模糊の旅人
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カテゴリ:福井( 23 )
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2017年 04月 25日 |
福井県立恐竜博物館の1階は、柱のない巨大ドームの中に、44体の恐竜全身骨格などが「恐竜の世界ゾーン」として所狭しと展示されています。

↓照明はスポット的にあるものの、全体的には暗く恐ろしげな雰囲気を出しています。
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↓ 1階から2階へは長いスロープがあり、恐竜の世界ゾーンを見下ろすことができます。柱のないドーム空間に展開する恐竜たちの骨格姿を一望できるスポットです。
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44体の恐竜全身骨格展示というのは、日本最大規模で、世界的にも有数なものですが、個々に写真を並べると気分を害される方もおられると思いますので、その主な写真は More に掲載しました。ご興味のある方のみ、下の  More 恐竜の骨格展示写真 をクリックしてご覧ください。

本文では、ティラノサウルスについて書きます。



ティラノサウルスは、地球史上最強の陸上生物として、あまりにも有名ですが、じっくり観察すると様々な謎があります。

↓骨格展示を見る分かるように、巨大な身体のプロポーション的に異常に顔部分が大きく、後肢(足)も大きいのに対し前肢(手)が非常に小さいのがティラノサウルスの特徴です。
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↓前回載せたものですが、ティラノサウルスの等身大復元模型もご覧ください。
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ご覧のように、ティラノサウルスの顔部は巨大で、横にも分厚く、この顔の形は、口が大きく強靭なことと同時に脳が大きいことを示しています。
体長に関しては、より大きい獣脚類恐竜(スピノサウルスやギガノトサウルス)がいますが、いずれも顔部は細長くて薄い形で、顎の力自体は、はティラノサウルスに比して劣ります。

ティラノサウルスの噛む力は、6万ニュートンとされ、ライオンの2000ニュートン、ワニの6000ニュートンと比べて圧倒的に強力です。
知能もあり集団で狩りをした状況の化石もあり、やはり、ティラノサウルスは、地球史上最強の陸上生物であることは間違いないようです。


1990年に米国サウスダコタ州で発見されたティラノサウルスの有名化石「スー」は、骨格がそろったほぼ完全な化石で、体長は約13m、体重は約6t、年齢は28才程度と推測されています。

何故、このように強大に進化していったのでしょうか? これが一番の謎です。


最も有力な説は、主要な獲物であったトリケラトプス類と巨大化競争で共進化したとするものです。
狩られる側の植物食恐竜トリケラトプスは、ティラノサウルスと同時期同地域に生息し、身体全体を巨大化させ首を守る盾(フリル)も大型化させているのです。

↓福井県立恐竜博物館のトリケラトプスの全身骨格展示
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大型化することで捕食されることを防ごうとしたトリケラトプスに対し、ティラノサウルスも大型化で対処し特に顔部を分厚く巨大化させ噛む力と知能を高めたのです。

ティラノサウルスは、特にトリケラトプスの首の肉が好物だったようで、フリルを噛んで首を引きちぎり食べていたようです。くわしくは、こちら <ティラノサウルスがトリケラトプスを食べる時のガイドライン>



ティラノサウルスの前肢(手)が異様に小さいのも謎です。

↓ティラノサウルスの前肢を拡大撮影してみます。
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恐竜の指は三本指のものが多いのですが、ティラノサウルスの前肢は珍しく二本指です。また太い後肢(三本指)と対照的に非常に小さいものです。

ティラノサウルスの前肢が小さい理由については諸説乱立しています。

(1)二足歩行肉食恐竜として顔部<顎の噛む力>を大きくする方向に進化し、重量バランスをとるため前肢が小さくなった。
(2)強大な顔部だけで捕食するスタイルに進化したので、前肢はほとんど不要になった。
(3)「頭が小さく腕が太い肉食恐竜」と「頭が大きく腕が小さい肉欲恐竜」の両方が生まれ、生存競争で後者が勝った。
(4)起き上がる際に、補助的に前肢を使用した。
(5)爪楊枝のように歯の掃除に使った。
(6)比較して小さく見えるだけで、前肢は切り裂きによって獲物にとどめを刺すための武器だった。


私は上記の(1)説プラス(2)説を支持します。捕食方法と重量バランスをとるための進化が一致したと考えます。
顔を大きくすれば脳も大きくなり動作制御や知能も発達します。そのかわり前肢は小さくし重量を減らしたのではないでしょうか。

少なくとも、ティラノサウルスは強大な顎と歯により獲物をかみ砕いたり引きちぎったりして捕食していたので、ライオンのように前肢を使って獲物を倒し捕食するスタイルをとらなかったのです。



ティラノサウルスは、脳が大きく特に嗅球部分が発達しており、嗅覚がとても優れていました。また、視覚も鋭く、立体視ができる数少ない恐竜のひとつであり、非常に進化した三半規管を持っていることから、運動能力も優れていたようです。知能も高く、ある程度の集団で狩りをしていたとする説が有力です。

ティラノサウルスの姿勢については、尻尾を地面につけず、体をほぼ水平に延ばして活動し、尻尾は水平姿勢の重さのバランスをとるために重要な役割を果たしていました。
昔、考えられていた尻尾を垂らしたカンガルー型の姿勢は否定されています。


また、スカベンジャー(腐肉食者)であったという説も、現在では否定されており、生態ピラミッドの頂点に位置するプレデター(捕食者)であったとする説が認められています。


この他の、ティラノサウルスの体温(恒温性かどうか)、羽毛の有無、走行速度については、たくさんの説があり、まだ決定的な証拠が見つかっておらず、謎となっています。
もし派手な羽毛をまとっていたとすれば、外観の雰囲気が全く変わりますので、興味深いところです。



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More 恐竜の骨格展示写真 
2017年 04月 20日 |
ボーンベッドから上がった1階では、まずティラノサウルス・レックスの等身大の動く復元模型が出迎えてくれます。地球史上最強の陸上生物とされるティラノサウルスの姿は迫力満点で、度肝を抜かれます。
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ここから奥の1階の無柱のドーム空間に、恐竜の全身骨格展示や等身大の恐竜が並ぶジオラマの見事な「恐竜の世界」が広がっています。
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1階ドーム空間の奥にあるジオラマは「中国四川省の恐竜たち」というテーマで設えられており、とても雰囲気があります。
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はるか遠くの夕景の中に見える恐竜たちの姿はジオラマらしい素敵なもので、写真スポットになっています。
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↓ステゴザウルス
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↓ジオラマの端にある巨大な竜脚類の立ちあがった等身大模型は圧巻で、はるか高みの木の葉を食べている瞬間が再現されおり必見。こういう想像を絶する生き物が実際に生きていたことに驚かされます。
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実際に1億年前には、地球上にこのような光景が広がっていたわけです・・・
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日本で発見された恐竜の等身大複製もあります。

↓フクイサウルス・テトリエンシス(イグアノドン類に属する草食の恐竜)
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↓フクイラプトル・キタダニエンシス(獣脚類の肉食恐竜)
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2017年 04月 15日 |
「たびねす」に、私の「中生代へタイムスリップ!福井県立恐竜博物館を完全制覇」という記事が掲載されました。

恐竜を中心に多くの化石標本やジオラマが展示されており、太古の世界を体験できるネーチャー系の素晴らしい博物館ですので、ぜひご覧ください。
どうぞよろしくお願いします。

(44)中生代へタイムスリップ!福井県立恐竜博物館を完全制覇
http://guide.travel.co.jp/article/25779/









ブログでも、上記の、たびねす記事とタイアップして、恐竜博物館について詳しく紹介していきます。


福井県勝山市の山麓に、恐竜などの化石資料を展示した日本最大のミュージアムがあります。それが福井県立恐竜博物館。卵型の巨大なドームが印象的で、展示室は約4500平米、恐竜全身骨格が44体もある魅力あふれる博物館です。また、博物館の周辺は「かつやま恐竜の森公園」となっており、一日中楽しむことができます。

↓かつやま恐竜の森公園の現地案内看板
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↓恐竜博物館ドーム遠景
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↓恐竜博物館入り口前
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恐竜博物館に入場すると、建物の3階部分のエントランスホールになっており、そこから長さ33mのエスカレーターで一気に地下1階まで下り、見学がはじまります。三脚とフラッシュ使用は禁止ですが、それ以外の写真撮影は自由ですので、見学しながら心ゆくまで写真を撮ることができます。

↓地下1階への33mのエスカレーター
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地下1階にはダイノストリートと名付けられたトンネル状の廊下があり、両側に大きな実物化石が埋め込まれています。これらは見事な化石標本で、自然の造形美を感じさせるもの。まずは美術品のような化石の世界を味わってください。

↓ダイノストリートの美しい化石たち 4枚
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地下1階ダイノストリートの突き当りには通称ボーンベッドと呼ばれる竜脚類カマラサウルスの産状化石があります。これは発掘された時そのままの全身骨格の状態が見られる貴重なもの。全長15mのカマラサウルスがエビ反りの姿勢のまま化石となり、アメリカ・ワイオミング州で発見され、ここに展示されています。

↓ボーンベッド至近見学
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↓ボーンベッドを上から撮影
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2014年 11月 06日 |
越前勝山城博物館から山奥へ入り、白山信仰の中心地として栄えた平泉寺白山神社へやってきました。

ここ平泉寺白山神社は、一乗滝と同じく、717年(養老元年)に越の大徳と称される泰澄上人によって開かれました。
そして、中世の最盛期には48社36堂6000坊、僧兵8000人の巨大な宗教都市を形成したそうです。戦国時代には朝倉氏と肩を並べる越前国の一大勢力であったと伝えられます。

今は昔、静謐な深い森の中にある、なんとも雰囲気の良い神社でした。
このあたりは「白山平泉寺旧境内」として、国の史跡に指定されています。

それでは、平泉寺白山神社の写真をじっくりとお楽しみください。

↓うっそうとした森の中の長い参道をのぼり、拝殿へと進みます。
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↓拝殿が見えてきました。
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↓境内の苔も有名です。
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↓「中世の石畳道」も有名な見どころで、はるかな歴史の彼方へ思いを馳せました・・・
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2014年 10月 25日 |
越前大野を後にして、徐々に白山に近づいていきます。
次は白山信仰の中心地として有名な平泉寺白山神社に行こうとクルマを北に向けて走らせていると、思わぬ建物に出くわしました。

↓でっかい城です。(以下、今日の写真は全てクリックすると横1000ピクセルに拡大されますので、ぜひ大きくしてお楽しみください)
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場所は勝山市でしたので、越前勝山城か?と思い、クルマをとめて写真を撮りました。

こんなところに大きな城があるとはつゆ知らず、びっくりしました。

↓実は田んぼの中に、どかんと建っています。
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よく見ると入口に「勝山城博物館」と書いてあります。
どうやら戦国時代に柴田勝安によって築城された史跡としての越前勝山城とは違うようです。

後日、調べてみると、この城は、歴史上の勝山城とは関係なく、1992年に相互タクシーの創業者である多田清の手により建築されたもので、現在は「公益財団法人多田清文化教育記念財団」が運営しているそうです。
ただ、このコンクリート製の天守閣の高さは57.8mあり、日本一の高さとのことです。結構、重厚なつくりでした。

この「勝山城博物館」内部では、武具や武家の女性の着物、合戦図屏風などが展示されていますが、平泉寺白山神社に行かねばならないので時間がなく、じっくり見学できませんでした。

こういう予想していなかった意外な風景も、行き当たりばったりの旅の面白さですね。

↓途中で出会った薬屋さんの印象的な看板
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2014年 10月 21日 |
越前大野には多くの見所があり、人が少なく散策しやすいので、いろいろ歩き回りました。
朝倉義景や金森長近など戦国武将ゆかりの地でもあり、歴史好きにも楽しめます。
ということで、歴史探訪と町並み鑑賞を兼ねた、そぞろ歩きを満喫しました。

それでは、越前大野のさまざまな写真をご覧下さい。

↓結ステーション時計台
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↓日本名水百選のひとつ「御清水」
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↓御清水は現在でも野菜を洗ったり市民の生活に使われています。
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↓羽二重伝習所跡
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↓朝倉義景の墓
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一時、将軍足利義昭を擁し天下も狙えた朝倉義景は、織田信長との戦に敗れ一乗谷からさらに山奥の越前大野に逃げてきましたが、部下の裏切りにあい、自刃しました。
ここで、11代続いた越前国の戦国大名朝倉氏は滅亡しました。
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↓朝倉義景の墓所の前に美しい池:義景池があり、天然記念物の淡水魚:イトヨが生息していました。
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↓朝倉氏の滅亡後、信長配下の武将:金森長近が築いた越前大野城
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↓大野は山間の盆地なので寒暖の差が激しく霧や霞がかかりやすく、大野城はまさに雲に浮かぶ天空の城のようになります(借用写真)
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その後、大野城を築いた金森長近が飛騨高山へ移ってから、越前大野の藩主は次々変わりますが、1682年に大老土井利勝の四男・土井利房が下野国から入り、以来、土井氏が明治維新まで統治しました。

↓その藩主土井家の菩提寺で「殿さんの寺」として親しまれた善導寺の彫り物:見事なものでした。
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↓平成大野屋
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↓武家屋敷
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2014年 10月 16日 |
一乗谷を満喫した後は、越前大野に向かいました。

大野市は、福井県の内陸部にあり、越前の小京都と呼ばれる情緒ある町です。
ここへは以前から来たかったのですが、実際に訪れると、期待にたがわぬ素敵なところでした。

九頭竜川の流れる山間部に開けた平らな盆地の町で、奥越地方の中心地として栄えてきた小京都の名にふさわしい、のどかで美しく静かな佇まいがあります。

人が少ないので、落ち着いて散策でき、本物の京都より快適です。京都生まれの私が言うのですから間違いありません(笑)

それでは、大野の中心部にある七間通りの写真をご覧下さい。、
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↓世阿弥の作になる、からくり人形「羽衣」
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2014年 10月 11日 |
一乗谷をどんどん奥へ行くと、突き当たりに、一乗滝がありました。

白山を開山し越の大徳と称される泰澄上人が、717年(養老元年)、この滝の上流に滝水山浄教寺を開山し白山大権現を祀ったと伝えられます。

↓スローシャッターで
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↓高速シャッターで
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一乗滝は、佐々木小次郎が秘剣「燕返し」を身につけた場所として有名です。

↓ということで、佐々木小次郎の銅像がありましたので、一乗滝をバックに撮影してみました。
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佐々木小次郎は、諸説ありますが、『二天記』によれば、越前国浄教寺村(ちょうどこの滝の付近)で生まれたそうです。
佐々木小次郎の師匠は、越前朝倉氏につかえた中条流富田勢源、あるいは富田門下で越前朝倉氏の剣術指南の鐘捲自斎とされています。
いずれにせよ、このあたりが佐々木小次郎が修行した場所であるのは間違いないようですね。


↓ここは非常に山深く、昆虫や花が多かったので、また喜々と撮影したのでした(笑)
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2014年 10月 09日 |
現在の一乗谷は、ちょっと山深い里山という感じで、自然がとても豊かでした。

歴史探訪とともに自然観察も好きな私には、とても楽しめる場所でした。

野鳥、昆虫、爬虫類、花など、被写体がいっぱいあって、夢中でいろいろ撮りまくり、時間があっという間に過ぎ去っていきました・・・いやあ、拙いながらもワクワクと旅カメラ・ライフの世界は広くて奥が深く面白いですわ(笑)

それでは、以下、レンズを望遠に変えて撮影した、一乗谷の生き物たちをご覧下さい。
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↑最後の二枚の写真のカワガラスには苦労しました。
なにしろ小さくてチョコレート黒色の野鳥で、目の部分も黒いので、黒い塊のように写ってしまい、それならと露出をオーバー気味にするとブレてしまい・・・・・なかなかうまく撮れませんでした。。。

なお、カワガラスは渓流に棲む、スズメ目ヒタキ上科カワガラス科の野鳥で、いわゆるカラスの仲間ではありません。

    かわがらす なきすぎゆきぬ たぎつ瀬の たちき輝き流る上を (若山牧水)

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2014年 10月 07日 |
一乗谷は、割と明るい谷で、小さな川(九頭竜川水系の一乗谷川)が流れており、その両岸に遺跡と復元町並があります。

朝倉氏は、戦国時代、ここから越前の国を支配したわけで、その遺跡を眺めると、深い感慨にとらわれます。山城というより、広大な要塞群であったことが分かります。
応仁の乱後、荒廃した京から、多くの公家や文人たちが避難して来て、ここは「北の京」といわれ大いに栄えたそうです。

ちょうど復元町並の対岸に遺跡があり、そこをゆっくり歩き回りました。散策コースが整備されており、説明書きも随所にあり、唐門をはじめ興味深い場所が多くありました。

以下の写真は全てクリックすると横1000ピクセルに拡大されますので、ぜひ大きくしてお楽しみください。

↓一乗谷川
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↓御屋形橋
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↓メインの唐門
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↓朝倉義景館跡
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↓広大な遺跡群を歩く・・・
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↓諏訪館跡庭園
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↓諏訪館橋
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