模糊の旅人
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2017年 07月 24日 |

一昨日、仕事で本町に出たので、ついでにオリンパスプラザに寄って写真展の打ち合わせをしてきました。
その際、オリンパスプラザ大阪のオープン講座で西川 ヒトシ氏の「トンボの撮り方」をやっていましたので、見学させてもらいました。

さすが専門家で、素晴らしいトンボ写真の画像や撮り方エピソードなど、とても参考になり刺激を受けました。

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↓講座の最後に西川 ヒトシ氏からの宣伝があり、8月28に神戸どうぶつ王国で、撮影講座があり講師をするので、ぜひ来てくださいとのことです。

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私も蝶を主体に昆虫写真はよく撮るのですが、トンボはあまり得意ではありません。特に飛翔するトンボは撮影の難易度が高く、うまく撮れません。

西川 ヒトシ氏の素晴らしいお話を聞いて、私もこれからは、トンボも撮ってみようと思いました。

そこで、これまでの整理を兼ねて、私が撮影してきた主なトンボ写真を再掲してみます。

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2017年 07月 18日 |

大阪探索シリーズの補遺ともいうべき記事です。

細川ガラシャの墓を見に、大阪市東淀川区にある崇禅寺に行ってきました。阪急電車京都線の崇禅寺駅から徒歩10分ほどです。
崇禅寺は、天平時代に行基により創建されたとされる古い寺で、悲劇の人々の墓があることで、有名です。

↓何度も戦災で焼失しましたが、1989年に再建されて立派な寺となっています。

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↓重要な三人の墓が、奥に屋根をかけた形でありました。

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↓右から、寺の創建者:隣大和尚の墓、足利義教の首塚墓、細川玉子(ガラシャ)の墓
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↓足利義教の首塚墓

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1441年、将軍:足利義教は赤松満祐に殺害され、本領に引き上げる途中の赤松氏軍勢により、義教の首はこの寺に放置されました。崇禅寺では、首塚をつくり供養しました。この事件は「嘉吉の乱」と呼ばれ、足利幕府の権威は失墜したのです。(赤松満祐は、足利義教の首を播磨坂本城まで持ち帰ったという説もあり、真相は不明です)


↓左側の細川ガラシャこと細川玉子の墓

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ここに細川ガラシャの墓があるのは、当時の細川家の菩提寺が、この崇禅寺であったことによるそうです。
 
 細川ガラシャについて、供養塔のある京都大徳寺の高桐院の記事については、こちら 

 ガラシャ画のあるイスラエルの受胎告知教会については、こちら 

 ガラシャの辞世の歌碑のある越中井については、こちら。

 ガラシャ石像のある 聖マリア大聖堂については こちら。

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↓遠城治左衛門および安藤喜八郎の兄弟の墓

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これは「崇禅寺馬場の仇討」と呼ばれる有名なもので、浄瑠璃、落語、映画などの題材となりました。菊池寛の小説にも『返り討崇禅寺馬場』というのがあります。

1715年、遠城治左衛門および安藤喜八郎の兄弟は、末弟の宗左衛門のかたきである生田伝八郎を討とうとしましたが、伝八郎側の多数の加勢により、崇禅寺馬場で返り討ちにあった事件です。

当時の崇禅寺住職:門啓天岑はこの兄弟を哀れに思い、崇禅寺に墓を築き、二人の菩提を弔いました。それがこの供養塔です。


この寺は悲劇の人たちの供養の場所ですね。


↓崇禅寺の奥庭

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↓水場にはヒヨドリが水を飲みに来ていました。

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↓ここは、明治の初めに、摂津県と豊崎県の県庁がおかれたことがありました。その記念碑です。なお、知事は陸奥宗光でした。

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↓南門の絵を描いておれれる方がおられました。平日の午後、私以外に崇禅寺に観光に来ていた唯一の人です。少しお話をして、奥にあるガラシャの墓を案内させてもらいました。

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↓その南門です。

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