戦争をしましたが、ほぼペルシア優位に展開し、AC244年にはローマ皇帝のゴルディアヌス3世を敗死させたとされます。このペルシア側資料が、ここナグシュ・ロスタムにあり「ゴルディアヌスは殺され、その軍隊は壊滅した」と刻まれています。
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歴史的文書を多く残しているローマ帝国ですが、ヴァレリアヌス帝が捕虜になった件やゴルディアヌス3世が敗死した件については、暗黙に認めてはいるものの、ほとんど書かれていません。よほど屈辱的で、消し去りたい歴史だったのだと思います。(歴史はヨーロッパ側資料だけでは一方的で真実が見えません)

これに対して、ペルシア側には多くの証拠資料・遺跡が残っています。このナグシュ・ロスタムは、その最も有名な場所です。

ローマ帝国にとって、ゲルマンなどの蛮族はやっかいな侵入者であっても、組織された強国ではありませんでした。あくまで、ローマ帝国にとって、パルティア~ササン朝ペルシア帝国と続くイラン系の東方専制君主帝国が主要な大敵であり、軍事的には常に仮想敵国であり続けました。

ローマ皇帝ヴァレリアヌスがペルシアの捕虜になった時代は、軍人皇帝時代というローマ帝国の危機の時代でもありました。(3世紀の危機と呼ばれ、あやうくローマ帝国が滅びかけたのですが、そのあたりのローマとペルシアの関係について詳しくは下の More  ローマとペルシアの争い をご覧ください))

ディオクレティアヌス帝の登場により何とか危機を脱しますが、以降ローマ帝国はドミナートゥスという皇帝権力を強化した東方専制君主的な支配体制へと移行します。



現在のナグシュ・ロスタムは、高原土漠の中にある長閑な遺跡です。近くに人家もなく、茫漠たる大地の上に巨大な磨崖が静かに佇立しています・・・

↓少しだけ売店があり、観光客が集まっています。
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↓売店に並べられた商品。ペルシア意匠彫物やゾロアスター教関係のものが多かったです。
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↓くさび形文字で名前を書く商売をやっていました。簡易ジュース屋さんでもあります。
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↓最後に駐車場から、遺跡の全容を振り返って、ナグシュ・ロスタムをあとにしました。
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<お知らせ>

ようやく仕事が落ち着きましたので、旅行に出ることにします。国内旅行ですが、しばらく留守にしますので、ブログも休ませていただきます。
今回は、詳細は行き当たりばったりですが、主な目的地は決めています。多分、中程度の旅になりそうです・・・・

それでは、ほんのしばらく、皆さんごきげんよう!



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More ローマとペルシアの争い
2015年 12月 26日 |
ラファエロの間には、16世紀イタリアの陶器(マジョリカ焼)が大切に飾られており、その中に、ラファエロの2作品があります。

↓ラファエロの間
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↓まずは、二重のガラスに守られたラファエロの『コネスタビレの聖母』です。
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ラファエロの最初の円形型母子画(ドント)とされています。
この作品は、ラファエロが若き日に修行したイタリアのペルージャに住むコネスタビレ伯爵が所有していたもので、ペルージャの至宝と呼ばれていました。伯爵は経済的困窮からこの絵をロシア帝国に売却しました。

額縁もラファエロ自身のスケッチを元に作成されたもので、絵が描かれていた板と同じ材質だそうです。

↓『コネスタビレの聖母』は、小さな作品なので、ちょっと近づいて、大き目に撮影してみました。
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『コネスタビレの聖母』は、ペルージャ派の画風がまだ濃厚ですが、それから数年して描かれたのが、下のエルミタージュ二枚目のラファエロ作品『聖家族』です。

↓『聖家族』
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この作品は『髭の無い聖ヨセフのいる聖家族』あるいは『聖母子と髭のない聖ヨセフ』とも呼ばれています。
ラファエロがペルージャ風を脱して、フィレンツエなどで巨匠たちの影響を受けて画風を変えていく時期に描かれたものです。

ラファエロとしては数少ない「風景が覗き見える窓が描かれた作品」でもあります。


ラファエロは、究極の聖母の画家であり、その優雅で調和に満ちた作品は、ルネサンスの古典的様式の頂点を体現しています。37歳でラファエロが夭折すると、安定感を脱したマニエリスム様式が主流となり、ラファエロの穏やかな世界から遠ざかっていきます。


かつて、ラファエロ作品はエルミタージュに5点あったそうですが、スターリンによって売られてしまい、現在は上記の2点のみが展示されているとのことです。


↓ロ・スパーニャ『聖母子』
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この小さな作品もラファエロの間にあり、二重ガラスで保護展示されていました。
日本では全く注目されない作品ですが、ロシアではとても大切にされているようです。

これは、ルネサンス期ペルージャ派の作品のひとつです。
このロ・スパーニャをはじめ、ペルジーノ、ピントゥリッキオ、ラファエロ初期作品は、やはり割と似ています。
ラファエロは、ここからフィレンツェ、ローマへと移って行き、レオナルド・ダ・ヴィンチなどの巨匠の影響を受けながら独自の世界を切り開いてゆくのです。


ラファエロの間に隣接してラファエロの回廊(開廊とも書く)があります。

↓ラファエロの回廊
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エカテリーナ2世は、ヴァチカン宮殿の回廊に描かれたラファエロのフレスコ画を気に入り、その複製を注文し、それから、エルミタージュにヴァチカンを模した回廊をわざわざ造り複製絵画を完璧にはめこんだのです。
今ではヴァチカンのラファエロのフレスコ画の原画は部分的に失われてしまったので、非常に貴重なものとなっています。

実際に見てみると、ラファエロの回廊は、とても美しい見事な空間でした。

↓ラファエロの回廊の天井
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