模糊の旅人
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2017年 11月 23日 |

「たびねす」に、私の「モロッコ最大の古代遺跡ヴォルビリス」の紹介記事が掲載されましたのでお知らせします。
2000年前のモザイクが、現場で間近に見学できる非常に貴重な遺跡ですので、ぜひご覧ください。どうぞよろしくお願いいたします。





本ブログでも、「たびねす」とタイアップして、モロッコ文明の発祥地でもあることから、より詳しいヴォルビリス遺跡を書いてみます。


モロッコはアフリカ大陸の西端にあり、ジブラルタル海峡を挟んでヨーロッパ大陸と接しており(イベリア半島と最短でたった14km!)、古くから経済文化の交流する場所でした。


有史以前もモロッコとイベリア半島は文化を共有しており、同じような民族(現在のベルベル人やバスク人の祖先)が住んでいました。
その後、ケルト人が中欧地域からイベリア半島に進出してきました。ケルト人が西欧のネイティブというのは誤った認識で、ケルト人もゲルマン人と同じように後から民族移動してきた人たちです。

歴史時代に入ると、紀元前12世紀頃からフェニキア人が、北アフリカからイベリア半島まで進出、地中海全域で活躍し、カルタゴを中心に大繁栄しました。ここヴォルビリス遺跡でも、フェニキア人の痕跡が発掘されているうそうですが、まだ詳しくは分かっていません。ただ、モロッコに最初の都市文明をもたらしたのが、フェニキア人であったのは間違いありません。


しかし、イタリア半島の都市国家ローマが勢力を拡大してきました。紀元前3世紀から紀元前2世紀のポエニ戦争でローマに敗れたカルタゴは壊滅し、フェニキア人は滅亡しました。


やがてローマは地中海世界を制覇し、現在のイベリア半島もモロッコも同じようにその支配下に入りました。

↓ヴォルビリス遺跡入り口にあった、ローマの全領土を示す地図。

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↓上記地図のイベリア半島とモロッコ付近を拡大。図左下、私が黄色で線を引いた場所が、ヴォルビリスで、当時、マウレタニア・ティンギタナというローマ属州(北アフリカ西部)の首都でした。

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モロッコ北中部のこのあたりは、北にリフ山脈、南に中アトラス山系(モワイヤン・アトラス)に囲まれた標高500m前後の広い高原地帯で、気候が快適で適度な雨も降り、肥沃な地域でした。

この後、聖都ムーレイ・イドリスや旧都フェズ、新都メクネスのいずれも、この高原地帯に築かれます。まさに、ヴォルビリスを嚆矢とするモロッコ文明の揺籃の地といえるでしょう。(日本でいえば奈良~京都一帯にあたります)

↓ヴォルビリスに近づくと、丘の上に、遺跡が聳えているのが分かります。

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ヴォルビリスは、モロッコ最大の古代遺跡であるとともに、モザイク画は現場に残されているものとしては世界有数の保存状態を誇ります。
また、1997年にモロッコ2番目の世界遺産として登録されました。

↓ヴォルビリス入り口にある、ユネスコ世界遺産登録記念標識

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↓ヴォルビリスに入場すると、ドームが迎えてくれます。

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この階段を上り、右側の小道を、丘の上へと遺跡をたどります。その丘の上には邸宅跡が並んでいます。

ヴォルビリスの邸宅の多くは、そこに描かれているモザイクの題材から名付けられています。モザイクのある中庭(パティオ)を囲む邸宅の構造になっており、当時の人々の豊かな生活の様子を知ることができます。この中庭を中心とした家屋構造は、モロッコの都市家屋建築に大きな影響を与え、後にフェズの迷宮都市に至る先駆けとなったのです。

↓邸宅跡と遺跡情景3枚

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↓ん、これは何だ?? よく分かりませんでした、ご存知の方がおれれましたらメールでご教示ください。(現在、知り合いの識者の方にも問い合わせ中で、判明したら追記します)

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邸宅跡のひとつに、通称ヴィーナスの家と言われる邸宅跡があります。ここには、綺麗なモザイクがあります。

↓ダイアナ(アルテミス)がニンフと水浴しているところを、人間の狩人アクタエオンに見られてしまうという逸話が描かれたモザイクです。

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↓アップで

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↓もっと拡大撮影

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↓さらに、ヘラクレスの子ヒラスがニンフたちに訓練を受けている場面のモザイクもあります。

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なかなか見事なモザイクで、2000年の風雨に耐えて、こうして屋外で残っていることに驚きました。モザイクという様式の凄さに、改めて感心した次第です。



↓ヴォルビリス遺跡(前編)のオマケ「遺跡、クロウタドリ飛ぶ!」

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2017年 11月 18日 |

皆さま、お元気ですか?

私は元気に帰ってきました。楽しくてとても有意義な旅でした。また、ブログや「たびねす記事」を書いていきますので、今後ともご愛顧のほど、どうぞよろしくお願いします。


ブログでは、次回からモロッコの歴史順に観光スポットを紹介して行こうと思いますが、今日だけは、まず最新の、タイムリーな話題を一本載せます。



11月11日(土)、夕刻、モロッコの旧都マラケシュの中心部のジャマ・エル・フナ広場をゆっくり見学していました。

↓暗くなってくると、フナ広場の店舗や屋台の明かりが輝き、なんんとも妖しげで美しい雑踏の雰囲気でした・・・

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すると、18時頃、突然、広場全体で「ウオーッ!ウオーッ!」という超大きな叫びが響き渡り、抱き合う人々や歓喜の拍手も起き、びっくりしました。

これは、サッカーのW杯アフリカ最終予選の最後の試合(コートジボワール対モロッコ)が行われており、モロッコが試合前半に先取点を挙げた瞬間でした!


アフリカ最終予選C組・最終戦、首位のモロッコと二位のコートジボワールの決戦で、勝った方がワールドカップに出場するという文字通りの天王山。試合はコートジボワールで行われているので、モロッコの人々は、かたずを飲んでTVを見守っていたのです。

コートジボワールといえば、かつて英雄ドログバ(プレミアリーグ得点王)もいたサッカー強国です。アフリカ最終予選C組の他の国:ガボンとマリは弱いので、事実上、モロッコとコートジボワールの争いとなり、その決着が今夜つくのです。


この五分後、また「ウオーッ!ウオーッ!」という大きな叫びが響き渡りました。モロッコが二点目を挙げたのです!



その後、フナ広場近くのイタリア料理レストランで夕食(ピッツア)を食べていると、客も店員もTVにかじりついています・・・

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私も、ちらちらとTVを見ながら、食事をしました。私はサッカーの試合そのものより試合状況に熱中する店員や客の表情に興味があります(汗)・・・皆さん、惜しいシーンやピンチに一喜一憂しています。


試合後半はコートジボワールが押し気味でしたが、両チーム無得点で、ついにモロッコが勝利! レストラン中、皆で歓喜の輪が広がります。


↓帽子をかぶった店員と興奮した客が抱き合っています。

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↓店のTVを撮影

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これで、モロッコは20年ぶりの、サッカー・ワールドカップ出場を果たしたのです!
いわば、マラケシュのレストランで歴史的瞬間に立ち会えたわけで、そういう意味では良かったのですが・・・



食事後、道路に出てみると、モロッコの旗を掲げた若者が、歓喜のバイクの暴走をはじめました。

そこで、私は、その暴走バイクを流し撮り・・・・

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その夜、フナ広場は、歓喜の群衆で埋め尽くされたそうです。

↓ホテルに帰り、部屋のTVをつけてみると、話題はこのW杯出場のことばかり。

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大騒ぎで、ちょっと怖いので、深夜は、私はホテルで大人しくしていましたが、明け方まで騒ぎ声が聞こえ、やかましくて寝苦しかったです。。。。



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