模糊の旅人
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カテゴリ:熊本( 10 )
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2008年 11月 20日 |
旅の一コマ(9) 「美少年よ、大志をいだけ!」
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熊本県・天草にて

<参考>
↓の唐津城と、↑の天草四郎時貞(16歳)による島原の乱には関係があります。
唐津城を築いた寺沢広高は、豊臣秀吉の朝鮮出兵に長崎奉行として功績を上げた男です。
秀吉没後は徳川家康に近づき、関ヶ原の戦いでは東軍に組し、戦後にその功によって天草4万石を加増されました。そして唐津城を築城し、唐津藩12万石を領する大名にまで出世し栄華を極めました。
唐津藩は繁栄し、有名な「虹の松原」が作られ、寺沢広高は名君として治世したようです。
しかし天草地方は、寺沢広高が天草の石高を過大に算定しており、実質2万石しかなかったそうです。そのため年貢の取り立てが非常に苛酷なものとなり、自らかつてキリスト教徒であったのですが、厳しいキリシタン弾圧も行いました。
結局、それが島原の乱が天草と連動した原因であったと言われています。
島原の乱では、幕府軍の攻撃とその後の処刑によって老若男女3万7000人が死亡したそうです。
乱の終結後、寺沢広高の子:寺沢堅高は、責を問われ天草領4万石を没収され自殺しました。嗣子はなく、寺沢家は断絶し改易となりました。

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2008年 11月 09日 |
旅の一コマ(5) 「海と空とのグラデーション」
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熊本県天草の十三仏公園にて撮影した東シナ海です。

与謝野鉄幹:天草の十三仏のやまに見る 海の入日とむらさきの波
与謝野晶子:天草の西高浜のしろき磯 江蘇省より秋風ぞふく

という夫婦の歌碑がありました。 ちょっと感動しました。

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2008年 08月 29日 |
天草では、下田温泉に宿泊しました。
西の果ての温泉なので、東シナ海に落ちる夕陽が最高に綺麗でした。
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海に落ちる夕陽を眺め、温泉に入り、夕食をいただく・・・本当に気持ちが良かったです。
また訪問したい地ですね。
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隠れキリシタンの地ですが、こんな美しい夕日を毎日眺めたら、敬虔な気持ちになるような気もします。このあたりを、サンセットラインと言うそうです。

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2008年 08月 28日 |
崎津天主堂の内部は、畳敷きです。
いかにも日本の歴史に根付いた教会という感じです。
室内撮影禁止なので、畳敷きの独特の雰囲気を紹介できないのが残念です。
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百日紅が咲いていました。天主堂をバックに撮ってみました。
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最後は海と教会の景色です。やはり「海の天主堂」ですね。
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2008年 08月 27日 |
崎津天主堂は、大江天主堂と対照的です。
大江天主堂が丘の上に真白くシンボリックに建つのに対して、崎津天主堂は、小さな漁村の民家が密集する港の中に建っています。色合いも対照的です。
この教会は「海の天主堂」とも呼ばれ、教会が建つ漁港一帯は、平成8年、日本の渚・百選「キリシタンの里 﨑津」に選ばれました。
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戦国時代の1566年、修道士アルメイダが天草五人衆の一人:志岐麟泉に招かれ、キリスト教がもたらされます。その後、豊臣政権下で天草はキリシタン大名小西行長の領地となり、キリシタンは保護を受けました。

崎津天主堂は、そのアルメイダ神父により1569年に建てられたもので、ここを中心にキリスト教が天草に広く布教されました。
江戸時代は、1638年の禁教令以降、激しい弾圧を受けながらも、「かくれキリシタン」として、信仰を守り続けてきました。
現在の天主堂は、1934年(昭和9年)ハルブ神父により改築されたものです。建築家は、大江天主堂と同じ鉄川与助氏です。
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2008年 08月 24日 |
カトリック教会の有名な巡礼地ルルドの泉が再現されていました。
明暗差のある被写体ですが、E-520はハイライトが結構粘ってくれます。これだけ写ってくれれば十分です。

マリア像
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少女ベルナデッタ像
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横に立っているルルドの泉の解説の写真です。 これだけ分かりやすく説明されていると、何も言うことはありません(笑)
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2008年 08月 22日 |
村の小高い丘の上に天主堂があります。
日本の民家の屋根と天主堂の調和です。
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<以下は、『ウィキペディア(Wikipedia)』より抜粋>
「ガルニエ神父は、1933年には私費を投じて大江教会の現会堂(通称「大江天主堂」)を完成。ロマネスク様式の同会堂はガルニエの布教に捧げた生涯の記念碑であると同時に、日本の大工職人がヨーロッパの教会建築の技術を摂取して明治~昭和期の日本各地に建てたいわゆる『天主堂』の作例として、近代建築史上も重要である。」
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道標もなかなか風情があります。
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2008年 08月 21日 |
今日は、同じようなアングルから、花や植物と天主堂のコラボの写真をどうぞ。
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明治40年夏、5人の詩人(与謝野鉄幹、北原白秋、木下杢太郎、吉井勇、平野萬里)が、大江天主堂のガルニエ神父に会いに行きました。5人は神父の生き方に驚嘆し感銘を受けました。明治40年なので、この時は今の天主堂ではなく元の質素な聖堂でした。

彼らは、天草西海岸の素晴らしさを紀行文『五足の靴』で紹介ました。今は、「五足の靴文学遊歩道」が整備されてもいます。
また、北原白秋は、この経験を生かして、処女詩集『邪宗門』を明治43年に発表しています。また、木下杢太郎は戯曲『南蛮寺門前』を書きました。
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本日、帰宅すると、アクセス数が18万件を突破しておりました。
皆様の御愛顧のおかげです。本当にありがとうございました。
どうぞ今後とも宜しくお願い申し上げます。

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2008年 08月 20日 |
大江天主堂は、熊本県天草にある小さな美しい教会です。
私の今年の夏休みの旅の最終目的地でした。
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ロマネスク様式の見事な教会が、西の果ての本当にひなびた田舎の村の丘の上に建っていました。
ロケーションも最高な上に、期待通りの美しさで、私は胸がときめきました。
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大江天主堂は、フランス人のガルニエ神父が、私財をなげうって建てたもので、神父は一生をこの地にささげました。
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弾圧によっても信仰を捨てなかった天草の人々の地に希望して赴任し、フランスに一度も帰らず、50年を過ごし遂にこの地で没したガルニエ神父の強い熱意によって大江天主堂は、昭和8年に実現したものです。建築家は鉄川与助氏です。

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2008年 08月 09日 |
皆様、お久しぶりです。お元気ですか?
ただいま、帰宅いたしました。
私は、まず信州の山に登り雪渓の涼しさを味わい、それから九州の西の平戸や天草などの教会を訪ねて回りました。都会を離れて、日本の自然豊かな風景を堪能してきました。

大江天主堂(天草)・・・今回の旅の最終目的地でした。
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昨夏、海外旅行から帰ってくると、EOS40D、D3、D300の発表があって驚いたのですが、今年も旅から帰るとサプライズが待っていました。そう、マイクロフォーサーズの発表です。
まだ、よく情報を把握していないのですが、どうやら従来のフォーサーズの撮像素子と同じ規格のものを使いながら、マウントを小さくし、フランジバックを短くして、さらなる小型軽量化を図るシステムのようです。

現在、キヤノン、ニコン、ソニーは、フルサイズに注力しつつあり、デジタル一眼レフが、大型システムへの道を探っている情勢の中、あえて逆に小型軽量化の新システムへと舵を取った挑戦の姿勢には敬意を表したいと思います。

マイクロフォーサーズは、デジタル一眼ではあるが、デジタル一眼“レフ”ではないようです。つまりミラーやペンタ部がないわけで、見方を変えれば、レンズ交換可能な高級コンパクトカメラであるとも言えます。
どんな製品が出来るのか、とにかく非常に楽しみですね。私のような、旅カメラ派には嬉しいニュースです。

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