模糊の旅人
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2016年 03月 30日 |
「たびねす」に、私のクロアチアの世界遺産ドゥブロヴニクの記事がアップされました。
ドゥブロヴニクを望むスルジ山からの写真撮影技法という独自の視点から書いていますので、ぜひ、ご覧ください。
どうぞよろしくお願いします。

(29)眺望絶佳!世界遺産ドゥブロヴニクを望むスルジ山で撮影を楽しむ
http://guide.travel.co.jp/article/17196/





さて、今回、アンカラやイスタンブールでテロがあり、ベルギーのブリュッセルでも関連した大規模テロがありました。
皆様方には、ご心配をおかけしました。
無事帰国祝いのお言葉や、トルコの状況に関する御質問がメール&コメントでありましたので、レポートさせていただきます。

まず、今年に入ってからのトルコでの主なテロを列挙しておきます。

1/12 イスタンブールの観光地スルタンアフメット地区で自爆テロがあり10人死亡
2/17 アンカラの中心官庁街で軍用車両を狙ったテロがあり28人死亡
3/13 アンカラの都心クジュルライ広場近くでテロによる大規模爆発があり37人が死亡
3/19 イスタンブールの繁華街イスティクラル通りで自爆テロがあり5人が死亡

なお、3/22 ベルギーのブリュッセルで起きた大規模連続テロ事件についてもトルコのテロ事件と関連するとする報道もあります。

↓日本の外務省によるリスクマップよりトルコを抜粋表示(2016.3.30現在)
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トルコではこれまで日本人観光客は年間8万人くらいありましたが、昨年来のテロで約8千人と10分の1に激減しており、今回のアンカラとイスタンブールでのテロでさらに減少するものと予想されます。

トルコの主要産業のひとつである観光業の痛手は大きく、ホテル・レストラン・土産店・絨毯店・旅行社・観光バス運転手業・ガイド業などその影響は測りしれません。
もちろん、観光業関係だけでなく、他のビジネスにも影響があるでしょう。

トルコは風光明媚で世界遺産などの観光名所が非常に多く、良いホテルや温泉プール・ハマム(岩盤浴やアカスリができるトルコ風浴場)などが整備されており、さらに食事も美味しく親日的なところから、日本人に大人気の観光地であっただけに非常に残念なことです。


今のところ、人口の少ない田舎の遺跡や観光地は、テロの現場ではないので、さほど危険な雰囲気はしなかったです。
テロで狙われているのは、人の多く集まる大都市のようです。首都のアンカラやトルコ最大の都市イスタンブールは主たる標的となっています。(それとは別にトルコ南東部シリア国境などは渡航中止勧告地帯です:上記リスクマップ参照)

観光地で気づいたのは、これまで多かったドイツ人団体観光客が全く見当たらなかったことで、これは先般イスタンブールでドイツ人団体を狙ったテロが行われたからです。
全般的に観光客は減少していましたが、中国人・韓国人・マレーシア人・アラブ人などの観光客は比較的多かったです。日本人観光客は目立たないものの各地で少しずつ出会いました。


トルコの観光地では多くの警察官やジャンダルマ(準軍事組織の国家憲兵)が警備しており、私服警官らしき人もよく見かけました。

↓イスタンブールで警戒にあたる警察(車窓より撮影)
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ジャンダルマについては、自動小銃を携行警備しており、さすがの私も撮影できなかったので、ウィキペディアより写真をお借りして下に表示させていただきます。
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トルコでは、この半年の間にテロで犠牲になった人は約190人にのぼるそうです。
エルドアン大統領は3月21日、「トルコは史上最も大きく残忍なテロ攻撃の波と向き合っている。軍や警察、諜報機関などあらゆる能力を結集し、テロ組織やその背後にいる者と戦いを続けている。短期間で成果が出ると信じている」と述べました。
検問も多く、国を挙げてテロ対策に力を投じていることは、各地で実感できました。


トルコ総領事館と警察本部の通達である 「テロ等への注意喚起」 によれば、ネヴルーズ集会の時期に大都市において地下鉄・メトロバス等への攻撃や自動車爆弾によるテロの危険性が高まるとことが指摘されていました。

今回のテロに関係する日本の外務省のスポット情報は、こちら


観光場所の実態ですが、有料入場施設では、手荷物検査のある所が多かったです。
例えば、イスタンブール観光の中心地である、アヤソフィア寺院やトプカピ宮殿では、厳重なセキュリティーチェックがあり、手荷物は空港と同じようにX線で調べられます。
そこで内部に入場してしまえば、安心してゆっくり観光できます。

セキュリティーチェックについては煩わしく感じる方もおられますが、こうしたチェックがあるほうが安全面で良いと思いました。

もっともそこに至る交通機関や人が多く集まる場所を通過する時は、常に警戒を要します。


少し高級なクラス以上のホテルになると、ホテルの入口にセキュリティーチェックがあります。

↓イスタンブールでのホテルの入口
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↓ホテルの荷物用エレベーターにもスーツケース等を透して調べるセキュリティーチェックあり
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したがって、アンカラやイスタンブールといった狙われている大都市であっても、ホテル内では安心して休むことができます。

私はこれまで、ホテル到着後は、カメラひとつ持って近辺の夜の街歩きや徘徊スナップを楽しんできたのですが、今回は夜間の外出はやめました。
これは、もちろん、テロを避けるためでもありますが、私のような怪しい外国人が夜の町を彷徨していると不審な人物として警察やジャンダルマに尋問される可能性が高いからです。こんな時期にトルコ語を喋れない人間がトラブルに巻き込まれては大変です。

中型以上のホテルでは、内部にハマムや温水プール・フィットネスジム設備がありますので、夜の街歩きが出来なくとも、夕食後の時間をホテル内で有意義に過ごすことができます。
私も夜は、プールで泳ぐかフィットネスジムで身体を動かすように心がけました。


また、イスタンブールでは町の夜景が魅力なのですが、ホテルと車窓から撮る以外は、今回は夜景撮影を断念しました。
もっとも、前回トルコに来た時には、夜景を主に撮影していますので、それについては詳しくは こちら を御覧ください。

↓前回、2011.10に撮影したアヤソフィア寺院の夜景
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考えてみれば、前回、上の夜景写真を安全に撮影できた場所が、まさにドイツ人観光客が犠牲になったテロの実行現場となったので、戦慄を覚えました。
たった4~5年でこのように状況が変化してしまったのですね・・・


なお、テロの状況については、ホテルのTVのニュースなどで確認していました。

↓ブリュッセルのテロを伝えるCNNニュース
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■■■■結論■■■■

テロに負けないようベルギーやトルコを応援したいのですが、今現在は、まだテロの可能性があるので、ベルギーやトルコの旅行はオススメできる状況ではありません。

確率的には遭遇する可能性は低いかも知れませんが、現時点の自爆テロというのは自力で避けがたい危険性があり、一度でも遭遇してしまえば最悪の結果を招きます。



安心して旅するためには平和が前提となります。トルコは、テロを除けば政情不安でもなく普通の意味での治安が悪いわけでもありません。人は親切で優しく、歴史遺跡が多く、風光明媚で景観も変化に富んでいます。テロさえ無ければトルコは本当に素晴らしい場所なのです。
またいつか、テロの恐怖が消えたら、トルコを訪問し、ゆっくりと旅して、じっくりと散策してみたいものです・・・


トルコという国は、古来より東西文明の交差点として幾多の歴史的現場となってきました。
現代でも、イスラム世界とヨーロッパ世界の境界上に位置することから、いろいろな面で非常に苦労しています。
観光資源が豊かで親日的なトルコという国に、再び平安が訪れ観光客が安心して楽しめる時が来ることを願ってやみません。


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2016年 03月 28日 |
アナトリア半島南部の地中海沿岸にあるアンタルヤ近郊でコウノトリの飛翔を撮影しました。

これは、走行中のバスの車窓から撮影したものです。
以前、ポーランドでも車窓からコウノトリを撮影しましたが、それについては こちら を御覧ください。
コウノトリが羽根を広げて飛翔する姿を車窓から撮影できたのは、今回がはじめてでしたので、嬉しかったです。
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コウノトリ(Stork)は、ヨーロッパからインドにかけて春~秋に繁殖し、アフリカ方面で越冬する渡り鳥です。
和名では赤いクチバシのコウノトリという意味で「シュバシコウ」とも呼ばれます。(日本亜種のコウノトリはクチバシが黒いです)

トルコの3月は微妙な季節で、中北部ではまだ寒いのでコウノトリは見かけませんでした。
以前旅したイスラエルでは、3月にコウノトリを見かけたので、トルコ南部なら、そろそろアフリカから帰って来ているのではと期待していました。
その予想が的中し、暖かいアンタルヤで見ることができてラッキーでした。


4~5月になるとトルコ各地にコウノトリが多く飛来し、繁殖をはじめるそうです。

↓イスタンブールでは、コウノトリの複数形であるStorksという店がありました。時計屋さんのようです。
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<追記>2016年3月29日15:30
上記のコウノトリの写真はバスの窓ガラス越しに撮影しています。


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2016年 03月 26日 |
無事トルコから帰ってきました。
アンカラやイスタンブールでテロがあり、行動に制限がありましたが、トルコの旅を堪能してきました。
いろいろな事があり、本当にご心配をおかけしました。無事帰国したことを報告させていただきます。
拙ブログ読者の皆様、そして旅でお世話になった方々に深く御礼申し上げます。


今日は一枚だけ写真をアップさせていただきます。
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上の写真は、トルコ中央部と南部を分けているタウロス山脈(トロス山脈)の峠越えのテナズテルベという場所で撮影したものです。

トルコは、変化に富んだ国で、天候や気候も様々でした。季節の変わり目でもあり、雪山から南国的な所まで、初夏と冬を味わいました。


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2016年 03月 14日 |
IMA ISTANBUL ni IMASU.

GENKIDE TABISITE imasu.

Korekara TORUKO no NAIRIKUBU ni HAIRIMASU.

GOSINPAI NAKU.


Many thanks for your concern!
2016年 03月 06日 |
【予約投稿】

海外旅では、私にとって見るもの全てが興味深く、あらゆるものが被写体です。
チャンスがあれば、野鳥も撮影します。
ただ、野鳥に関しては、種類の同定が困難で、なんという鳥か分からない場合もあります。
鳥の名前が判明すれば、その生態などを詳しく調べられるので、理解が深まります。

それについて、フォトパスで問合わせたのですが、解決しませんでしたので、ブログで公開質問することにしました。

↓この鳥はなんでしょうか?
(1)

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↑2015.5月イラン首都テヘランで撮影しました。
割と大きく、7~8羽の集団で公園の上空を飛び回り耳障りな声で鳴いていました。

私の持っている簡単な世界野鳥図鑑では、ミドリワカケインコ(学名:Psittacula columboides)が一番似ているように思います。
確かに色合いや耳障りな声はミドリワカケインコに似ていますが、体長がミドリワカケインコより大きいようで、ちょっと違う気もします。
中~大型のインコの種類のようです。いかがでしょうか?

ミドリワカケインコは本来インド西部に分布するのですが、当時インドは熱波でイラン北部に逃れてきたのではないかとも推測できます。
詳しくご存知の方ぜひご教示ください。


↓次は、クロアチアで撮影した鳥です。
(2)

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↑2011年10月、クロアチア北東部のプリトヴィツェ湖群国立公園で撮影しました。
宿泊したホテルの1階ベランダから前の森を観察していると飛んできました。スズメくらいの大きさでした。

分布域と、紋付がうっすら見える黒い羽から、クロジョウビタキ(学名:Phoenicurus ochruros)の雌ではないかと推測するのですが、全く自信はありません。どうでしょうか?

これも、詳しくご存知の方いたら、ぜひご教えてください。


↓最後はポーランドで撮影した鳥です。
(3)

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↑2013年6月、ポーランド中央部の村ジェラゾヴァ・ヴォラで撮影したものです。

有名なクロウタドリやチャフチャフを撮影していた場所で、ヒタキの類と思われる小鳥もいましたので撮影しました。
雰囲気はノビタキ(学名:Saxicola torquata)なのですが、羽に白斑模様が無く少し色合いが違うような気がしました。
ノビタキの幼鳥か、クロジョウビタキ、ハシグロヒタキ(学名: Oenanthe oenanthe)といった可能性もあるように思います。

二番目にあげたクロアチアの鳥とも似ています。

このあたりは同定が難しく、よく分かりません。
詳しい方がおられましたら、御教示ください。



他にも観察はしたものの、種類の不明な野鳥がいろいろあります。やはり海外で多いです。
見ただけの鳥なら諦めもつくのですが、写真を撮ったのに分からないと、もどかしさと未解決感が残ります。
このままでは、宿題をほったらかしにしているような感覚で、どうも落ち着きません。
私は、野鳥の専門家ではないので、未見の鳥に遭遇するとワクワクドキドキ感があり、学習していく楽しみもあるのですが、種類が分からないと、達成感に欠けるのです。


長い旅行に出ますので、しばらくの間、この記事がブログのトップに来るように、予約投稿しておきます。
皆さんの目に触れる機会が長く続くので、問題解決には、最適なタイミングだと判断しました。
すっきりさせたいので、ご存知の皆様、どうぞよろしくお願いします。


なお、お名前・連絡先など個人情報関係も書き込まれる際は、非公開コメントあるいはメールをいただければ幸いです。
メールアドレスについては、詳しくは こちら を御覧ください。


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2016年 03月 05日 |
旅へ出ることになりました。
今回は、久しぶりのトルコです。
自然・風土・歴史・宗教・街並・建築物・生活風俗・食事など、じっくりと楽しんでくるつもりです。

そのためブログ更新を、しばらく休みます。

どうぞよろしくお願いします。
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なお、予約更新で、明日、種類の分からない野鳥の質問の記事を1本アップします。
その記事が、しばらくブログのトップに掲載されるようにするためです。

もし、野鳥に詳しい方がおれれましたら、ぜひお読みいただき、種類の同定について御教示たまわりますよう、お願い申し上げます。


それでは、皆さん、しばらくの間、ごきげんよう!


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2016年 03月 04日 |
先日、旅行前に済ませておかねばならない仕事や手続き関係で大阪中心部に出たので、ついでに短時間ですが大阪城公園の梅林に行ってきました。

珍種ハチジョウツグミ(後日紹介予定)を撮影したあと、梅に来る野鳥を中心に撮影しました。
季節ものなので、旅行前ですが、セレクトしてアップしておきます。早春のひとときをお楽しみください。

↓まずは大阪城を入れた定番の構図
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↓梅にジョウビタキが印象的なので4枚ほど
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↓梅にシジュウカラ2枚
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↓梅にムクドリ2枚
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↓梅にヒヨドリ2枚
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2016年 03月 03日 |
「たびねす」に、私のイラン絨毯博物館の記事がアップされました。
世界最高の工芸美の世界ですので、ぜひ、ご覧ください。
どうぞよろしくお願いします。

(28)イラン絨毯博物館で世界最高水準のペルシアの美にはまる!
http://guide.travel.co.jp/article/16366/





上記の、たびねす記事とタイアップして、当ブログでもイラン絨毯博物館を紹介します。
ただ、旅直前で詳細に説明する時間がありませんので、まずは上記の、たびねす記事をお読みいただければ幸いです。絨毯の歴史などを簡単にまとめております。

ペルシア絨毯は、紀元前のアケメネス朝ペルシア帝国時代より作られており、イランの伝統工芸・調度品として世界最高のものです。

テヘランにあるイラン絨毯博物館をじっくり見学しましたが、本当にためいきが出るような素晴らしい芸術的な絨毯ばかりでした。

↓イラン絨毯博物館の水平展示
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↓巨大な絨毯展示風景
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↓イラン中央部のカーシャーン産の絹の絨毯(より大きな写真でご覧になりたいはこちら 
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↑伝統的な「ゴルダニ意匠(花瓶柄)」に花や動物を散りばめたもので、絹糸を使った素晴らしい作品です。
花瓶に活けられた草茎がぐんぐん伸びて、フィールド全体に様々な花をたくさん咲かせて広がっていく様子は、とても綺麗で感嘆するばかりです。
また、カーシャーンで作られた絹の絨毯らしい艶やかな輝きも見事なものです。

↓ボテ意匠(ペイズリー柄)の絨毯
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ボテ意匠(ペイズリー柄)は、各地にある草花文様が起源となり、オリエント世界を中心として作られてきました。ゾロアスター教の聖火やイーヴィルアイ(悪魔の目)を形どったという説もあります。
そして、ペルシア絨毯にあるボテ意匠が、東インド会社によりイギリスに伝えられ、スコットランドのペイズリー市の職人がボテ意匠のショールを量産したことから、ペイズリー柄という呼称がポピュラーになったものです。

↓イラン東部のケルマン産の名作絨毯(より大きな写真でご覧になりたいはこちら 
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↑中央部は「生命の木意匠」に果物・野鳥・蝶が埋め尽くされ、周辺部には多くの動物と人間の肖像が配された、とても美しいケルマン産の絨毯です。
複雑に絡み合った大木に、実り豊かな果物とたくさんの生き物が描かれ、荒涼たる砂漠に生きる人々にとっての夢の楽園が象徴されているようです。
この絨毯は「全人類」とも呼ばれている名作で、その描かれた人類とは、左上隅から時計回りに、ペルシア人、ゲルマン人、ラテン(イタリア)人、インド人、中国人、アラビア人、オーストラリア人、トルコ人、アメリカ人、アフリカ人となっています。


↓絨毯の織糸と染色原料の展示
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↓絨毯の手織機の原理を説明した展示
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絨毯は、張った経糸(たていと)にパイル糸を結んで、横の緯糸(ぬきいと)を通して織っていきます。パイル糸とは染色された結び糸のことで、一目一目経糸に結ばれ、その先を切ってけば状に立毛し絵柄を作り出します。
この糸の材料、結び方、密度で絨毯の基本が構成され、織機や文様・意匠デザインは産地ごとに独特の個性があります。


↓ゾロアスター教の意匠がありましたので、アップで撮影
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↓見事な動物流紋柄の絨毯
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↓上の絨毯の右下部分を拡大撮影・・・鹿・虎・鳥などが分かります。
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↓貴重な500年前のアンティーク絨毯
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↑16世紀初頭に作られたアンティークの絨毯で、いわゆるサングスコ絨毯と呼ばれている逸品のひとつです。(生産地はタブリーズではないかと推測されます)
サングスコとはポーランドの王族で、16世紀にトルコのオスマン帝国に対する戦争でペルシア絨毯を戦利品として獲得しました。その絨毯はサングスコ家の宝物として伝承され、ヨーロッパにおける高級絨毯ブームの原点となったのです。
サングスコ絨毯には動物闘争文様が見られ、このような意匠は、日本の豊臣秀吉の陣羽織キリムと強い関連性があると指摘する学説があり、非常に興味深いものです。
このイラン絨毯博物館の現物は、500年以上経過しているため、いささか痛んでおり文様が完全には判断できませんが、ヨーロッパ~トルコ~ペルシア~日本と広がる歴史のロマンを実感できるのではないでしょうか。

 【注】キリムとは、絨毯とは違いパイル糸(結び糸)を使わず、毛足の無い平織りの毛織物。イラン~トルコなどの遊牧民が織ってきた歴史があります。


↓博物館の入口は重い鉄製門扉
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↓絨毯の織機をイメージした博物館の外観
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2016年 03月 02日 |
パサルガダエは、考古遺跡として世界遺産に登録されているだけでなく、ペルシア式庭園のひとつとしても世界遺産に登録されています。

世界遺産に登録されているペルシア式庭園は、ここパサルガダエ以外に、カーシャーンのフィーン庭園 ヤズドのドラウト・アーバード庭園 、シーラーズのエラム庭園(後日紹介予定) などがあります

パサルガダエの庭園は、イラン最初(おそらく世界最初)の四分法に基づいて建設されたペルシア式庭園で、非常に貴重なものですが、現在では遺構が残っているだけです。
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写真はパサルガダエの宮殿と庭園の跡ですが、直線的なラインにより区分されています。
これを見ると、現在イスラム的とされる庭園様式は、はるか紀元前のこの場所から出現したことが分かります。
すなわち、スペインのアルハンブラからインドのタージマハルに至る美しいイスラム様式庭園の起源は、ここにあるのです。
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↓世界最古の大帝国アケメネス朝ペルシアの最初の宮殿址
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↓倒れている柱
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↓立っている柱
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↓くさび形文字による、古代ペルシア語、エラム語、バビロニア語の三言語で併記された碑文です。「我はアケメネス族のキュロス」 と書かれているそうです。
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↓魚と人物の合体したような姿のレリーフ
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↑バビロニアのオアンネスと思われる魚のような体をした神です。

くさび形文字といい、レリーフといい、メソポタミア文明の影響を強く感じる遺跡でした。

キュロス2世は、ユダヤ教徒をバビロン捕囚から解放した逸話で知られるように、征服した土地の宗教や習慣を尊重した人だったようです。(大英博物館にあるキュロス2世の円筒印章には、諸民族を解放し弾圧を廃した様が描かれています)

とはいえ、当時の最も有力な宗教は、ゾロアスター教でした。その証拠とされるのが次の写真で紹介する遺跡です。(ゾロアスター教のユダヤ教等に対する影響については、こちら

↓ゾロアスター教の神殿跡とされる遺跡です。
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↑あまりにも古いものなので詳しくは判明しておらす、センダーネ・ソレイマーン(ソロモンの牢獄)と呼ばれてきました。

↓タレ・タフト要塞 キュロス2世の時代からササン朝後期まで城塞として使われた遺跡です。
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パサルガダエとは、「ペルシア人の本営」という意味で、ペルシア帝国の最初の都として栄えたようです。
2500年経った今は、茫漠たる荒野が広がるばかりです・・・

↓はるか彼方に牧畜する光景が見えました。ペルシアの遊牧民の伝統が息づいているように思えました。
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2016年 03月 01日 |
次の海外取材旅行が迫ってきましたが、イランもロシアもまだ半分も紹介できていません。
そこで、出発までに可能なかぎり記事を沢山掲載するように頑張っています。

今日は、イラン(ペルシア)のザグロス山中の高原にある古代遺跡パサルガダエの前編です。


パサルガダエは、紀元前546年に、アケメネス朝ペルシア帝国の最初の首都として、キュロス2世により建設が開始されました。

ここは、パサルガダエ考古遺跡として世界遺産に登録されているだけでなく、ペルシア式庭園のひとつとしても世界遺産に登録されています。

↓見えて来ました。
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パサルガダエで最も重要な場所は、キュロス2世の墳墓です。

キュロス2世は、紀元前6世紀に、世界ではじめて古代オリエント諸国を統一して、空前の大帝国を建設しました。
ユダヤ教徒をバビロン捕囚から解放しエルサレムに帰還させた王として旧約聖書にも載っており、現代のイラン人はキュロス2世をイランの建国者としています。

↓キュロス2世の墳墓
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この墳墓は、ピラミッド状の6段の階段の上に家形石室墳墓が乗っている独特の形をしています。
この形は、多分、キュロス2世が征服したリディアやエラム、バビロニアなどの様式の影響を受けたと思われます。

ダレイオス1世(ダリウス大王)の時代以降になると、王の墳墓は巨大断崖に彫り込まれたゾロアスター教の磨崖洞穴式墳墓になり、全く形が異なります。
これは不思議な謎ですが、私見では、ダレイオス1世の時代からゾロアスター教が国教のような形になったと推測します。(ダレイオス1世がキュロス2世の系統の王位を簒奪したからとする説もあります)

↓キュロス2世の墳墓をいろいろな角度から撮影
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↓墳墓の頭頂部
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↓この墳墓を住処としている野鳥がいましたので、アップで撮影しました。ヨーロッパイエスズメですね、
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BC331年に。アケメネス朝ペルシア帝国を滅ぼしペルセポリスを破壊しつくしたアレクサンドロス大王(アレキサンダー大王)は、この墓にも至り墓室をあばきました。その中には、金のベッドや杯、テーブル、棺桶、高価な宝石装飾品などとともに、キュロス2世の墓碑もあったそうです。


また、7世紀にササン朝ペルシア帝国を滅ぼしたアラブ人イスラム教徒軍は、この地にも来襲しましたが、当時の墓守は、「パサルガダエはキュロス2世の墓ではなくソロモン王の母を奉じて造られたもの」と説明し、破壊をまぬがれたと伝えられます。
そのため、墓碑は、クルアーンの韻文に取って代わられ、ソロモン王の母の墓として伝承保存されてきたのです。

↓墳墓に刻まれたクルアーンの韻文
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