模糊の旅人
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カテゴリ:岡山( 10 )
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2016年 10月 03日 |
↓湯原温泉の中心街から南へ少し歩いて湯原大橋を渡った先に「はんざきセンター」があります。
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「はんざき」とは、世界最大の両生類オオサンショウウオのことで、半分裂かれても死なないという伝説から名づけられたようです。河川の上流域に生息しますが、湯村温泉近辺のオオサンショウウオは国の特別天然記念物で、捕獲することは禁じられています。

その昔は、山間部における貴重な蛋白源として食用にされてきた歴史を持ち、その際、身をさばくと山椒の香りがすることから「山椒魚」と名づけられたようです。

↓オオサンショウウオ説明看板
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↓はんざきセンターに入ったところにある展示・・・ちょっとびっくりします。
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はんざきセンターは、正式名を「湯原オオサンショウウオ保護センター」といい、湯原温泉近辺に棲息するオオサンショウウオを調査研究し、多くの個体を大型水槽で飼育しています。中には体長140cmを超えるものもいて、推定年齢100歳くらいではないかと思われます。複数の標本展示もあり、驚かされます。大きいので少々グロテスクですが、とても貴重な体験ができる場所です。

↓オオサンショウウオの飼育室(中央にあるのが過去最大の飼育個体だったリュウ君の剥製です)
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↓非常に大きかった「リュウくん」の剥製の説明・・・160cmで推定年齢130歳とはすごいですね
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↓太宰治ほかの近辺のオオサンショウウオ関係文献も収集され展示されています。
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↓センターに隣接して、「はんざき大明神」が祀られています。
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↓はんざき大明神説明板
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つまり、この大明神は、戦国時代に大はんざきを退治した一族に災厄があったため、祟りを恐れた村人たちが、祠を作りそれを大明神として丁重に祀ったことに由来します。

↓はんざき大明神の祠
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↓はんざきの森入り口
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今では、毎年8月8日に「はんざき祭り」が催行され、湯原温泉の夏の風物詩となっています。

この祭りの大はんざきの山車が、センターの北側広場に格納されており、見学することができます。異様な迫力のある山車です。

↓大はんざきの山車
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↓湯原温泉郷の生き物の説明看板
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↓アジサイが咲いていました。
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2016年 09月 28日 |
湯原温泉には偉大な歌人・与謝野晶子関連の歌碑が二か所あります。夫の鉄幹が少年期を岡山で過ごしたことから、与謝野鉄幹、晶子夫妻は、しばしば岡山県を訪れました。夫妻はこのあたりがお気に入りだったようです。

↓砂湯の近くにある与謝野晶子の単独の歌碑
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  かじか鳴き夕月映りいくたりが岩湯にあるもみな高田川   晶子

高田川(現在の旭川)の清流に月影が揺れ、かじかが鳴く様を情緒たっぷりに詠んでいますね。

現在も清流は美しく、かじかの鳴き声も健在です。なお、かじか蛙は、湯原温泉一帯が特別繁殖地で、春から夏にかけてコロコロと涼やかな声を響かせます。

↓晶子歌碑の説明石碑
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↓湯原温泉の中心地の写真スポットでもある鼓橋(つづみばし)のたもとにある与謝野夫妻の歌碑
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  鼓橋をわがのる乗合自動車(くるま)渡りゆけば礼する娘ありいで湯の街に  寛

  鼓橋湯山の橋を渡るなり奥美作の夏の夕ぐれ  晶子

寛(鉄幹)の歌は乗合自動車に礼をする人を詠んでおり、晶子の歌は奥美作の夕刻に橋を渡る情景をさらりと詠んでいます。


こうして、温泉街を散策しながら、湯原の美しさを象徴する歌碑を訪ねると、しみじみとした気分になります。まさに文学散歩です。

↓鼓橋
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↓鼓橋の歌碑近くにある足湯・手湯
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↓「おふくの方」像の横にある歌碑
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↑ 大悟せる人の如しも水底に川椒魚の動かざりける  木畑貞清


↓湯原温泉薬師堂(失くしたものが帰ってくるお薬師様として信仰を集めています)
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↓薬師堂横の薬湯(効用があるそうです)
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↓田舎風情の食堂・・・昭和レトロっぽくて思わずパチリ
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温泉街の南、湯原大橋を渡った先に、「真庭市役所湯原振興局」があります。この建物は元・湯原町役場であった古い木造庁舎でとても雰囲気があります。誰も注目していませんが、私は興味深く感じて、いろいろな角度から撮影させてもらいました。

↓真庭市役所湯原振興局
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↓中央上部をアップで撮影
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↓今日の最後の自然ショットはトンボ(多分、ニホンカワトンボ)です。旭川に面した緑の中を飛んでいました。
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2016年 09月 25日 |
湯原温泉街を散策していると、菊之湯の前に、おふくの方湯治邸跡があり、印象的な像が立っていました。

おふくの方は、湯原温泉の母ともいうべき存在ですので、少し詳しく書いてみます。(たびねす記事では字数制限があって思うように書けなくてストレスが溜まったので、子・宇喜多秀家のことを含めて、今日はブログでちょっと長めに文章を展開してみます)

↓おふくの方の像
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おふくの方は、才色兼備の女性で、その波乱に満ちた生涯から、戦国のクレオパトラというべき存在です。
幼名は「お鮮」といい、後に秀吉の側室になった際に「おふく」と改名したとする説もあります。

美作に生まれ、類まれなる美貌で三国一の美女と言われました。「美作美人」という言葉が生まれる元になったそうです。


評判の美人だったことから美作の殿様:高田城主・三浦貞勝に嫁ぎ一子をもうけましたが、高田城は備中松山の三村家親に攻められ落城し、夫の貞勝は自害しました。おふくは子・桃寿丸とともに備前に逃れ、戦国乱世の梟雄・宇喜多直家に見初められ妻となります。

宇喜多直家は、おふくの機嫌を得ようと亡夫・三浦貞勝の仇である三村家親を暗殺します。

直家はさらに、近隣の豪族を次々と謀略で倒し、備前・美作を領有する戦国大名になります。

宇喜多直家は、浪人から下剋上でのしあがった権謀術策を駆使する風雲児とされますが、大きな合戦なしに策略や奸計で国盗りを達成したわけですから、ある意味、非凡な才能を有していたと言えるでしょう。また、おふくにはベタ惚れして一筋に愛し浮気もしなかったそうです。
おふくと直家は、大変仲の良い夫婦として岡山城に君臨し、二人の間には女子(後の吉川広家の妻)と男子(後の宇喜多秀家)が生まれます。

しかし、時は戦国末期、備前・美作は、東西有力勢力の中間に位置し、困難な対応を余儀なくされます。
西の毛利、東の織田の勢力が迫り、とうとう、直家は子の秀家を人質として差し出し織田方についた後に、病死します。

(余談ですが、戦国乱世の三梟雄とは、斎藤道三、松永久秀、宇喜多直家です)

↓現在の岡山城
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おふくは未亡人となり「岡山城の女城主」と呼ばれましたが、羽柴秀吉に接近し、その側室となることでわが子・宇喜多秀家の将来を託します。

このあたりの詳細は諸説あり、宇喜多直家が死の直前、秀吉に、おふくの面倒を見てやってくれと頼んだという説があります。おふくの側から秀吉に近づいたとする説も有力です。宇喜多家の安泰を図ろうとする策であったのかも知れません。
また、秀吉が黒田官兵衛の仲介で評判の美女「おふくの方」を手に入れ、そのかわり、おふくの子に「秀」の字を与えて秀家と命名し元服させ、養子にしたという逸話があります。
いずれにせよ、おふくが才たけた美人であったこと、毛利に対抗したい秀吉との思惑が一致したことは間違いありません。本能寺の変直後・中国の大返しの際にも、秀吉は岡山城にわざわざ一泊しています。まさに、シーザーあるいはアントニウスとクレオパトラの関係に似た話ですね。


↓宇喜多秀家像(岡山城蔵)
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おふくの願いを聞いて、秀吉は宇喜多秀家を養子として重用します。母の血を引いて利発な美少年だった秀家を、秀吉は大いに気に入り、出自は外様にもかかわらず秀吉の一門衆並みに扱います。

秀家も期待に応えて才能を発揮し、やがて秀吉が大切にした養女豪姫(前田利家の娘で洗礼名マリア)を娶り、57万石を安堵され大大名となります。さらに、文禄の役では大将として出陣し、ついには秀吉晩年の五大老の一人にまで出世します。

ちなみに、五大老とは、徳川家康・前田利家・宇喜多秀家・上杉景勝・毛利輝元です。秀吉は、朝鮮出兵が成功すれば、宇喜多秀家を日本か朝鮮の関白にしようとしていました。

どうやら、秀吉が養子とした男子の中では、宇喜多秀家が最も優秀だったようです。(秀次・秀勝・小早川秀秋らは凡庸でした)

秀吉の死後、秀家は、関ヶ原の戦い(1600年)で西軍の主力として中央に位置し、福島正則軍と正面衝突し善戦します。しかし、小早川秀秋の裏切りにより敗れます。敗戦後は薩摩まで落ち延びますが、ついには八丈島に流されて、おふくと二度と会えなかったとのことです。


おふくの方の晩年について詳しくは分かりませんが、現存する自筆書状が1600年以降のものだとされています。
また、岡山城下に「おふくの方(お鮮さま)」の墓と伝えられる供養塔が残されており、「お鮮さまのお墓を見れば、さても立派なお墓でござる」と手毬歌が伝わっていることから、法鮮尼と呼ばれ岡山の寺で穏やかに過ごしたと思われます。院号は円融院。

↓岡山市にある「おふくの方」の供養塔(五輪塔)・・・岡山市の重要文化財です。
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後日談ですが、宇喜多秀家は長寿で、流刑地・八丈島で84歳まで生きました。没年は明暦元年(1655年)で、江戸幕府第4代将軍・徳川家綱の御世でした。結局、宇喜多秀家は、関ヶ原を戦った大名の中では、最も遅くに没した人物となりました。。。。



宇喜多秀家が豊臣秀吉政権下で岡山城主であった当時、病を得た母おふくのために、湯原に湯治場を開設しました。大きな湯屋のほかに寄宿10余棟を造営したと伝えられ、おふくの方は長期間、湯治療養したとのことです。これが、湯原温泉が本格的な大温泉地として利用された最初です。

湯原に湯治する原因となった「おふくの方」の病とは、最初の夫・三浦貞勝との間にもうけた子・三浦桃寿丸が伏見大地震で圧死してしまったショックによるものと伝えられます。(異説あり)
なお、おふくが次の夫・宇喜多直家との間にもうけた娘・容光院は、宇喜多秀家の実姉ですが、母の血を受け継いだ大変な美人で、毛利三家のひとつ吉川家当主・吉川広家の正妻となりました。容光院という名前からも容姿が光り輝いていたと想像されますね。

↓「おふくの方」の像のある菊之湯。現在は湯原国際観光ホテルとも称され湯原温泉の中心的存在です。まさに「おふくの方」の湯治場が継承された現在の姿ですね。
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全くの私見ですが、現在の岡山市の基礎を築いたのは宇喜多直家と秀家ですから「おふくの方」がいなければ岡山の繁栄は無かったと考えます。そういう意味では、おふくの方は、「湯原温泉の母」のみならず「岡山の母」と言えるのではないでしょうか。

『戦国のクレオパトラ』として「おふくの方」を主人公とした大河ドラマか映画でも作られませんかね・・・・直家や秀家の生涯を含めて波乱万丈でドラマチックだと思うのですがね・・・・



「おふくの方」の像の前に立って、戦国時代に自己の美貌と知略で生き抜いた女性の生涯を思い起こし、歴史のロマンにひたってみるのも一興です。

↓今日の最後の写真もユキノシタです。上記の菊之湯のすぐ側の山際に群生しています。おふくの方の時代から咲き続けてきたのでしょうか。
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<追記> 2016.9.26

「おふくの方」を主人公とした大河ドラマか映画でも作られませんかねと書いたところ、何人かの方からメールやコメントで情報をいただきました。以下に整理してみますので、連絡いただいた方々に、深く御礼を申し上げます。

(1)1988年にTBSの『愛に燃える戦国の女』という「おふくの方」を主人公にした3時間ドラマがあったそうです。おふく役は三田佳子さんが演じました。

(2)NHK大河ドラマでは、これまで脇役ですが「おふくの方」が登場しました。

    ひとつは、1996年の『秀吉』で、高瀬春奈さんが「おふく」として演じました。
    
    次は、2014年の『軍師官兵衛』で、笛木優子さんが「おせん」として演じました。この時の宇喜多直家役は陣内孝則さんで、二人の登場シーンは、こちら

(3)宇喜多秀家は、2016年NHK大河ドラマ『真田丸』で、高橋和也さんが演じました。


なお、「おふくの方」は、徳川家光の乳母で春日局と呼ばれた方と同じですかという質問もいただきました。
「おふく」は縁起が良いとして当時から多く用いられた女性の名前ですので、混同しやすいですが、宇喜多秀家の母の「おふくの方」と、徳川家光の乳母「おふく様」は全く違う人物です。
徳川家光の乳母のほうの「おふく様」は、明智光秀の重臣:斎藤利三の娘として生まれ、小早川秀秋の家臣:稲葉正成の妻で、後に徳川家光の乳母から大奥の公務を取り仕切る将軍様御局となり、「春日局」の名号を下賜された女性です。



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2016年 09月 22日 |
「たびねす」に、私の湯原温泉の記事が掲載されました。
砂湯以外の観光スポットに注目した記事ですので、ぜひ、ご覧ください。
どうぞよろしくお願いします。

(37)砂湯だけじゃない!岡山県「湯原温泉」で自然と文化の香りに癒されよう!
http://guide.travel.co.jp/article/21453/





拙ブログでも、たびねす記事とタイアップして今日から湯原温泉を紹介させていただきます。


岡山県の北部、美作の国の奥地に湯原温泉があります。

中国山脈の山懐に抱かれた旭川沿いに広がる名湯で、美作三湯のひとつとして親しまれてきました。近年では露天風呂番付で西の横綱に選定され、高速道路が近くを通るようになったにで、人気を集めています。

一番有名なのはダム下の砂湯ですが、それ以外にも、自然と文化の見どころが沢山ありますので、このブログでは四回にわたって紹介させていただきます。


↓湯原ダム・・・このダムの下に無料露天風呂「砂湯」があります。
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↓砂湯の入り口・・・男女混浴の露天風呂ですので、これ以上近づいて写真は撮れません。あしからず。
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↓露天風呂番付の看板・・・西の横綱が湯原になっていますね。
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↓砂湯入湯心得の看板・・・私もこの心得に従って入湯しました。
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↓砂湯付近に架かる「寄りそい橋」
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↓湯原温泉街の風景
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↓和風の旅館が良い雰囲気ですね。
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↓なかでも見事な油屋さんをアップで
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↓独楽の博物館
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↓温泉街が面した旭川の清流
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↓ユキノシタの花が咲いていました。
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さて、台風来襲でご心配をおかけしましたが、無事帰宅しました。
大分県~宮崎県方面を旅したのですが、前半は好天でしたのでいろいろ回りました。後半は風雨で、あまり回れず、一番の目的だった霧島・高千穂峰登山を断念せざるを得なかったのが残念でした。
湯原温泉記事の後は、この九州の旅の模様をアップする予定ですので、どうぞよろしくお願いします。


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2016年 07月 23日 |
龍野城を後にして、美作方面へとクルマを走らせます。

国道179号線いわゆる出雲街道が、龍野から北西に美作を経て山陰方面へ通じています。
JR姫新線に沿って走る緑の多い快適な田舎道ですので、しばらくはこの179号線を行くことにします。

新宮交差点を左折してしばらくすると「道の駅しんぐう」というのがありましたので立ち寄ってみました。
トイレ休憩し土産物や地場野菜をざっと見学。

↓道の駅しんぐう
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↓道の駅にいたツバメさん。燕尾のフォルムが好印象です。
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やがて三日月・上月といった場所を通過します。上月城といえば山中鹿之助を思い出しますが、なかなか良いところですね。

このあたり兵庫県中部の山道をクルマで走っていると、途中で、いろいろな野鳥を見かけました。
大型のサギ類が見つけやすく、アオサギやアマサギが飛んでいるのを見ました。

その中で、注目すべき鳥を見ましたので、なんとか道路わきに空き地を見つけて駐車し、窓から望遠レンズを構えて一枚パチリ。
遠くだったので作品的には撮れませんでしたが、証拠写真はゲットできました。

↓撮影してから写真を拡大してみると間違いなくコウノトリです。等倍に拡大トリミングしています。
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兵庫県北部では豊岡で放鳥している関係でコウノトリは多いのですが、兵庫県中部でも見られるのですね。コウノトリは私の名刺写真にしている好きな鳥なので嬉しかったです。

↓緑多き山野
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やがて、佐用に出ましたので、ここからは山陽自動車道に乗り、西へ急ぎ美作国すなわち岡山県北部へと入ります。
岡山県北部には美作三湯と呼ばれる有名温泉地三か所がありますので、そのどこかに泊まりたいものです。露天風呂にゆっくり浸かってみたいな(笑)
ということで、山陽自動車道をしばらく走ると勝央サービスエリアに至りましたので、ここで休憩し宿泊先を決めることにします。

勝央SAで落ち着いて検討してみました。すでに美作三湯のうち湯郷温泉は通過してしまっているので、残るは奥津温泉か湯原温泉になります。どちらも名湯ですが、湯原温泉のほうが大きく宿も多いので飛び込み宿泊では安心です。
それから、時間がまだ余裕があるので、どこかもう一か所観光したいと思い、道路地図や勝央SAの観光マップで検討したところ、湯原温泉に行く途中に「神庭の滝」といういかにも深山幽谷らしきスポットがあること分かりました。

よし、神庭の滝~湯原温泉へ行くことに決定です!

↓中国山地の山間部の田園風景
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山陽自動車道を西へ走り、落合インターで高速を降り、再び出雲街道を走り、中国勝山で北へ折れ、神庭の滝に至りました。

「神庭の滝(かんばのたき)」は西日本随一の迫力を誇る滝とのことで期待が高まります。
ここは有名観光地のようですが、梅雨時の平日午後3時頃ということで、ほとんど観光客は居ませんでした。駐車場にクルマを止め整備された遊歩道を15分ほど登ります。(駐車料金無料、入山料300円)

↓季節柄でしょうか、水量が豊富な渓谷が目の前に広がります。
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↓この深山幽谷の雰囲気は素晴らしいなあ・・・まるで奥入瀬渓谷のようです。
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↓水滴がしたたり落ちる
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↓これは「玉垂の滝」と呼ばれているとのこと
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↓ひのきチップを含んだ舗装道の向こうに巨大な滝が見えてきました。神庭の滝です。
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↓近づくと橋(滝見橋)がかかっており滝と川の景観が見事です。
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↓良い滝ですね。
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神庭の滝は「日本の滝百選」にも選ばれた、高さ110m、幅20mの西日本最大級の名瀑だそうです。
この水系は、中国山地を南流し、岡山市を流れ瀬戸内海に注ぐ旭川の支流神庭川の源流地帯にあたります。
神庭の滝の付近は深い中国山地のど真ん中で、水量が豊富で迫力がありました。
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↓接近するとマイナスイオンいっぱいで滝の轟音も響き渡ります。
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↓ライトトーンで薄味で撮影してみます。
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↓トイフォトでアンダー気味に撮影してみます。
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↓柔らかめに撮影
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↓最後は右下の紫陽花にピントを合わせて滝をバックに撮影してみました。
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2012年 04月 23日 |
山陰地方は、旅先として好きなのですが、その理由のひとつが、大山の美しい姿が眺められることです。

今回もまず、中国山地を横断する際に、岡山県の蒜山高原あたりで裏大山と呼ばれる伯耆大山の南側の姿が見られました。

蒜山高原からの大山は、ギザギザの険しい連峰のように見え、まるで信州のアルプス山塊のようです。

その裏大山の雄姿を望遠ズームで撮影しましたので、お楽しみください。
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CANON EOS Kiss X4 with EF 70-200mm F4L


今年は雪が多いですね・・・

大山の姿は、見る場所により七変化しますので、今後、断続的に掲載していく予定です。
これからのブログ写真もどうぞよろしく御願いします。

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2011年 07月 04日 |
実は、私のクルマは10年以上前から乗っている古いもので、カーナビがついていません。
カーナビというのは目的地が決まっている時は非常に便利なものなのですが、今回の旅のように気ままなドライブの場合は、いまいち面白くありません。

やはり道路地図帳が一番役に立ちます。地図帳を眺めながら、さてこれから何処へ行こうかと、迷いながら判断するのが、また楽しいのです。

さて、最上稲荷から、どちらの方向へ行くか・・・まだ午前中で、このまま西へ走ると九州まで行ってしまいそうです(笑)・・・帰りのことを考えると、どうも気が進みません。
それに温泉となると山陰~北陸方面が名湯が多いという印象があり、やはり北に向かうことにしました。

岡山自動車道に乗り北へ、北房ジャンクションから中国自動車道を東に向かいます。
このあたりは、非常にクルマが少なく、気持ちよくドライブができます。鼻歌を口ずさみながら、すいすい走っていると、落合ジャンクションを通過してしまいました・・・

落合から米子自動車へ乗れば湯原温泉から皆生温泉へ行けるのですが、まだ時間が早いし、ま、いいか。
皆生温泉には、まだ行ったことがないので、少し頭にあったのですが、また次の機会にしましょう。

ただこのままでは、大阪方面に帰ってしまいます。
ということで、存分に快適な高速道路のドライブを楽しんだことですし、津山インターで降りて日本海側をめざしました。
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一般道は好きな所で止まったりできるのですが、道を間違えやすいです。
案の定、少し道に迷ったりしたのですが、なんとか鳥取付近の日本海岸に出ました。
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2011年 07月 03日 |
今回の旅では、天気は「曇り時々晴れところにより雨」という感じでした。
ド快晴もあれば凄い大雨もありました。遠くに台風があったせいか、短時間で急変する天候を経験しました。
後から考えると、この最上稲荷付近が一番天気が良かったようです。

さて、最上稲荷で今回の旅の無事を祈願したあと、周辺などを少し撮影しました。
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駐車場に通じる土産物店街は、到着した時は早朝でしたので閉まっていたのですが、出るときは徐々に開店しており、トンネルのような商店街の雰囲気が面白かったです。
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名物の饅頭があったり、ここはお参りする人が多い、有名な場所だったのですね。いや全く知りませんでした(汗)

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2011年 07月 02日 |
皆さま、お元気ですか。
無事、温泉放浪の旅から帰ってきました。

週末に用事があるので、日本一周は無理でしたが、結果的に本州五分の一周くらいの旅をしてきました。
今回の旅の写真は、ブログで時系列順に公開していく予定ですので、日本地図でも思い浮かべながら、一緒に気楽な旅を楽しんでいただければ幸いです。

まず未明、朝の出勤ラッシュがはじまる前に、大阪の中心部を避けて行こうと思いました。
私の住む大阪南部から、大阪の中心部を避けて北へ行く場合、北西へ湾岸高速を利用するか、北東へ近畿自動車を利用することになります。

どっちが良いかな・・・天気予報では西日本のほうが晴れているようです。
よし湾岸高速だ!
早朝はクルマが少なく、快適なドライブです。
神戸から阪神高速~山陽自動車道と渋滞もなく、どんどん走りました。

そうこうしているうちに、姫路~相生を過ぎました。
平日早朝の高速道路というのは、非常に速く走れるものですね・・・いつの間にか播磨から備前を過ぎ備中の国に入っているではありませんか。そろそろ、どこか観光地でゆっくりしたいところです。

ということで、高速の岡山総社インターで降りて向かった先は↓
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岡山・備中高松の最上稲荷(さいじょういなり)です。
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なぜ最上稲荷かというと・・・空が晴れてきて青空が見事なので、これはE-300の濃厚な色を使うチャンスだと思ったからです。

このあたりに、E-300に似合うド派手な雰囲気の寺社が無いかと道路地図を探すと、最上稲荷がありました!
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最上稲荷は、日本三大稲荷の一つで、パワースポットです。約1250年前、開かれたそうです。鳥居があり本殿は神宮形式ですが、「神仏習合」で、正式名称を最上稲荷教総本山妙教寺といいます。

元は天平時代に創建された寺で、平安時代に伝教大師により天台宗の寺になり、さらに江戸時代に日蓮宗の寺となりました。現在も、法華経を意味する最上位経菩薩を本尊としており、あくまで稲荷を併設する寺です。
岡山県内で唯一、明治初年の廃仏毀釈の被害を逃れた、日蓮宗系「神仏習合」の祭祀形態を現在も残す貴重な場所です。
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久しぶりに使ったE-300は、やはり濃いですね。その浪花節的発色を生かすため、少し彩度を上げて現像しています。

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2009年 05月 11日 |
「白い雲のように」
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「風に吹かれて」
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「行けるところまで行こうか」
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OLYMPUS E-300 with ZUIKO Digital ED14-42mmF3.5-5.6

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