模糊の旅人
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ヤズドのゾロアスター教寺院・アータシュキャデ ペルシアの旅(8)
2015年 06月 06日 |
ゾロアスター教は、BC1500年~BC1000年頃に成立したと考えられ、開祖が明らかなものとしては世界最古の宗教です。

土漠の真ん中の避難都市でもあるヤズドには、現在でもゾロアスター教が生きています。

ヤズドの街中にある「アータシュキャデ」は、ゾロアスター教徒以外の異教徒にも見学を許された貴重な寺院なので、じっくり見学しました。

↓まず寺院の外側入口壁の表示です。「ヤズド・ゾロアスタリアン・ファイアー・テンプル」とあります。
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↓入場すると前庭に丸いプールがあり、そのむこうに拝殿がありました。水鏡風景の綺麗な寺院です。
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↓拝殿の上に、特徴的な翼のある日輪のマークが見えますね。
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↓正面下からシンボルマークを撮影
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↓斜め横からアップで撮影
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この翼のある日輪のマークは、アフラ・マズダだと書かれているガイドブックもありますが、ゾロアスター教の守護霊プラヴァシらしいです。(インドに伝えられて盂蘭盆の起源になったとのこと)・・・・ただし諸説あり、アフラ・マズダとする説も有力です。

↓余談ですが、せっかくゾロアスター教の故地に来たわけですから、なにか自分への記念土産をと思い、帰りにこのシンボルマークのついたTシャツを買ってみました。
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↓拝殿の中に入ると、シンプルな部屋があり、ゾロアスター画像とガラス越しに聖火が拝めるようになっています。
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↓開祖ゾロアスター(ザラシュトラ・スピターマ)
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拝火教とも言われるゾロアスター教の火への崇拝がよく分かる施設です。

↓この寺院だけは聖火の見学と撮影が許されているので、ガラス越しですが、聖火を撮影しました。
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オリンピックの聖火リレーは、ゾロアスター教の火を聖なるものとする習慣から来ているとされています。
また、ゾロアスター教の神官はマギと呼ばれ不思議な力を持つことからマジックの語源となりました。結婚指輪、イスラム教徒の女性の衣装であるヒジャブやチャドルなども、ゾロアスター教に起源があるようです。


この寺院は1934年にインドのゾロアスター教徒の寄進で新しく建てられたものですが、安置されている聖火は、1500年以上前から絶やされることなく燃え続けており、およそ80年ほど前にイラン南部のゾロアスター教神殿から、このヤズドの寺院に運び込まれたものです。

↓表示されていた説明文
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ゾロアスターは「天国と地獄」「世界の終末」「最後の審判」「メシア」「神と悪魔」といった思想をはじめて提示し、世界宗教の源流となり、ユダヤ教や大乗仏教の成立にも大きな影響を与えました。

そうした、ゾロアスター教と他宗教の関係については、マニアックな話になりますので、以下の More に詳しく書きました。御興味のある方は More をクリックしてお読みください。


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More 世界宗教の淵源としてのゾロアスター教


「拝火教徒の最古の状況についてはっきりした概念を持たねば、オリエントの栄枯盛衰はついに不明のままに終わろう」(ゲーテ「バルゼ人の書」)


以下の文章は、私の独断的意見であり、ペルシア旅行を契機としてゾロアスター教について研究したことを、自分の備忘メモとして書き記したものです。誤った言説もあろうかと思いますので、あくまで参考資料としてお読みください。


<ゾロアスター教の栄枯盛衰>

開祖ゾロアスター(ザラシュトラ・スピターマ)の生存年代については、BC1800年からBC600年という千年以上も幅のある諸学説があり、はっきりしたことは分かりません。最近の研究では、より古く見積もる傾向があるようです。
大まかですが、おそらくBC1200年頃、すなわち今から遥か3000年以上前に、二元論的啓示宗教が誕生したのです。

前13世紀頃までに、アーリア人は、中央アジアからの民族移動により、現在のインドやイラン方面に進出しました。本来のアーリア人の民族宗教は多神教で、インドに至ったグループはバラモン教という多神教的な宗教を成立させました。

いっぽう、イラン高原に進出したアーリア人グループの中には、従来の多神教的ありかたに飽き足らず、善悪二元論的な考え方でアフラ・マズダ神を崇拝する宗教が生まれました。

それがゾロアスター教で、開祖のザラシュトラ・スピターマは、いわばアーリア人の多神教に対する宗教改革者であったと推測されます。(最近の研究によると、ザラシュトラ・スピターマは、二元論というより最高神アフラ・マズダを主体とする一神教的な宗教を興したとする説が有力です)


アケメネス朝ペルシア帝国の大王であるダレイオス一世(在位BC522~BC486)は、ペルセポリス等の銘碑や戦勝記念碑に「アフラ・マズダ神の恩寵」によって正当な王位が授与されたと書いています。このころには、ゾロアスター教が現イラン一帯で一番メジャーな宗教となっていました。

その後、AC226~AC651年のササン朝ペルシア帝国では、ゾロアスター教は国教となり最盛期を迎えます。
しかし、7世紀に、アラブ・イスラム軍の侵攻によりペルシア帝国が滅亡するとゾロアスター教も運命を共にします。
現在では、インドに逃れた人々を中心に世界のゾロアスター教徒の数は約10万人程度だと思われます。イランでは、ヤズドを中心に2~3万人の信者がいます。

東アジアにもゾロアスター教は伝播しましたが、中国では、火を大切に拝むところから「祆教(けんきょう)」又は「拝火教」と呼ばれました。


ゾロアスター教は宗教思想的には、天国と地獄・善悪二元論・終末論・最後の審判・救世主・聖なる神は唯一といったテーゼをはじめて展開し、後世の多くの世界宗教に影響を与えました。

また、善思・善語・善行の三徳の実践に応じて、人は臨終の裁きを受けて、死後は天国か地獄へ旅立つとされます。こうした、倫理的な宗教観・来世観は、後の多くの宗教に引き継がれていきます。


そのゾロアスター教との関連・影響という面から見た世界の各宗教について、以下、簡単に書いてみます。

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<バラモン教>
バラモン教は、アーリア人がインドに侵入した際、アーリア人の多神教とドラヴィダ系先住民の神々とが融合して成立した宗教です。
したがって、バラモン教はゾロアスター教ともいくつかの共通点があり、いわばアーリア人の宗教から発展した兄弟宗教ともいえます。
ゾロアスター教の最高神であるアフラ・マズダは、インドのバルナ神にあたります。MAZUDAとBARUNAは似ており、子音が変化しているものの母音を共有しています。
アフラ・マズダのアフラの部分は、インドのアスラ神になり、日本でいう阿修羅であり、ゾロアスター教とは逆に悪魔的存在となります。


<仏教>
仏教は、BC5世紀に、インド東北部でバラモン教に対する宗教改革として成立しました。その後、クシャーナ朝の庇護下で、紀元前後に中央アジア~イラン高原東部に進出し、同時に大乗仏教化・菩薩信仰化が進みます。
この際、中央アジアのゾロアスター教のサオシャント(救世主)信仰が、大乗仏教の未来仏である弥勒菩薩と、浄土教の阿弥陀仏の信仰成立に大きな影響を与えました。
ゾロアスター教のミスラ神は、クシャーナ朝ではバクトリア語形のミイロ(Miiro)と呼ばれ、弥勒の語源になったとされます。ミスラ神は毘沙門天(多聞天)になったという学説もあります。
無量光仏(阿弥陀仏)と光と正義の神アフラ・マズダーは酷似しており、末世や浄土という考え方もゾロアスター教にあります。
また、異論もありますが、観音菩薩や盂蘭盆会などもゾロアスター教に起源がある可能性が高いです。


<ミトラ教>
「もしキリスト教が拡大を止めていたら世界中がミトラ教化していたはずだ」(ルナン)と言われた宗教です。
ミトラ教(ミスラ教、ミトラス教)は、ゾロアスター教の一派あるいは変形ともいえる宗教で、太陽神ミスラを特に重要視するものです。(ミスラはゾロアスター教の聖典「アヴェスター」にも登場しますが ゾロアスター自身はアフラ・マズダー崇拝を絶対視します)
ミトラ教がゾロアスター教の改革であったのかアーリア人宗教への先祖還りであったのかは、よく分かりません。
キリスト教が進出する以前のアルメニアのゾロアスター教もミスラ神信仰が強かったと思われます。
なお、ミトラ教徒は太陽神ミトラが冬至に再生すると考え冬至祭を祝ったのですが、これがクリスマスの起源です。


<ヤズィード教>
トルコ東部からイラク北部、シリア東北部、イラン北西部にかけてクルド人が住んでいますが、彼らに信仰されているのが、ヤズィード教です。古代ゾロアスター教の面影をとどめ、イスラム教神秘主義のスーフィズムと混交して成立したと思われます。キリスト教やユダヤ教・バラモン教の影響も受けており、他宗教特にイスラム教国からは弾圧されてきた歴史があります。
現在も多くの信者がいると思われますが詳細は分かっていません。


<マニ教>
マニ教は、ササン朝ペルシアのマニを開祖とする二元論的な宗教で、キリスト教グノーシス主義を基礎としながら、ゾロアスター教のゾロアスターや仏教の仏陀を使徒として取り入れ、ギリシア哲学も含んだ、融合的な世界宗教です。マニ教徒自身は、自分たちを「真のキリスト教徒」と称しましたが、キリスト教主流派はマニ教を異端として激しく排斥しました。
教父哲学のアウグスティヌスも熱心なマニ教徒だったのですがキリスト教に改宗しました。
中世ヨーロッパにおける代表的な異端として知られる善悪二元論のカタリ派(アルビジョワ派)にマニ教の影響が指摘されています。
また、中国では明教(摩尼教)と称され、白蓮教や義和団に影響を与えたようです。


<グノーシス主義>
上記のマニ教の誕生に重要な影響を及ぼした宗教的思想潮流で、紀元1世紀頃から5世紀頃に流行しました。
反宇宙的二元論が特徴で、この世を悪の支配する世界だと考え、初期キリスト教思想の形成に大きな役割を果たしました(トマス福音書など)。キリスト教の主流派はグノーシス主義と対決する中で宗教思想を確立していきます。
グノーシス主義の二元論的立場は、明らかにゾロアスター教の影響を受けており、創世神話でもゾロアスター教の流出説を援用しています。ただ、現世否定的なトーンが、ゾロアスター教とは異なります。
ギリシャ哲学や新プラトン主義とも密接な思想的相互交流があり、マニ教やマンダ教の基礎になりました。


<マンダ教>
上記のグノーシス主義を起源とする、魂(=光)と肉体(=闇)の二元論的宗教です。元はユダヤ教の一派でもあったようですが、異端として排斥されメソポタミア南部に避難してきたマイナーな宗教です。
天界の水は地上では流水となるという考え方から、流水による洗礼を重視し、洗礼者ヨハネを指導者と仰ぎます。
コーランに書かれている啓典の民サービア教徒が、このマンダ教徒であるとする解釈が有力で、そのことからイスラム化した中東で生き残ってきました。
いまなお少数ながらイラク南部に信者が現存するらしいです。


<マズダク教>
ササン朝ペルシアのゾロアスター教の祭司であったマズダクを開祖とする宗教です。
これはゾロアスター教の改革を意図したもので、アフラ・マズダー神への信仰を主としながら、マニ教の影響も受け、国教として形骸化していたゾロアスター教を批判しました。
社会運動として広まりを見せ、財産や女性の共有などを説いたため、弾圧されました。
イスラム化した後も、しぶとく生き残り、中央アジアの反イスラム反乱(ムカンナの乱)のイデオロギーとなったとされます。


<ユダヤ教>
ユダヤ教は、ユダヤ人の民族宗教ですが、一神教として後のキリスト教やイスラム教の成立に大きな影響を与えました。
ユダヤ民族は、新バビロニアによりバビロン捕囚の憂き目にあいますが、BC539年、アケメネス朝ペルシア帝国のキュロス2世(キュロス大王)が新バビロニアを滅ぼし、ユダヤ人を解放しエルサレムに帰しました。
このころ、ユダヤ教の教義が徐々に確立されていったと思われ、ペルシア帝国でメジャーであったゾロアスター教の天国と地獄・終末論・最後の審判・救世主・聖なる神は唯一といった考え方がユダヤ教に取り入れられていきました。


<キリスト教>
キリスト教は、ユダヤ教に対する宗教改革であり、ユダヤ教の民族宗教としての制約を脱し、一神教の世界宗教として広がっていきました。ローマ帝国により国教とされたことが決定的でした。
ゾロアスター教とは直接の関連はないと思われますが、ユダヤ教の成立にゾロアスター教が影響を与えたという観点から見ると、キリスト教はゾロアスター教の孫宗教と言えるかも知れません。
処女懐胎や救済者思想といったキリスト教の根幹となった考え方も、ゾロアスター教に起源があります。キリスト教が、ユダヤ教以外の世界に進出していく際に、オリエントではゾロアスター教が生きていたので、そこから思想的影響を受けたことは大いに可能性があります。
なお、イエスが誕生した際に、祝福に訪れる東方の三博士は「マギ」と呼ばれることから、ゾロアスター教の祭司であることは間違いありません。


<イスラム教>
キリスト教と同じような意味で、ゾロアスター教の孫宗教と言えます。
7世紀に、アラブ・イスラム軍の侵攻によりペルシア帝国が滅ぼされ国教であったゾロアスター教も衰退しますが、その後、イランはイスラム教の中では反主流のシーア派の国となっていきます。
また、イスラム教の神秘主義であるスーフィズムがペルシアを中心としたアジアで盛んになります。中国でイスラム教のことを「回教」というのは、スーフィズム教団の回転しながら踊る旋舞に由来しています。
こうした、イスラム教シーア派やスーフィズムについて、ゾロアスター教の伝統が形を変え換骨奪胎したイラン的現象だとする考え方もあります。
また、シーア派の一派であるイスマーイール派は、グノーシス主義の影響がきわめて濃厚です。


以上のように、ゾロアスター教というキーワードを媒介すると、世界の宗教の関係性が見えてきます。一神教と多神教といっても、断絶しているわけではなく、ゾロアスター教を含む歴史的推移を考慮すれば、案外近いものだということも分かります。
by mokonotabibito | 2015-06-06 08:16 | イラン | Trackback | Comments(4)
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Commented at 2015-06-06 13:57
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by youshow882hh at 2015-06-06 17:55
こんにちは。ゆーしょーです。
ペルシャ語は全く分かりませんが、その下に
Temple という文字が見えます。
火の寺院なのですね。
立派な寺院ですね。
ポチ♪
Commented by Lago at 2015-06-06 23:33 x
ゾロアスター教の寺院、なかなか立派ですね。これは1934年の建立の由、割と新しいですね。
うんと古い寺院を見てみたいけど、朽ちてしまったか、異教徒は近寄れないか、でしょうね。
寺院の前のプールは何か訳あり気で、私には興深く思われます。
またシンボルマークが面白いというか、素敵で目を惹きます。
翼など全体のイメージは大鷲を象っていて、古代エジプトを始め、シンボルに鷲はよく使われるので、
発想そのものは珍しくないけれど、デザインが単純明快で、とても垢抜けています。
Tシャツに使ってもしゃれてて、これでは欲しくなるし、売れます。お守りになりそうだし・・・
何時頃からのものか分かりませんが、きっとかなり古くからなんでしょうね。
私がゾロアスター教の名を知ったのはかなり昔ですが、
今回このブログで、認識を深めるチャンスに出会えてとても嬉しい。
後の宗教に様々な影響をあたえたゾロアスター教、現地に行けないだけに、日に何度も見てしまいます。
Moreも勿論拝見。

今もなほ信者ありとふゾロアスター寺院に鎮もる永遠の火よ
Commented by engel777engel at 2015-06-07 20:49
私のゾロアスター教の知識は昔拝火教、回教と呼ばれる原始的な宗派があったというような、きわめていい加減な知識でした。。
 世界宗教の淵源としてのゾロアスター教を読ませていただき目を覚まされたような思いがしております。。大変勉強になりました。。有難うございました。。
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