模糊の旅人
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崇禅寺 ~細川ガラシャの墓など
2017年 07月 18日 |

大阪探索シリーズの補遺ともいうべき記事です。

細川ガラシャの墓を見に、大阪市東淀川区にある崇禅寺に行ってきました。阪急電車京都線の崇禅寺駅から徒歩10分ほどです。
崇禅寺は、天平時代に行基により創建されたとされる古い寺で、悲劇の人々の墓があることで、有名です。

↓何度も戦災で焼失しましたが、1989年に再建されて立派な寺となっています。

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↓重要な三人の墓が、奥に屋根をかけた形でありました。

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↓右から、寺の創建者:隣大和尚の墓、足利義教の首塚墓、細川玉子(ガラシャ)の墓
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↓足利義教の首塚墓

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1441年、将軍:足利義教は赤松満祐に殺害され、本領に引き上げる途中の赤松氏軍勢により、義教の首はこの寺に放置されました。崇禅寺では、首塚をつくり供養しました。この事件は「嘉吉の乱」と呼ばれ、足利幕府の権威は失墜したのです。(赤松満祐は、足利義教の首を播磨坂本城まで持ち帰ったという説もあり、真相は不明です)


↓左側の細川ガラシャこと細川玉子の墓

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ここに細川ガラシャの墓があるのは、当時の細川家の菩提寺が、この崇禅寺であったことによるそうです。
 
 細川ガラシャについて、供養塔のある京都大徳寺の高桐院の記事については、こちら 

 ガラシャ画のあるイスラエルの受胎告知教会については、こちら 

 ガラシャの辞世の歌碑のある越中井については、こちら。

 ガラシャ石像のある 聖マリア大聖堂については こちら。

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↓遠城治左衛門および安藤喜八郎の兄弟の墓

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これは「崇禅寺馬場の仇討」と呼ばれる有名なもので、浄瑠璃、落語、映画などの題材となりました。菊池寛の小説にも『返り討崇禅寺馬場』というのがあります。

1715年、遠城治左衛門および安藤喜八郎の兄弟は、末弟の宗左衛門のかたきである生田伝八郎を討とうとしましたが、伝八郎側の多数の加勢により、崇禅寺馬場で返り討ちにあった事件です。

当時の崇禅寺住職:門啓天岑はこの兄弟を哀れに思い、崇禅寺に墓を築き、二人の菩提を弔いました。それがこの供養塔です。


この寺は悲劇の人たちの供養の場所ですね。


↓崇禅寺の奥庭

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↓水場にはヒヨドリが水を飲みに来ていました。

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↓ここは、明治の初めに、摂津県と豊崎県の県庁がおかれたことがありました。その記念碑です。なお、知事は陸奥宗光でした。

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↓南門の絵を描いておれれる方がおられました。平日の午後、私以外に崇禅寺に観光に来ていた唯一の人です。少しお話をして、奥にあるガラシャの墓を案内させてもらいました。

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↓その南門です。

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<たびねす記事もよろしく>
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by mokonotabibito | 2017-07-18 18:18 | 大阪 | Trackback | Comments(7)
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Commented by youshow882hh at 2017-07-19 20:46
こんばんは。ゆーしょーです。
崇禅寺も大阪大空襲で消失したのですね。
今は立派に再建されてますね。
ポチ♪
Commented by youshow882hh at 2017-07-20 20:22
こんばんは。
ポチ♪
Commented by Lago at 2017-07-21 19:14 x
こんな所にガラシャの墓があるんですね。
本当にお骨が入っているのか、最期が最期だけに、真実は多分不明。
結局、お墓って何だろうと考えると、辞書的な意味とは別に、遺るもの、遺された側の心の在りようの問題のような気がします。
従って、故人が墓の中に眠っているというのが一番分りやすく穏当ですが、
高名な人になればなるだけ、骨云々よりも、その方への思いをつなぐ為に、
そのよすがとして、お墓や供養塔をたてて、死者への繋がりを作るんですね。
この崇禅寺の墓は未知ですが、京都の高桐院にはお参りしました。

死や死後のことについては、唯物論者と唯心論者とはまるで異なりますが、
わたくし的には死は無ではなく、霊魂は更に生き続けると考えます。
従って、ガラシャの場合はとりわけその霊魂が神に嘉されて、天上界に永遠の命を得ていると考えたいです。
お墓や供養塔やマリア大聖堂など、何れも祈りのよすがに過ぎません。
死者への思いがあるなら、祈る心の方が大事です。
しかし、しきたりとして形あるものにする事も決して空しいことではないし、否定いたしません。
遺された者は、死者の霊魂の永遠を信じ、愛することで、自らをも救っていくのではないかと思います。
この事は、自身の肉親たちへの体験から得たものですが、
歴史上や文学上の敬愛する人物についても、基本は変わらないと思います。(ミニ旅に出ていてコメントが遅れました)

ガラシアの墓が複数あるとても追慕供養の証しなるらん
Commented by youshow882hh at 2017-07-21 21:56
こんばんは。
ポチ♪
Commented by youshow882hh at 2017-07-22 16:08
こんにちは。
ポチ♪
Commented by travelertsubotomo at 2017-07-23 11:46
比較的最近になって再建されたお寺との事ですが、手入れが行き届いていてきれいなお寺という印象です。
悲しい死を遂げた人々も、ようやく安心して眠れる場所なのかなと感じました。
と言っても、何度も焼失しているようですから、もしかしたらあまりゆっくりできていないのかも知れませんが・・・。

写真がやっぱりキレイですね。お寺の荘厳さが伝わってきます。
Commented by youshow882hh at 2017-07-23 17:46
こんにちは。
ポチ♪
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