模糊の旅人
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2017年 02月 23日 |
Ima Spain wo achikochi mawatte imasu.

GENKI de TABIsite imasu. GOSINPAI NAKU.

Korekara Portugal ni mukai masu.

Ika, Spain no inaka no fuukei wo goran kudasai.
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I'm stil now in the middle of a trip.

Soon, I'll leave Spain for Portugal.

Many thanks for your concern!




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2017年 02月 16日 |
<お知らせ>

しばらく、日本語ネット環境の無い場所を旅しますので、ブログ更新を休ませていただきます。
主にスペイン~ポルトガル方面の田舎を回ります。

来月上旬には帰国して、ブログを再開する予定ですので、その節は、またよろしくお願いいたします。




さて、フランクフルトのマイン川沿いのベンチに座って休憩していると、大きな鴨のような野鳥が集団で舞い降りてきて、目の前に寄ってきました。
トラムのレールの上を餌をさがして歩き回っています。

最初エジプトガンかと思ったのですが、よく見ると地味な顔をした大きな鴈です。これは間違いなく、ハイイロガンです!
このハイイロガンは、日本ではめったに見られないので、あわてて撮影しました。以下、4枚の写真をご覧ください。
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ハイイロガンは、先般お見せしました エジプトガン より、さらに大きくがっしりした体形の鴈で、ロシア方面で夏に繁殖し、冬はアフリカ北部に渡って越冬します。
ドイツ南部で初冬に居たわけですが、渡りの途中であったのかも知れません。

なお。家畜のヨーロッパ系ガチョウ(goose)は、このハイイロガンを飼いならしたものです。(ちなみに、中国系ガチョウはサカツラガンを、アヒルはマガモを家畜化したもの。)

フォアグラをはじめ、ダウンジャケット、羽根布団、『マザーグース』、『ニルスのふしぎな旅』、シャトルコックなど人間の文化に大きく貢献してきた生き物の元の姿が、この野鳥なのです。





それでは、皆さん、しばらくの間、ごきげんよう!


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2017年 02月 12日 |
エルミタージュ美術館のルネサンス絵画については、すでに こちら で書きましたので、今回は残されたヴェネツィア派絵画について書いてみます。


エルミタージュ美術館には、ヴェネツィア派最大の巨匠ティツィアーノの作品が10点もあります。

ティツィアーノはヴェネツィア派を代表する画家で、長命であったことから多くの作品を残しました。
上手さ抜群の筆使いで、大胆かつ表現力豊かな世界を展開し、祭壇画、宗教画、神話画から肖像画・風景画に至るまで多様な作品を描き、盛期ルネサンス期のヴェネツィアの芸術をけん引しました。


ティツィアーノ『懺悔するマグダラのマリア』(悔悛するマグダラのマリア)
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『懺悔するマグダラのマリア』は、ティツィアーノ作品として宗教性と官能性を併せ持つことから絶大な人気があり、広く賞賛を受けたテーマで、何度も描かれました。

エルミタージュ美術館のものは、1560年代のティツィアーノの晩年の作品で、シリーズ作品の中では表情が最も迫真的で見事なもの。ティツィアーノが到達した円熟の境地を示しています。


<参考>
↓最初期のティツィアーノ『懺悔するマグダラのマリア』(ピッティ美術館蔵)1533年ころ
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↓中期のティツィアーノ『懺悔するマグダラのマリア』(J・ポール・ゲティ美術館蔵)1560年ころ
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↓晩年のティツィアーノ『懺悔するマグダラのマリア』(カンポディモンテ美術館蔵)1565年ころ
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エルミタージュの『懺悔するマグダラのマリア』は、時期的に、おそらくJ・ポール・ゲティ美術館蔵の作品とカンポディモンテ美術館蔵の間に入るものと考えられます。

後期になればなるほど、マグダラのマリアの着衣が多くなっています。これは当時、北ヨーロッパで宗教改革の嵐が吹き荒れたのと、それを意識したカトリック側の宗教会議「トリエント公会議」で教義の再確認と風紀引き締めが行われた影響と思われます。


新約聖書の登場人物としては、マグダラのマリアは最も興味深い存在で、聖書外典として2世紀頃、すでに『(マグダラの)マリアの福音書』が書かれていました。
その後、長い歴史の中で、元娼婦と類推する考え方からイエス・キリストの妻という説まであり、マグダラのマリアほど芸術家たちの想像力と制作意欲をかき立てた聖女はいないでしょう。その典型が、ティツィアーノの『懺悔するマグダラのマリア』です。(いつか、マグダラのマリアをテーマに記事を書きたいのですが、トンデモ本も多く資料の真偽判断に迷う題材なので、なかなか難しいです。いろいろ調べてはいるのですが、ちょっと先送り中です。)




ティツィアーノ『ダナエ』
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『ダナエ』もティツィアーノが好んで描いたモチーフです。ギリシャ神話で、娘ダナエの生む子により殺さるという神託を受けたアルゴス王アクリシオスは、ダナエを幽閉しますが、オリンポスの主神ゼウスが黄金の雨となって部屋に侵入し、ダナエを妊娠させます。その結果、生まれたのがメドゥーサ退治を成し遂げた英雄ペルセウス。後に祖父アクリシオスを円盤投げ競技会の事故により殺してしまい図らずも神託が成就します。

この絵は、ゼウスが部屋に侵入した瞬間を描いており、裸で横たわるダナエの右側で侍女が降り注ぐ金貨を集めようと布を広げています。エルミタージュ美術館には、全く同じテーマの レンブラントの作品 もあります。時代は違いますが、二人の巨匠が描いた同名作品を比較して、どちらが好みか、鑑賞してみるのは一興です。


ティツィアーノ『聖セバステイアヌス』
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この作品は、ヨーロッパの人々には非常に人気があり、団体客が絶えず観覧していました。アジア人観光客はほとんど観覧していないので、やはりキリスト教文化圏に影響力のあるモチーフなんだなあと感じました。

ここは光線状況が難しいのと、観覧者が多いので、斜めから撮影してみました。

聖セバステイアヌスは、3世紀のディオクレティアヌス帝のキリスト教迫害で殉教した聖人で、矢がささっている姿で描かれるのが通例です。矢で瀕死の状態になりますが、聖女イレーネに救われ命を取り留めます。後に、宣教を続けたため、こん棒で殴打され殺されます。
矢を受けても死ななかったことなどから、後世に黒死病から信者を守る聖人として崇敬されました。


ティツィアーノ工房『鏡の前のヴィーナスと二人のキューピッド』
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割と大きな作品で目立っていました。同モチーフ作品が、先般の国立国際美術館「ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち」展で、ティツィアーノ工房作品『ヴィーナス』(フランケッティ美術館蔵)として展示されていました。やはりこれもティツィアーノが好んで描いたテーマだったようです。

二人のキューピッドが鏡を支えて、そこ写った自分の姿を、ヴィーナスが身体をひねって見ています。古代ギリシャの彫刻に由来するポーズで、「鏡を見るヴィーナス」のヴァリアントのひとつです。

このエルミタージュの作品自体は、ティツィアーノの真筆ではなく、工房による模写作品です。ただし、正直言って、私には真作と模写の区別はつきませんでした。



ジョルジョーネ『ユディト』
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ジョルジョーネは、ティツィアーノの兄弟子にあたる天才画家で、ジョヴァンニ・ベッリーニの工房で修行し、レオナルド・ダ・ヴィンチが1500年にヴェネツィアを訪れると、その画法に大きな影響を受けて開眼したと伝えられます。
若くして夭折したため残された作品はわずかですが、どれも素晴らしいもので、その傑作のひとつが、エルミタージュにある『ユディト』です。

哀愁を帯びた詩情ゆたかなこの作品は本当に見事です。エルミタージュのヴェネツィア派の部屋ではひときわ抜きんでて存在感がありました。
ただ、非常に縦長で大きな作品であるのと、敵将ホロフェルネスの首を切って足で踏みつけるというモチーフが残酷なので、撮影した全体写真の上下左右をカットして掲載しています。お許しください。

なお、この作品は、絵画の修復という観点からも注目に値するものです。
すなわち、もともと板絵だった作品をカンヴァスに移し替え移植して、さらに変色したワニス皮膜を取り除き、大規模な修復が行われたものです。今日の姿によみがえったのは、1971年のことです。

板絵をカンヴァスに移し替えた例は、エルミタージュ美術館に比較的多く、有名作品としてはこのジョルジョーネ『ユディト』以外に、レオナルド・ダ・ヴィンチの『ブノワの聖母』があります。



ヴェロネーゼ『聖カタリナの神秘の結婚』
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ルネサンス後期にはヴェネツィアを代表する画家としてヴェロネーゼが活躍しました。ティツィアーノの人間表現や色彩を受け継ぎ、神話や聖書逸話に題材をとった物語性豊かな作品を多く生み出しました。

聖カタリナは、4世紀はじめにアレキサンドリアで殉教した聖人で、イエスと結婚するという神秘的な幻想を体験しました。この絵では、聖カタリナが聖母マリアに抱かれた幼児キリストの祝福を受けています。



ベネデット・カリアリ『聖家族と聖カタリナ、聖アンナ、聖ヨハネ』
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ベネデット・カリアリは、ヴェロネーゼ(本名パオロ・カリアリ)の弟で、結構多くの作品を残しており、エルミタージュ美術館には3枚の絵が収蔵されています。この『聖家族と聖カタリナ、聖アンナ、聖ヨハネ』は、ベネデット・カリアリの代表的な作品です。

ヴェロネーゼ工房は、ヴェロネーゼの死後も、二人の息子とベネデット・カリアリが運営し、活躍していたようです。先般の国立国際美術館「ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち」にも、ヴェロネーゼ没後の工房作品『羊飼いの礼拝』(アカデミア美術館蔵)が展示されていました。


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More 余談
2017年 02月 08日 |
カタリーネン教会から5分ほど南へ歩きレーマ―広場へ戻ってくると、南正面にチャーミングな教会が見えます。これが6番目の目的地であるニコライ教会です。

まずは夜の教会から。

↓クリスマスマーケットの賑わいの向こうにニコライ教会がそびえています。(レーマ―広場南側)
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ここは13世紀初期に創建された教会で、15世紀に後期ゴシック様式の教会として完成。その後、第二次世界大戦で被災したものの倒壊せず修復により蘇った貴重な教会です。戦後はプロテスタント教会となりました。

↓上品にライトアップされており、ツートンカラーが魅力的な外観です。教会横を夜に歩く人々も笑顔です。
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↓ニコライ教会の斜め向かい(広場西側)の旧市庁舎レーマ―、ここも、とても綺麗で、風格があります。
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↑たなびいている銀色鷲の紋章に赤白の旗がフランクフルト市旗で、その後ろがドイツ国旗です。


↓昼間のニコライ教会です。
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↓ニコライ教会をバックに公正を表す天秤を持った正義の女神像(アートフィルターを適用してメルヘンチックに)
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↓ニコライ教会に近づいて仰臥アングルで撮影
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この教会は、ツートンカラーに見える白い壁と赤いレンガの組み合わせが見事で、内部も同じトーンです。戦前の美術や彫像も残されているため、プロテスタント教会としては装飾的ですが、教会が経てきた歴史の重みを感じさせるものです。日に三回奏でられる教会の鐘音楽カリヨンも有名で、レーマ―広場の風物詩となっています。

↓ニコライ教会の内部
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↓ステンドグラス(やや装飾的で、かつてカトリックだった雰囲気が残されています)
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↓主祭壇(祭壇自体はプロテスタントらしくシンプルでした)
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ニコライ教会からさらに南へ3分ほど歩き、マイン川河畔に出ると、西側に小さな教会があります。これが7番目の目的地である聖レオンハルト教会。この教会は1219年にロマネスク様式で建てられ、15世紀に一部ゴシック様式に改装されました。

↓聖レオンハルト教会は、外観は元ロマネスク様式ということで、小さいながらもどっしりとして、幽玄な古い教会という感じです。
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聖レオンハルト教会の正確な場所の地図は、こちら。

この教会は、最初は聖ゲオルギウス教会でしたが、1323年、聖人レオンハルトの聖遺物を獲得。以後、聖レオンハルト教会と呼ばれるようになりました。

聖レオンハルトは、紀元500年前後に現フランス中部で活躍した聖人で、ノブラのレオンハルトと呼ばれます。数々の奇跡を起こしたとされ、ヨーロッパ各地で広く崇敬される救難聖人です。特にドイツ南部では「バイエルンの神」とも呼ばれ一部地域で「レオンハルトの騎行」という祭りが現代でも行われます。

また、ここフランクフルトの聖レオンハルト教会は、聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラに向かうドイツ人巡礼が旅の平安を祈る場所でもあります。

↓ちょっと斜めアングルで撮影 古色があふれて良い雰囲気でした。
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長期補修工事のため、内部拝観はできません。まだ数年はかかるような感じでした。
内部のロマネスクの雰囲気を味わいたかったのと、ホルバインによる貴重な絵画『最後の晩餐』があるので見たかったのですが、残念でした。


なお、聖レオンハルト教会や聖バルトロメウス大聖堂には「聖」という冠がついているのに対し、ニコライ教会やカタリーネン教会にはそれがついていないのは、カトリックとプロテスタントの違いです。聖者(Saint) と福者(Beato) を決めるのはあくまでカトリックの規定です。
正教会や聖公会では聖人という言い方はあるもののカトリックと扱いは異なります。プロテスタントでは聖人という制度を認めないのがほとんどで、特に改革派教会以降のプロテスタントとバプテスト系は聖人崇敬を明確に否定しています。


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2017年 02月 04日 |
「たびねす」に、私の「ロシア・エルミタージュ美術館でルネサンス美術を見る!」という記事が掲載されました。

以前、掲載した「世界最大規模!ロシア・エルミタージュ美術館を完全制覇」という記事が好評だったので、エルミタージュのルネサンス美術を専門的に取り上げて書いたものです。
絵画など15枚の写真をアップしていますので、ぜひ、この紹介記事をご覧ください。
どうぞよろしくお願いします。

(42)ロシア・エルミタージュ美術館でルネサンス美術を見る!
http://guide.travel.co.jp/article/24310/






今日は、上記の、たびねす記事とタイアップして、エルミタージュのルネサンス絵画のうち、あまり知られていない初期ルネサンスのものを中心に紹介します。

エルミタージュ美術館の初期ルネサンス美術群は注目に値するものです。多くの作品が展示されていますので、時間の許す限り、ゆっくりと鑑賞しました。その中で、圧倒的に多い「聖母子」というテーマは、分かりやすいので、ルネサンス美術をたどる道しるべになると感じました。

それでは、なるべく描かれた年代順に、「聖母子」という切り口で選んだ、初期ルネサンス絵画をご覧ください。


14世紀のシエナの画家『聖母子』
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1320~1325年ころに書かれたと説明板にありました。
「14世紀のシエナの画家」とあるだけで詳しくは不明ですが、いかにも中世的な古色が横溢しています。作者不詳というのがまた古さを感じさせて良いですね。

シエナは、中世に金融業と羊毛取引で栄えた都市国家で、トスカーナ地方の覇権をフィレンツェと競うとともに、プロト・ルネサンス芸術活動が盛んでした。そうした歴史を感じさせる作品ですね。



ロレンツォ・ディ・ニッコロ・ジェリニ『聖母子』
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ロレンツォ・ディ・ニッコロ・ジェリニは、14世紀末から15世紀初に活躍したフィレンツェの画家で、この絵は1400年ごろに描かれたものと思われます。
板にテンペラで、上に掲載した「14世紀のシエナの画家」の作品と、下に掲載しているフラ・アンジェリコの作品のちょうど中間の雰囲気です。

フィレンツェは、 メディチ家のによる統治の下、ルネサンス芸術が花開いた場所です。初期ルネサンスから、文化の中心地となり、多くの建築家や芸術家を生み出しました。



フラ・アンジェリコ『聖母子と天使』
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フラ・アンジェリコは、15世紀前半に活躍した修道士画家で、その優しい画風と優れた人格からとても人気があります。

この絵は、聖母子の周りに天使たちを配して、いかにもフラ・アンジェリコらしい作品。古いゴシック的要素と新しいルネサンス的要素が混在しており、少し古色を残した雰囲気が素朴感を漂わせています。
1425年ごろの作品で、板にテンペラで描かれて額装と一体化しており、祭壇画の中心部パネルであった可能性もあります。




ポッティチーニ『聖女バルバラと聖マルティヌスのいる幼児キリストの礼拝』
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ポッティチーニは、ボッティチェリとほぼ同年代で名前が似ているため、混同された画家ですが、最近ようやくそのアイデンティティーが整理され、研究途上にあります。この『聖女バルバラと聖マルティヌスのいる幼児キリストの礼拝』という作品は、完成度が高く大型であることから、きわめて貴重なもので、今後注目されていくことが期待されます。





ヴェロッキオ『聖母子』
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ヴェロッキオは、レオナルド・ダ・ヴィンチをはじめボッティチェリ、ペルジーノ、ギルランダイオらの師匠で、当時フィレンツェで最も優れた美術工房を運営していました。やがてペルジーノはラファエロの師匠となり、ギルランダイオはミケランジェロの師匠となったわけですから、ヴェロッキオ工房は、歴史的にも非常に重要です。

ヴェロッキオが、『キリストの洗礼』という作品を描いた時、弟子レオナルドにキリストのローブを捧げ持つ天使を担当させたのですが、レオナルドがあまりに見事に描いたことから、師ヴェロッキオは二度と絵画を描くことはなく彫刻に専念するようになったとする逸話があります(事実かどうかは不明)。

写真の『聖母子』を見ると、すでにゴシック的な古さは無く垢抜けしており、ルネサンス絵画の描き方になっています。ヴェロッキオの工房から出た画家たちが、ルネサンス盛期をかざる作品を描く時代が到来したことを感じさせます。

なお、この絵については、ポッライオーロの作品とする説(コリン・アイスラー)もありましたが、現在ではヴェロッキオの作品とされており、エルミタージュ美術館の現場ではヴェロッキオ作という説明板がかかっていました。





レオナルド・ダ・ヴィンチ『リッタの聖母』
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↑ルネサンス盛期。レオナルド・ダ・ヴィンチによりルネサンス絵画が頂点に達したことをうかがわせる作品です。エルミタージュでも、一番人気の絵画です。

この作品の成立年代については諸説ありますが、レオナルドが発明したスフマート技法がふんだんに使われており、中期の作品である可能性が高く、1490~1491年に描かれたとするのが最も有力です。
レオナルドが描いた元絵に、弟子たちによる加筆修正が加えられた可能性があるとされています。弟子ボルトラッフィオ作品という説もありますが、 逆に、この絵がレオナルド作品の中で最も美しい真作で本人単独作成とする意見もあります。エルミタージュ美術館はレオナルドの真作としています。

『リッタの聖母』のリッタは、ロシア皇帝アレクサンドル2世が、1865年にミラノ貴族アントーニオ・リッタ侯から買い取ったことに由来します。




同じ「聖母子」を描いていますが、このように年代順に見てくると、やはり時代によって雰囲気が変化していくことが分かります。ここがとても興味深いですね。

聖母子画は、最後は、ラファエロに至り、究極の形となります。37歳でラファエロが夭折すると、やがて安定感を脱したマニエリスム様式が主流となり、ラファエロの優雅で調和に満ちた世界から遠ざかっていきます。



今日、紹介できなかったエルミタージュのルネサンス画作品の詳細に関して、
レオナルド・ダ・ヴィンチについては、こちら
ラファエロについては、こちら
北方ルネサンスのクラーナハについては、こちら
をご覧ください。

ヴェネチア派については、いずれ機会を見て記事を書くつもりです。<追記> こちら に書きました。



↓エルミタージュ美術館は、インテリアとしての内装も素晴らしく、天井構造も見事。このようにルネサンスの芸術品は、部屋そのものも素敵な場所にありますので、全体的な雰囲気も楽しめます。
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なお、エルミタージュ美術館の全体的な概要や注意点については、「【たびねす】世界最大規模!ロシア・エルミタージュ美術館を完全制覇」をお読みください。


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