模糊の旅人
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ヒッタイト帝国の首都ハットゥシャ遺跡(前編)大神殿遺跡 ~トルコ再訪(23)
2016年 10月 24日 |
ヤズルカヤの西に巨大な城塞都市遺跡のハットゥシャがあります。古代ヒッタイト帝国の首都だった場所で、標高1000~1236mの山の斜面に位置しています。ここは、文明は大河のほとりに生まれるとという我々の常識をくつがえす驚くべき遺跡です。

↓ハットゥシャの大神殿遺跡全貌(上方を望む)・・・遠くに咲いている花木は梅です。
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↓下方を望む
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ハットゥシャ遺跡に入場して、まず最初にあるのが王都の大神殿遺跡です。規模が大きく神殿の中央を100近い貯蔵室が取り囲んでいたようですが、現在は礎石が多数並んでいるだけなので、当時の様子を明確に想像するのは困難です。

↓大神殿遺跡の説明看板
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↓貯蔵室跡と貯蔵甕の復元(大量の食糧を保管していたようです)
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↓井戸跡
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大神殿遺跡で、ただひとつ、無傷で残っているのは、宗教行事を行っていた堂宇中央に鎮座しているグリーンストーンです。下の写真をご覧ください。中央にある四角い石がグリーンストーンで、その背後に広がる大神殿遺跡と、色合いの違いが一目瞭然です。
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当時、ヒッタイトはここハットゥシャを首都として、西はアパサ(現在のエフェス)から東はカデシュ(現在のシリア南部)まで支配し、南の強国エジプトと係争していました。紀元前1274年、カデシュにおいて大きな戦争が行われた後、ヒッタイトとエジプトの間で平和条約が締結されましたが、その事実を楔形文字で記した粘土板が、ここハットゥシャから出土したのです。これが世界最初の平和条約とされ、レプリカが平和を理念とする国連本部ビルに飾られ、2001年にユネスコ記憶遺産に登録されました。

そして、和平の証として、ヒッタイトの王女がエジプトのラムセス2世に嫁ぎ、ラムセス2世からは巨大な宝石岩であるグリーンストーンが贈られたのです。その3200年以上前の時代から、グリーンストーンは霊力のある石として崇拝され、誰も破壊することも持ち去ることもできない不思議な存在感を示し続けてきました。

↓グリーンストーンのアップ
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現在でも、パワースポットとして多くの観光客がこのグリーンストーンに触れて、御利益にあずかろうとしています。
私も、この石に手のひらを当ててみましたが、なぜか温かく感じました。
多分、熱を吸収する性質を持った石だと思いますが、確かに不思議です・・・


↓ここで出土した平和条約の粘土板(イスタンブール考古学博物館蔵)
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   「いにしえの時より、エジプトの偉大なる主とヒッタイトの偉大なる王に関し、神々は条約によってそれらの間に戦争を起こさせなかった。ところが、我が兄、ヒッタイトの偉大なる王、ムワタリの時代、エジプトの偉大な主と戦ったが、しかし、今日この日より、見よ、ヒッタイトの偉大なる王、ハットゥシリは、エジプトとヒッタイトのために、ラー神とセト神が作った、恒久的に戦いを起こさせないための条約に同意する。――我々の平和と友好関係は永久に守られるであろう。――ヒッタイトの子とその子孫は偉大なる主の子とその子孫の間も平和であろう。なぜなら、彼らも平和と友好関係を守って生きるからである。」


エジプト側でも、ラムセス2世の葬祭殿に同じ内容のレリーフがあり、まさに両大国間で平和条約の証拠が、悠久の時を超えて発見されたわけですから、すごいことです。

ということで、カデシュの戦いは、史上初の公式な軍事記録に残された戦争であり、成文化された平和条約が取り交わされた史上初となる戦いでもあります。

かくして、ここヒッタイト遺跡は、ユネスコの文化遺産であると同時に記憶遺産として、二重の世界遺産指定を受けたわけです。


↓大神殿遺跡の彫像の痕跡・・・多分、ライオンではないかと思われますが、摩耗が進んで判別できません。
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ここ、ハットゥシャはヒッタイトの首都遺跡であるため、規模が大きいので地図を掲載しておきます。

↓の写真は、遺跡入り口の案内看板を撮影したものに、私が主要スポットを日本語(赤字)で加筆加工したものです。
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↑写真の上側が北で低い谷になっており、下側が南で高くなっており頂上がスフィンクス門です。標高は、大神殿跡が1000mで、一番高いスフィンクス門が1236mです。

↓全体が城塞に囲まれた首都ハットゥシャの往時の俯瞰想像図です。
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↑ハットゥシャが、オリエント最強とうたわれたヒッタイト帝国の精強さを象徴する本格的城塞都市であったことが分かりますね。天空の都と言えるかも知れません・・・

↓最後は大神殿遺跡に咲いていた野の花です。
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第6回 グループ温故斬新 写真展


場所:オリンパスプラザ大阪 オープンフォトスペース
            (大阪市西区阿波座1-6-1 MID西本町ビル 1階)

開催日:2016年11月11日(金)~11月17日(木) <但し日曜は休み>

開催時:午前10時~午後6時  <但し最終日は午後3時まで>


場所の 地図は こちら  

地下鉄本町22・23番出口すぐです。(四つ橋線本町駅が便利です)




4人の仲間による個性豊かな手作りの写真展です。

温故知新ではなく温故斬新ですよ(笑)。
古いものをリスペクトするとともに、現代の斬新な感覚も大切する意です。

皆さまのお越しを心よりお持ち申し上げています。



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by mokonotabibito | 2016-10-24 08:25 | トルコ | Trackback | Comments(5)
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Commented by engel777engel at 2016-10-24 19:04
ヒッタイトとエジプトの平和条約の粘土板と刻まれた銘文
「・・・ヒッタイトの偉大なる王、ハットゥシリは、エジプトとヒッタイトのために、ラー神とセト神が作った、恒久的に戦いを起こさせないための条約に同意する。――我々の平和と友好関係は永久に守られるであろう。・・・」
私の習った世界史ではヒッタイトのことは鉄の文化のことぐらいしか知ることがありませんでしたが、この銘文を見て私の知らない世界があったことがわかり感無量です。。貴重な資料お示しいただいて感謝に耐えません。。
グリーストーンの大きさはどのぐらいのものか興味深々です。。

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Commented by youshow882hh at 2016-10-24 20:38
こんばんは。ゆーしょーです。
1、2枚目は、ハットゥシャの大神殿遺跡の中心から
上方と下方を眺めたところですね。
人影は全く見えませんが、このようなところに
どのようにして行ったのかと思ってしまいます。
ポチ♪
Commented by Lago at 2016-10-25 10:13 x
広大な遺跡ですね、しかも高地で、正に天空の都!!
全体像がよく分るし、フォトのみならず、説明看板や案内板の見取図には朱を入れてあり、
歴史家模糊さんならではの力作紹介に感銘を受けています。
グリーンストーンやライオン像なども興深く拝見。
後者はまさしくライオンです!ピンときました。
ほんとに、だ〜れも居ないし、空漠たる遺跡を一人で歩き感慨にふけった旅人なんですね・・・

空と石と草ばかりなるハットゥシャ石と自然の悠久思ふ

霊力のグリーンストーン触れてみれば命の温みひたに伝はる

ライオンの石像摩耗はげしくて悲しげな顔あはれ誘ふも
Commented by youshow882hh at 2016-10-25 11:17
おはようございます。
ポチ♪

今回も二首目が好きです。
私も触れてみたいです。
Commented by youshow882hh at 2016-10-26 20:41
こんばんは。
ポチ♪
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