模糊の旅人
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カテゴリ:ブラジル( 2 )
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2008年 05月 19日 |
アマゾン川にある町:マナウスで見た巨大魚
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ブラジル、アルゼンチン、パラグアイにまたがる、世界三大瀑布の一つイグアスの滝の「悪魔の喉笛」
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2007年 10月 29日 |
【今日はワンパターンに飽きたので、スタイルを変え、小さな写真と余計な文章で、過去のブラジル簡単旅行記を書いてみます。】

1999年にブラジル旅行をしました。
当時まだ買収されていなかったヴァリグブラジル航空の格安チケットを買い、ロサンゼルス経由で行きましたが、遠かったです。
私にはサンパウロに移民した親戚がいるので、歓迎してくれました。なんとケーキまで作ってくれました。
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観光地では、アマゾン河とリオデジャネイロ、イグアスの滝に行きました。
アマゾン河では、何よりナマケモノを飼っている人がいるのには驚きました。
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リオデジャネイロでは、サッカーの聖地20万人収容のマラカナンスタジアムやイパネマ海岸等を観光しました。
泊まったホテルに、当時サッカー天才青年と言われていたロナウジーニョがいました。インタビューを受けていました。少し話をしました。
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(上のような写真は、ブログに載せないほうが良いのでしょうか? よく分かりませんが、マズければ削除します。)
サンパウロでは、日系の人達と交流しました。日系の方々は、ブラジルで非常に活躍しておられます。
サンパウロは決して綺麗な町とは言えませんが、新興国ブラジルのエネルギーを感じる都会でした。
落書きにもエネルギーを感じました。
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サンパウロのモルンビー墓地に行き、音速の貴公子アイルトン・セナの墓に参りました。1994年サンマリノGPで事故死したのですが、あれは「タンブレロの悲劇」ともいわれ衝撃的でした。
墓は、参ったときも多くの花に飾られておりました。やはりブラジルの国民的英雄だそうです。
墓碑銘は「NADA PODE ME SEPARAR DO AMOR DE DEUS(神の愛より私を分かつものなし)」。↓
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私は、セナの墓の近くにある、私自身の祖父の墓に参り、ブラジル旅行を完結させました。

個人的な感慨を少しだけ述べます。
移民の方々は非常に苦労され、今の生活を築き上げられました。しかし、その後、日本経済が発展し、逆に今は、ブラジル移民の子弟や孫さんといった世代が、日本に沢山、出稼ぎにきています。
ブラジル出身の従姉妹も、現在、日本で働いています。今後、自分の人生をどうするのか迷っているようです。もし私が彼女の立場だったらどう生きるだろうかと真摯に悩みます。思えば、私の祖父がブラジルに渡った時も、大きな選択であったはずです。
国際社会となり、国境を越えることは以前のように大儀なことではありません。ただ経済の変化はただならぬものです。近未来にどのような状況が待っているのか誰にも分かりません。できれば、ブラジル社会も良い方向に発展して欲しいものです。
ブラジル旅行は、人間の運命についても、いろいろと考えさせられる貴重な旅となりました。

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